世界はそれを愛と呼ぶ



(大体、とっとと縁を切って、人だけの世界で自由に生きれば……否、父さんは直系出身だ。その上、能力が強すぎる。きっといつかはボロが出てしまったんだろうな)

「─ねぇ、祈」

「んー?何?」

「兄さんね、無理に能力を使ったんだ」

「へぇ?それは、珍しいね」

いつも適当人間で、変わり者の祈。
それでも、実力は飛び抜けている。
隠密行動をはじめ、側近の役目も、何もかもこなしてしまう彼は慧ほどでは無いにしろ、八百万に愛されている。

その能力を上手く利用し、めちゃくちゃな総一郎兄さんの側仕えを、何年も続けている。
きっと振り回されてばかりになるだろうと思っていたが、存外、そんなことはなかったらしい。
彼自身も割といい加減で、大胆だから……。

「牢屋に捕まっていた実験体、300名近くをまとめて、俺たちの元へ転移させてね」

「……は?」

─否、そんな彼も流石に、今回の兄さんの行動は予想外だったらしく、固まった。

「そんなことをどうやって!?」

「1週間時間をかけて、影を送り込んでたんだ。普通生活の裏側でね。そして、その影が乗り込んだ場所、触れた場所、印をつけた場所が、一気に転送されたよ」

「影……って、かなりの負担が」

「うん。しかも、重なってね」

水樹が空に人差し指を向けると、察した祈は

「よく、理性が壊れなかったな……」

と、驚きを隠せないでいる。

月が満ちている。それは、鬼の苦痛。
特に、鬼の王と呼ばれるほど、力が強い兄さんにとっては地獄そのものだろう。

そんな兄さんが、家に帰ってきたという情報を貰った。
広い屋敷の1棟に沙耶ひとり残し、全員、避難させておいた。理性が残った兄さんを相手にしても、失神したりするものが続出するほどの圧を出す兄さんに、理性が残っていなかったら?完全に、理性が砕け散った状態なら?

─想像するだけで恐ろしく、沙耶ひとりに背負わせることは全員で反対した。

けど、彼女は笑った。

『大丈夫だから、任せて』

彼女に、耐えられるだろうか。
大きすぎる愛を、受け止められるだろうか。
きっと、兄さんは能力を酷使した代償に、理性なんて砕け散った状態で帰ってきた。そのままの、儀式だ。

沙耶の騙し討ちのような、そんな作戦。

『相馬がずっと苦しむ姿、横で見たくないの。私と儀式が成功すれば、楽になれるんでしょ?苦しむの、月に2回もあるんだよ?私の方が耐えられない』

なんて言っていたが、兄さんの帰ってきた当時の様子は、監視していた家人全員が、震えて立てなくなり、這い蹲るように帰って来るレベルの威圧感だったはず。だから。

「……理性は、壊れていたと思うよ」

「え!?じゃあ……」

「でも、兄さんの運命がいるから」

「いや、いくらなんでも……」

「大丈夫って笑われたよ」

「……」

あまりのめちゃくちゃな筋の通らない水樹の言葉に、祈は衝撃過ぎて、言葉を失っている。

それを眺めながら、

「私の恩人は、とっても優しくて強いのよ」

ずっと静観していた桜が笑って、そう言った。