* * * *
「――お父さま、お母さま、おばあさま。ただいま帰りました」
ここもまたバカみたいに広すぎるリビングで、珠莉が両親と祖母に帰省の挨拶をするのを、愛美はすぐ後ろで居心地悪く見ていた。
(う~ん……、わたしがこの場にいるの、ものすごく場違いな気がするな……)
「珠莉、おかえり」
「おかえりなさい、珠莉」
「珠莉ちゃん、おかえりなさい。今年はお友だちも一緒なのねぇ。あなたがお友だちをこの家に連れてきたのは初めてね」
最初に挨拶を返したのが辺唐院グループの現会長である珠莉の父、二番目に挨拶を返したツンケンした女性が珠莉の母――この人も子育ては使用人に任せっきりだったと珠莉から聞いていた――、そして最後に挨拶を返し、この三人の中では唯一愛美に関心を示してくれた高齢女性が珠莉の父方の祖母だろう。
(珠莉ちゃん、おばあさまにはちゃんと可愛がってもらってるみたいだ)
「ええ、紹介しますわ。私の高校での同級生でルームメイトの相川愛美さんです。愛美さんはこの秋に作家としてプロデビューなさったばかりですのよ」
「あの、初めまして。相川愛美です。珠莉ちゃんとは一年生の頃から親しくさせて頂いてます。一応、作家としてデビューはしましたけど、まだまだ駆け出しで――」
「愛美さん、とおっしゃったわね。あなたのご両親は何をなさってる方?」
「はい……?」
一生懸命自己紹介をしているのに、それを途中で遮った珠莉の母から飛んできた質問はよりにもよって、愛美の両親の職業についてだった。
(初対面の人に対して、それも娘の友だちに対してよ? 最初の質問がそれって、一体どういう神経してるの?)
愛美はムッとしたけれど、両親の生前の職業を知らなかったわけではない。それに、施設で育ったことを恥とも思ったことはないので、正直に話すことにした。
「両親とも、山梨で小学校の教師をしていたそうです。でもわたしが物心つく前に亡くなって、わたしは中学卒業までは児童養護施設で育ちました」
「施設でお育ちになったの。あら、それは可哀そうね」
「こら、やめないか! 愛美さん、すまないね。ウチの珠莉と仲良くしてくれてありがとう」
愛美のことを哀れんでいるのか、蔑んでいるのか分からない口調で言う妻を、珠莉の父がたしなめた。
「……いえ、どういたしまして」
(お父さまの方が、お母さまより常識はありそう)
珠莉の母はこうやって、娘が友人を連れてくるたびにマウントをとってきたのだろうか。何だかイヤな感じである。
「――お義姉さん、またそうやって珠莉の友だちにマウントとって喜んでらっしゃるんですか。それ、性格の悪さが露見するんでやめた方がいいですよ」
(……この声は、純也さん!)
愛美が振り向くと、そこにはダウンジャケットを着込んだ純也さんが立っていた。その中もハイネックのニットにブラックデニムというカジュアルスタイルらしい。
彼は手に何やら紙袋を提げている。中身はキレイにラッピングされた箱のようなものが二つ。
「……純也さん。あなたはまたそんな、みっともない格好でこの家の敷居を跨いだというの?」
「へぇー? 実家の敷居を跨ぐのに、いちいちドレスコードなんか必要なんですか」
兄嫁にイヤミを言われた純也さんは、イヤミで返した。彼の言うことは正論だ。
そして、愛美は知っている。彼の服装は一見カジュアルに見えて、身に着けているアイテム一つ一つはお金のかかったいいものばかりだということを。
「それよりも俺は、お義姉さんの大人げない振る舞いこそみっともないと思いますけどね。ここにいる愛美ちゃんは施設の育ちですけど、だから何だって言うんですか? 彼女は自立心が強くて、頭もよくてしっかりした女の子ですよ。両親がいないから、施設で育ったからって、そうやって蔑むのは人としてどうなんですかね」
純也さんはここで、愛美の味方だという自分の立ち位置をハッキリと示してくれた。
「……なっ!? 何ですって!?」
「俺の言ったこと、何か間違ってますか? 申し訳ないですけど俺は、母さんやお義姉さんに味方するつもりはありませんから。兄さんも兄さんだよ。お義姉さんの暴走は兄さんにも責任あるんだからな」
(……スゴい、純也さん。こんなに正面切って、自分の身内にケンカ売ってる……)
愛美はただただ、彼の堂々たる振る舞いに圧倒された。しかも彼は、「いざとなったら愛美の盾になる」という約束をちゃんと守ってくれた。
「これ以上彼女のことを悪く言ったら、俺はこの家と縁を切りますから。じゃ、俺はこれで。――愛美ちゃん、珠莉、上に行こう」
「はっ、ハイっ!」
「え、ええ……」
愛美と珠莉は純也さんな後ろについて、二階へと続く立派な螺旋階段を上がっていく。



