愛美はホッと胸を撫で下ろした。
まだ自分が辺唐院家の、純也さんと珠莉を除いた人々からどう見られるかも分からないのに、そのうえ純也さんの恋人だと知られたら……。
施設出身というだけで偏見に満ちた目で見られそうなのに、純也さんに財産目当てで近づいた他の女性たちと同じように思われたくない。自分は決してそうではないというプライドがあるから。
「わたし、純也さんから聞いてます。彼が今までお付き合いしてた女性たちはみなさん、打算で彼に近づいた人ばっかりだったって。でも、わたしは違います。わたしは純也さんというひとりの男性を、心から好きになったんです」
「さようでこざいますか。愛美様は純也坊っちゃまと……。坊っちゃまは女性を見る目がおありのようで、わたくしも安心致しました」
「愛美さん、よかったわねぇ。純也叔父さまに見初められた女性で、この平泉のおメガネに叶ったのはあなたが初めてなのよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。平泉は我が家の使用人の中でもっとも古株でね、おじいさまの代から辺唐院家に仕えてくれているのよ。いざとなったらおばあさまや両親にガツンと言えるのは、この平泉くらいだわ。だから、味方についてくれたことは大きいわよ」
「へぇ……、そうなんだ」
ここへ来て、愛美と純也さんの恋愛に心強い味方ができた。
「――お嬢様、愛美様。間もなくお屋敷に到着致します」
リムジンはいつの間にか、高級住宅地である白金台を走っていた。周りには豪邸がズラリと建ち並んでいる。
「うわー……、大きなお家ばっかり。珠莉ちゃんもこんなにスゴいところに住んでたんだね。わたし、なんかドキドキしてきちゃった。この服でおかしくないかな……?」
立派なお屋敷に招かれたんだからと、愛美もこれでも精いっぱいおめかししてきたつもりだ。
「大丈夫よ、愛美さん。家に上がるだけならドレスコードなんて必要ないもの。堂々としていらっしゃい」
「……うん」
――やがてリムジンは辺唐院邸の立派なゲートをくぐり、お屋敷の玄関前に停まった。
「ささ、到着致しました。どうぞ、足元にお気をつけてお降り下さいませ」
「ありがとうございます」
――平泉さんに後部座席のドアを外から開けてもらい、愛美と珠莉はリムジンを降りた。
外は寒かったので、二人ともすぐにコートを羽織る。
「お荷物は、わたくしがお部屋までお運び致しますね」
「はい、すみません。ありがとうございます。――あ、純也さんのクルマだ」
愛美はカーポートに、見憶えのあるSRV車が停まっていることに気がついた。あれは、夏に純也さんが長野の千藤農園まで運転してきていた車に間違いない。
高級外車がズラリと並んで停まっているカーポートの中で、この一台だけがかなり目立っている。「浮いている」と言った方が正しいだろうか。
「あら、ホントね。あんなお車に乗られるのは純也叔父さまくらいだわ。……ああ、ごめんなさいね、愛美さん。悪気はなかったのよ」
「ううん、気にしないで。ってことは、純也さんはもう帰ってきてるってことなのかな」
「そのようね。じゃあ、私たちもお家に入りましょう。――あ、靴は履いたままでよろしくてよ。我が家は欧米スタイルだから」
「へぇ……。うん、分かった」
日本にもそういう生活スタイルを取り入れたお家があるなんて、愛美は驚いた。茗倫女子大付属の寮もそのスタイルだけれど、一般家庭でそうなっているところは初めて知った。
「――珠莉お嬢さま! お帰りなさいませ。お友達もご一緒でございますね。お嬢さまからご連絡を受けておりました」
玄関ホールに一歩足を踏み入れると、そこは愛美のまったく知らなかった世界だった。
床は大理石、天井には煌びやかなシャンデリア。おまけに、このスペースだけで愛美たちが今暮らしている〈双葉寮〉の三人部屋ほどの広さがある。
出迎えてくれたのは、五十代の初めくらいの家政婦さんだった。
「ええ、ただいま。彼女が電話で伝えていた、相川愛美さん。同じ高校のお友だちよ」
「は……っ、初めまして。相川愛美です。この冬休みの間、お世話になります」
「愛美さま、よろしくお願い致します。私、この家の家事一切を取り仕切っております、家政婦の高月由乃と申します。何かご要望がございましたら、何なりとお申し付け下さいませ。お部屋はお嬢さまのお部屋の隣にございます、ゲストルームをご用意させて頂いておりますので」
「はい、よろしくお願いします」
話し方からしてキビキビした印象があり、仕事はバリバリできそうだけれど何だか冷たい感じのする女性である。
(……なんか怖そうな人だなぁ。同じお家の家政婦さんだった多恵さんとは全然違う)
愛美は早くも、この家ではのんびり寛げなさそうだな……と思った。
「由乃さん、お父さまとお母さまはどちらに? 純也叔父さまはもうお着きになっているのかしら?」
「純也坊っちゃまはまだお見かけしておりませんが、旦那さまと奥さまはリビングにおいででこざいます。大奥さまも」
(〝大奥さま〟っていうと……、珠莉ちゃんのおばあさま。ってことは、純也さんのお母さまか……)
子育てをすべて多恵さんに任せていた人だと、愛美は純也さんから聞いて知っている。孫娘である珠莉のことだって可愛がってくれているのかどうか。
(はぁ……、わたし、来るんじゃなかったかな……)
純也さんと一緒に過ごせるから……と珠莉のお誘いを受けた愛美だったけれど、すでに後悔し始めていた。
まだ自分が辺唐院家の、純也さんと珠莉を除いた人々からどう見られるかも分からないのに、そのうえ純也さんの恋人だと知られたら……。
施設出身というだけで偏見に満ちた目で見られそうなのに、純也さんに財産目当てで近づいた他の女性たちと同じように思われたくない。自分は決してそうではないというプライドがあるから。
「わたし、純也さんから聞いてます。彼が今までお付き合いしてた女性たちはみなさん、打算で彼に近づいた人ばっかりだったって。でも、わたしは違います。わたしは純也さんというひとりの男性を、心から好きになったんです」
「さようでこざいますか。愛美様は純也坊っちゃまと……。坊っちゃまは女性を見る目がおありのようで、わたくしも安心致しました」
「愛美さん、よかったわねぇ。純也叔父さまに見初められた女性で、この平泉のおメガネに叶ったのはあなたが初めてなのよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。平泉は我が家の使用人の中でもっとも古株でね、おじいさまの代から辺唐院家に仕えてくれているのよ。いざとなったらおばあさまや両親にガツンと言えるのは、この平泉くらいだわ。だから、味方についてくれたことは大きいわよ」
「へぇ……、そうなんだ」
ここへ来て、愛美と純也さんの恋愛に心強い味方ができた。
「――お嬢様、愛美様。間もなくお屋敷に到着致します」
リムジンはいつの間にか、高級住宅地である白金台を走っていた。周りには豪邸がズラリと建ち並んでいる。
「うわー……、大きなお家ばっかり。珠莉ちゃんもこんなにスゴいところに住んでたんだね。わたし、なんかドキドキしてきちゃった。この服でおかしくないかな……?」
立派なお屋敷に招かれたんだからと、愛美もこれでも精いっぱいおめかししてきたつもりだ。
「大丈夫よ、愛美さん。家に上がるだけならドレスコードなんて必要ないもの。堂々としていらっしゃい」
「……うん」
――やがてリムジンは辺唐院邸の立派なゲートをくぐり、お屋敷の玄関前に停まった。
「ささ、到着致しました。どうぞ、足元にお気をつけてお降り下さいませ」
「ありがとうございます」
――平泉さんに後部座席のドアを外から開けてもらい、愛美と珠莉はリムジンを降りた。
外は寒かったので、二人ともすぐにコートを羽織る。
「お荷物は、わたくしがお部屋までお運び致しますね」
「はい、すみません。ありがとうございます。――あ、純也さんのクルマだ」
愛美はカーポートに、見憶えのあるSRV車が停まっていることに気がついた。あれは、夏に純也さんが長野の千藤農園まで運転してきていた車に間違いない。
高級外車がズラリと並んで停まっているカーポートの中で、この一台だけがかなり目立っている。「浮いている」と言った方が正しいだろうか。
「あら、ホントね。あんなお車に乗られるのは純也叔父さまくらいだわ。……ああ、ごめんなさいね、愛美さん。悪気はなかったのよ」
「ううん、気にしないで。ってことは、純也さんはもう帰ってきてるってことなのかな」
「そのようね。じゃあ、私たちもお家に入りましょう。――あ、靴は履いたままでよろしくてよ。我が家は欧米スタイルだから」
「へぇ……。うん、分かった」
日本にもそういう生活スタイルを取り入れたお家があるなんて、愛美は驚いた。茗倫女子大付属の寮もそのスタイルだけれど、一般家庭でそうなっているところは初めて知った。
「――珠莉お嬢さま! お帰りなさいませ。お友達もご一緒でございますね。お嬢さまからご連絡を受けておりました」
玄関ホールに一歩足を踏み入れると、そこは愛美のまったく知らなかった世界だった。
床は大理石、天井には煌びやかなシャンデリア。おまけに、このスペースだけで愛美たちが今暮らしている〈双葉寮〉の三人部屋ほどの広さがある。
出迎えてくれたのは、五十代の初めくらいの家政婦さんだった。
「ええ、ただいま。彼女が電話で伝えていた、相川愛美さん。同じ高校のお友だちよ」
「は……っ、初めまして。相川愛美です。この冬休みの間、お世話になります」
「愛美さま、よろしくお願い致します。私、この家の家事一切を取り仕切っております、家政婦の高月由乃と申します。何かご要望がございましたら、何なりとお申し付け下さいませ。お部屋はお嬢さまのお部屋の隣にございます、ゲストルームをご用意させて頂いておりますので」
「はい、よろしくお願いします」
話し方からしてキビキビした印象があり、仕事はバリバリできそうだけれど何だか冷たい感じのする女性である。
(……なんか怖そうな人だなぁ。同じお家の家政婦さんだった多恵さんとは全然違う)
愛美は早くも、この家ではのんびり寛げなさそうだな……と思った。
「由乃さん、お父さまとお母さまはどちらに? 純也叔父さまはもうお着きになっているのかしら?」
「純也坊っちゃまはまだお見かけしておりませんが、旦那さまと奥さまはリビングにおいででこざいます。大奥さまも」
(〝大奥さま〟っていうと……、珠莉ちゃんのおばあさま。ってことは、純也さんのお母さまか……)
子育てをすべて多恵さんに任せていた人だと、愛美は純也さんから聞いて知っている。孫娘である珠莉のことだって可愛がってくれているのかどうか。
(はぁ……、わたし、来るんじゃなかったかな……)
純也さんと一緒に過ごせるから……と珠莉のお誘いを受けた愛美だったけれど、すでに後悔し始めていた。



