――そして、二学期終業式の日の午後。
「さやかちゃん、治樹さんたちによろしくね。よいお年を!」
「うん、ちゃんと伝えとくよ。愛美もよいお年を」
「さやかさん、治樹さんに連絡を下さるようお伝え下さいな」
「分かった。それも伝えとくから。っていうか珠莉、自分で伝えなよー」
双葉寮のエントランスで、愛美と珠莉はさやかと別れた。さやかは電車で埼玉の実家に帰るけれど、二人には珠莉の実家から迎えの車が来ることになっているのだ。
「――あ、辺唐院さん。お迎えが来たみたいよ」
寮母の晴美さんが、玄関前に停まった一台の高級リムジンに気がついて珠莉に声をかけた。
「あら、ホント。じゃあ愛美さん、行きましょうね」
「うん」
運転席から降りてきたのは五十代~六十代くらいの穏やかそうな男の人で、珠莉の姿を認めると深々と彼女に頭を下げた。
「――珠莉お嬢様、旦那様と奥様のお言いつけどおりお迎えに上がりました。……そちらのお嬢さんは?」
「ありがとう、平泉。彼女は相川愛美さん。私のお友達よ」
「お嬢様のお友達でございましたか。これは失礼を致しました。わたくしは辺唐院家の執事兼運転手の平泉でございます。ささ、どうぞ後部座席にお乗り下さいませ」
「あ……、ありがとうございます。失礼します」
愛美はちょっと緊張しながら、珠莉は悠然と車に乗り込んだ。
(わぁ……、すごく豪華な車。施設で空想してたリムジンの中ってこんな風になってたんだ)
広々とした車内、ゆったりとした対面式のフカフカのシートは座り心地もバツグン。
あの頃空想して楽しんでいた「リムジンに乗るお嬢様」が、今目の前にいる珠莉と重なって見える。
「……どうしましたの? 愛美さん」
まじまじと物珍しく眺めていたら、珠莉と目が合ってしまった。首を傾げられて、愛美はちょっと気まずくなった。
「あ、ううん。施設にいた頃にね、ちょうど今みたいな状況を空想して遊んでたなぁって。珠莉ちゃん見てて思い出したの」
「あら、そうでしたの。愛美さんの空想好きは昔からでしたのね。ホント、作家になるために生まれてきたような人ね、あなたは」
「珠莉ちゃん……、それって褒めてる? 貶してる?」
珠莉のコメントはどちらとも取れる言い方だったため、愛美は念のため確かめた。
「もちろん褒めてるのよ。私は感心してるの。周りの意見に振り回されることなく自分のやりたいことに真っ直ぐなあなたが羨ましいのよ、私は」
「珠莉ちゃん……。ねえ、お父さんとお母さんにモデルになる夢の話してなかったんだよね?」
「ええ。話したところでどうせ反対されるのが目に見えてますもの」
「そっか。じゃあこの際、純也さんがいる前で話してみるのは? わたしからも彼にお願いしてみるから。珠莉ちゃんの味方してくれるように」
愛美はここぞとばかりに珠莉を勇気づけた。〝あしながおじさん〟として愛美の夢を応援し、色々と尽力してくれている彼だ。多少なりとも自分の血を分けた姪の夢のためにも色々と根回しやバックアップをしてくれると思う。
「純也叔父さまねぇ……。そりゃあ、叔父さまが味方について下されば私も心強いですけれど」
「きっと大丈夫! 純也さんは夢のために努力してる人を絶対に見捨てないもん。わたしとかリョウちゃんの時みたいに」
心配そうに眉をひそめた珠莉の背中を、愛美は優しくポンポン叩いた。いつもはキリッとしていて自信満々に見える彼女も、こういう時は小さく弱々しく見える。
「…………まぁ、お父さまはそれで折れて下さるかもしれないけれど。問題はお母さまの方なのよ。あとお祖母さまも。あの人たちは世間体と見栄だけで生きているようなところがあるから。『モデルになりたいなんて体裁が悪い』とか言われそうだわ」
「体裁とか、そんなこと関係ないよね。珠莉ちゃんのお母さんって、そもそも我が子に関心なさそう。純也さんも言ってたけど」
千藤農園で一緒に過ごした夏休み、彼も自分の母親――珠莉の祖母だ――のことを同じように言っていて、愛美はすごく心を痛めたのだった。
「純也叔父さまも……? そうね、お母さまとお祖母さまは似た者同士だったから、お祖母さまに気に入られたのかもしれないわ。お祖母さまが望まれるままにお父さまと結婚して、私を産んだ。でも私が女の子だったから、関心を無くされたのね。……結局、私も祖母や両親の望み通り、婿を迎えるしかないのかしら、って思っていたの」
「……珠莉ちゃん、わたしもね、施設にいる頃には思ってたんだ。わたしはこの先、高校を出るまでここにいて、弟妹たちのお世話や施設のことをしながら学校に通って、卒業したらお金のためだけに働く人生が待ってるんだろうな、って。人生なんて自分の思い通りになるもんじゃないんだ、って。……でもね、〝あしながおじさん〟が援助してくれるって分かった時、園長先生に言われたの」
「……何て言われたんですの?」
「『あなたの人生なんだから、これからはあなたの夢のために生きなさい』って。私も田中さん……おじさまも、ずっと応援してるから、ってね。だから、珠莉ちゃんの人生だってそうだよ。わたしもさやかちゃんも、純也さんだって珠莉ちゃんの夢、応援してるから。珠莉ちゃんも自分の夢のために、自分の人生を生きなよ」
その言葉を聞いて、珠莉の表情がパッと明るくなった。
「『自分の人生』……ね。そうかもしれないわ。たとえ親でも、個人の夢を理不尽に奪っていいはずがないもの。家のために自分のやりたいことを犠牲にするなんて、今の時代ナンセンスよね。――その園長先生、とてもいいことおっしゃったわ」
「でしょ? その言葉にわたしもすごく勇気づけられたの。だから、純也さんに相談してみよう? わたしも一緒にお願いしてあげるから」
「ええ、そうするわ。ありがとう、愛美さん。私、あなたを見直しましたわ」
「うん、一緒に頑張ろ! ……でも珠莉ちゃん、『見直した』はないんじゃない? わたし今までどんな人だと思われてたの?」
「あら失礼! 今のは失言でしたわね、ホホホホ」
憎まれ口が飛び出すあたり、珠莉はすっかり普段の彼女に戻ったようで、愛美はちょっとだけムッとしたけれど安心した。
「さやかちゃん、治樹さんたちによろしくね。よいお年を!」
「うん、ちゃんと伝えとくよ。愛美もよいお年を」
「さやかさん、治樹さんに連絡を下さるようお伝え下さいな」
「分かった。それも伝えとくから。っていうか珠莉、自分で伝えなよー」
双葉寮のエントランスで、愛美と珠莉はさやかと別れた。さやかは電車で埼玉の実家に帰るけれど、二人には珠莉の実家から迎えの車が来ることになっているのだ。
「――あ、辺唐院さん。お迎えが来たみたいよ」
寮母の晴美さんが、玄関前に停まった一台の高級リムジンに気がついて珠莉に声をかけた。
「あら、ホント。じゃあ愛美さん、行きましょうね」
「うん」
運転席から降りてきたのは五十代~六十代くらいの穏やかそうな男の人で、珠莉の姿を認めると深々と彼女に頭を下げた。
「――珠莉お嬢様、旦那様と奥様のお言いつけどおりお迎えに上がりました。……そちらのお嬢さんは?」
「ありがとう、平泉。彼女は相川愛美さん。私のお友達よ」
「お嬢様のお友達でございましたか。これは失礼を致しました。わたくしは辺唐院家の執事兼運転手の平泉でございます。ささ、どうぞ後部座席にお乗り下さいませ」
「あ……、ありがとうございます。失礼します」
愛美はちょっと緊張しながら、珠莉は悠然と車に乗り込んだ。
(わぁ……、すごく豪華な車。施設で空想してたリムジンの中ってこんな風になってたんだ)
広々とした車内、ゆったりとした対面式のフカフカのシートは座り心地もバツグン。
あの頃空想して楽しんでいた「リムジンに乗るお嬢様」が、今目の前にいる珠莉と重なって見える。
「……どうしましたの? 愛美さん」
まじまじと物珍しく眺めていたら、珠莉と目が合ってしまった。首を傾げられて、愛美はちょっと気まずくなった。
「あ、ううん。施設にいた頃にね、ちょうど今みたいな状況を空想して遊んでたなぁって。珠莉ちゃん見てて思い出したの」
「あら、そうでしたの。愛美さんの空想好きは昔からでしたのね。ホント、作家になるために生まれてきたような人ね、あなたは」
「珠莉ちゃん……、それって褒めてる? 貶してる?」
珠莉のコメントはどちらとも取れる言い方だったため、愛美は念のため確かめた。
「もちろん褒めてるのよ。私は感心してるの。周りの意見に振り回されることなく自分のやりたいことに真っ直ぐなあなたが羨ましいのよ、私は」
「珠莉ちゃん……。ねえ、お父さんとお母さんにモデルになる夢の話してなかったんだよね?」
「ええ。話したところでどうせ反対されるのが目に見えてますもの」
「そっか。じゃあこの際、純也さんがいる前で話してみるのは? わたしからも彼にお願いしてみるから。珠莉ちゃんの味方してくれるように」
愛美はここぞとばかりに珠莉を勇気づけた。〝あしながおじさん〟として愛美の夢を応援し、色々と尽力してくれている彼だ。多少なりとも自分の血を分けた姪の夢のためにも色々と根回しやバックアップをしてくれると思う。
「純也叔父さまねぇ……。そりゃあ、叔父さまが味方について下されば私も心強いですけれど」
「きっと大丈夫! 純也さんは夢のために努力してる人を絶対に見捨てないもん。わたしとかリョウちゃんの時みたいに」
心配そうに眉をひそめた珠莉の背中を、愛美は優しくポンポン叩いた。いつもはキリッとしていて自信満々に見える彼女も、こういう時は小さく弱々しく見える。
「…………まぁ、お父さまはそれで折れて下さるかもしれないけれど。問題はお母さまの方なのよ。あとお祖母さまも。あの人たちは世間体と見栄だけで生きているようなところがあるから。『モデルになりたいなんて体裁が悪い』とか言われそうだわ」
「体裁とか、そんなこと関係ないよね。珠莉ちゃんのお母さんって、そもそも我が子に関心なさそう。純也さんも言ってたけど」
千藤農園で一緒に過ごした夏休み、彼も自分の母親――珠莉の祖母だ――のことを同じように言っていて、愛美はすごく心を痛めたのだった。
「純也叔父さまも……? そうね、お母さまとお祖母さまは似た者同士だったから、お祖母さまに気に入られたのかもしれないわ。お祖母さまが望まれるままにお父さまと結婚して、私を産んだ。でも私が女の子だったから、関心を無くされたのね。……結局、私も祖母や両親の望み通り、婿を迎えるしかないのかしら、って思っていたの」
「……珠莉ちゃん、わたしもね、施設にいる頃には思ってたんだ。わたしはこの先、高校を出るまでここにいて、弟妹たちのお世話や施設のことをしながら学校に通って、卒業したらお金のためだけに働く人生が待ってるんだろうな、って。人生なんて自分の思い通りになるもんじゃないんだ、って。……でもね、〝あしながおじさん〟が援助してくれるって分かった時、園長先生に言われたの」
「……何て言われたんですの?」
「『あなたの人生なんだから、これからはあなたの夢のために生きなさい』って。私も田中さん……おじさまも、ずっと応援してるから、ってね。だから、珠莉ちゃんの人生だってそうだよ。わたしもさやかちゃんも、純也さんだって珠莉ちゃんの夢、応援してるから。珠莉ちゃんも自分の夢のために、自分の人生を生きなよ」
その言葉を聞いて、珠莉の表情がパッと明るくなった。
「『自分の人生』……ね。そうかもしれないわ。たとえ親でも、個人の夢を理不尽に奪っていいはずがないもの。家のために自分のやりたいことを犠牲にするなんて、今の時代ナンセンスよね。――その園長先生、とてもいいことおっしゃったわ」
「でしょ? その言葉にわたしもすごく勇気づけられたの。だから、純也さんに相談してみよう? わたしも一緒にお願いしてあげるから」
「ええ、そうするわ。ありがとう、愛美さん。私、あなたを見直しましたわ」
「うん、一緒に頑張ろ! ……でも珠莉ちゃん、『見直した』はないんじゃない? わたし今までどんな人だと思われてたの?」
「あら失礼! 今のは失言でしたわね、ホホホホ」
憎まれ口が飛び出すあたり、珠莉はすっかり普段の彼女に戻ったようで、愛美はちょっとだけムッとしたけれど安心した。



