****
『相川愛美様。
あなたからお願いされておりました件で、ボスよりご伝言がございます。
〈わかば園〉の小谷涼介様の件でございますが、静岡にお住まいのご親切な夫妻に養子として迎えられたそうでございます。
そのご夫妻はボスの古くからの知り合いでございまして、長年の不妊治療の甲斐もなくお子様に恵まれなかったようです。
そこで、ボスから「養子を迎えるお気持ちはありませんか」と提案したところ快諾し、実際にお目にかかってみて引き取りをお決めになったそうでございます。
涼介様はご夫妻の計らいで、静岡県にありますサッカー強豪校へスポーツ推薦枠で進学することが決まったそうでございます。
ご報告が遅くなってしまい、申し訳ございません。きちんと決まってからお知らせした方が、愛美様も安心されるだろうとボスが申しておりましたもので。
心優しいあなたのお願いを、ボスも私も微笑ましく思っております。もうじき冬休みでございますね。どうぞ有意義にお過ごし下さいませ。
久留島 栄吉』
****
「――よかった……」
手紙を読み終えた愛美はホッとした。おじさまは――大好きな純也さんは、愛美の願いをちゃんと聞き入れてくれて、しかもいちばん安心できる方法で問題を解決してくれたのだ。
「ホントよかったね、愛美。あんたこの子のこと心配してたんでしょ? これでやっと安心して冬休み迎えられるし、執筆にも集中できるじゃん」
「執筆はともかく、冬休みはあまり安心できないかもしれませんわよ。……お誘いした私が言うのも何ですけど」
珠莉がそこまで言うのだから、辺唐院家は本当におかしな家だということだろうか。
これから書こうとしている小説の元ネタ、山崎豊子の『華麗なる一族』は文庫本を持っているけれど、読んだのがだいぶ前だったので詳しい内容までは愛美も憶えていない。
「……わたし、夕食前にちょっと『華麗なる一族』の本を読み直してみる」
「えっ、今から!? あれって確か相当長かったような」
「うん。一度には読み切れないから、毎日少しずつ読むの」
愛美はそう言うと、自分の本棚から分厚い文庫本を引っぱり出してページをめくり始めた――。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
二学期の期末テストも無事終わって、わたしは今回も学年で三位になりました! 奨学生としてちゃんと勉強を頑張ってます。そして、作家としての活動も次のステップへ進もうとしてます。そのことはまた後で書きますね。
まず、おじさまにお礼を言わないと。小谷涼介君のこと、どうもありがとうございました。今日、秘書の久留島さんからお手紙が来てました。
リョウちゃんは静岡に住む優しいご夫婦に養子として迎えられて、しかも静岡のサッカー強豪校に推薦で進めるんですよね。おじさまが直接お願いしてくれたって、久留島さんからの手紙に書いてありました。
お子さんに恵まれなかったご夫婦ならきっとリョウちゃんのことを大事にして下さるだろうし、リョウちゃんも大好きなサッカーに打ち込めるし、わたしが望んだいちばん最高の形になって、わたしも嬉しいです。本当にありがとう、おじさま!
さて、ここからが本題です。わたし、この度長編小説を書くことになりました! この小説は書き下ろし作品として刊行される予定です。もしかしたら短編集が先に刊行されるかもしれませんけど。
今日の午後、わたしの担当編集者さんが横浜まで来てくれて、このお話を打診してくれたんです。もちろんこれまでどおりに短編のお仕事もあって、その原稿料ももらえて、書籍が刊行されれば印税も入ります。題材もわたしに任せてもらえるそうです。
で、わたしが選んだ題材は「令和版・『華麗なる一族』」。セレブの一族で育ったけど家族や親せきと折り合いのつかない青年が、自分自身の手で自分の人生を切り開いていく、というストーリーにしようと思ってます。
このヒーロー像、誰かさんに似てると思いませんか? そう、純也さんがモデルなんです! 彼の生き方とかって、小説の題材に持って来いじゃないですか?
ちょうど冬休みに珠莉ちゃんのお家でお世話になるし、純也さんも今年の冬は実家に帰るって言ってくれてるので、めくるめくセレブの世界について色々取材しようかな、って。
珠莉ちゃんも純也さんも、自分が生まれ育ったお家のこと好きじゃないみたい。ご両親の愛情を感じたことがほとんどないって言うんです。さやかちゃんはそのことを「親ガチャでハズレを引いた」って表現してます。おじさま、「親ガチャ」って言葉は知ってましたか?
子供は親を選べないから、どんな親の元に生まれてきても文句は言えないんでしょうか? そういう意味では、リョウちゃんも「親ガチャに外れた」一人ってことになりますよね。もっといいご両親の子供として生まれてたら、ネグレクトなんて受けなくて済んだのに。
わたしは両親のことをほとんど知らされてないけど、多分親ガチャには外れてなかったと思います。でも今回のことがあって、自分の両親のことをもっとよく知りたいって思うようになりました。いつか〈わかば園〉に帰って、園長先生から詳しいお話が聞けたらいいな。
もうすぐ冬休みです。おじさまもどうかお体に気をつけていい年末年始をお過ごし下さい。 かしこ
十二月十九日 長編執筆に張り切ってる愛美』
****
『相川愛美様。
あなたからお願いされておりました件で、ボスよりご伝言がございます。
〈わかば園〉の小谷涼介様の件でございますが、静岡にお住まいのご親切な夫妻に養子として迎えられたそうでございます。
そのご夫妻はボスの古くからの知り合いでございまして、長年の不妊治療の甲斐もなくお子様に恵まれなかったようです。
そこで、ボスから「養子を迎えるお気持ちはありませんか」と提案したところ快諾し、実際にお目にかかってみて引き取りをお決めになったそうでございます。
涼介様はご夫妻の計らいで、静岡県にありますサッカー強豪校へスポーツ推薦枠で進学することが決まったそうでございます。
ご報告が遅くなってしまい、申し訳ございません。きちんと決まってからお知らせした方が、愛美様も安心されるだろうとボスが申しておりましたもので。
心優しいあなたのお願いを、ボスも私も微笑ましく思っております。もうじき冬休みでございますね。どうぞ有意義にお過ごし下さいませ。
久留島 栄吉』
****
「――よかった……」
手紙を読み終えた愛美はホッとした。おじさまは――大好きな純也さんは、愛美の願いをちゃんと聞き入れてくれて、しかもいちばん安心できる方法で問題を解決してくれたのだ。
「ホントよかったね、愛美。あんたこの子のこと心配してたんでしょ? これでやっと安心して冬休み迎えられるし、執筆にも集中できるじゃん」
「執筆はともかく、冬休みはあまり安心できないかもしれませんわよ。……お誘いした私が言うのも何ですけど」
珠莉がそこまで言うのだから、辺唐院家は本当におかしな家だということだろうか。
これから書こうとしている小説の元ネタ、山崎豊子の『華麗なる一族』は文庫本を持っているけれど、読んだのがだいぶ前だったので詳しい内容までは愛美も憶えていない。
「……わたし、夕食前にちょっと『華麗なる一族』の本を読み直してみる」
「えっ、今から!? あれって確か相当長かったような」
「うん。一度には読み切れないから、毎日少しずつ読むの」
愛美はそう言うと、自分の本棚から分厚い文庫本を引っぱり出してページをめくり始めた――。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
二学期の期末テストも無事終わって、わたしは今回も学年で三位になりました! 奨学生としてちゃんと勉強を頑張ってます。そして、作家としての活動も次のステップへ進もうとしてます。そのことはまた後で書きますね。
まず、おじさまにお礼を言わないと。小谷涼介君のこと、どうもありがとうございました。今日、秘書の久留島さんからお手紙が来てました。
リョウちゃんは静岡に住む優しいご夫婦に養子として迎えられて、しかも静岡のサッカー強豪校に推薦で進めるんですよね。おじさまが直接お願いしてくれたって、久留島さんからの手紙に書いてありました。
お子さんに恵まれなかったご夫婦ならきっとリョウちゃんのことを大事にして下さるだろうし、リョウちゃんも大好きなサッカーに打ち込めるし、わたしが望んだいちばん最高の形になって、わたしも嬉しいです。本当にありがとう、おじさま!
さて、ここからが本題です。わたし、この度長編小説を書くことになりました! この小説は書き下ろし作品として刊行される予定です。もしかしたら短編集が先に刊行されるかもしれませんけど。
今日の午後、わたしの担当編集者さんが横浜まで来てくれて、このお話を打診してくれたんです。もちろんこれまでどおりに短編のお仕事もあって、その原稿料ももらえて、書籍が刊行されれば印税も入ります。題材もわたしに任せてもらえるそうです。
で、わたしが選んだ題材は「令和版・『華麗なる一族』」。セレブの一族で育ったけど家族や親せきと折り合いのつかない青年が、自分自身の手で自分の人生を切り開いていく、というストーリーにしようと思ってます。
このヒーロー像、誰かさんに似てると思いませんか? そう、純也さんがモデルなんです! 彼の生き方とかって、小説の題材に持って来いじゃないですか?
ちょうど冬休みに珠莉ちゃんのお家でお世話になるし、純也さんも今年の冬は実家に帰るって言ってくれてるので、めくるめくセレブの世界について色々取材しようかな、って。
珠莉ちゃんも純也さんも、自分が生まれ育ったお家のこと好きじゃないみたい。ご両親の愛情を感じたことがほとんどないって言うんです。さやかちゃんはそのことを「親ガチャでハズレを引いた」って表現してます。おじさま、「親ガチャ」って言葉は知ってましたか?
子供は親を選べないから、どんな親の元に生まれてきても文句は言えないんでしょうか? そういう意味では、リョウちゃんも「親ガチャに外れた」一人ってことになりますよね。もっといいご両親の子供として生まれてたら、ネグレクトなんて受けなくて済んだのに。
わたしは両親のことをほとんど知らされてないけど、多分親ガチャには外れてなかったと思います。でも今回のことがあって、自分の両親のことをもっとよく知りたいって思うようになりました。いつか〈わかば園〉に帰って、園長先生から詳しいお話が聞けたらいいな。
もうすぐ冬休みです。おじさまもどうかお体に気をつけていい年末年始をお過ごし下さい。 かしこ
十二月十九日 長編執筆に張り切ってる愛美』
****



