「……ええ、そうですわね」
「ちょっと待って! 今の話、あたし初耳なんだけど。珠莉、あんたモデルになりたいワケ?」
「あ……、そういえばさやかちゃんは知らなかったんだよね」
珠莉がさやかに話していなかったことが、愛美にはちょっと意外だったけれど。まぁ、この二人の関係はこんなものだろう。
「愛美は知ってたの? っていうかいつ聞いたの、その話」
「夏休みの初日、新横浜まで地下鉄で一緒になったからその時に」
「マジでー!? なんで愛美も教えてくんなかったのさ!? 知らなかったのあたしだけじゃん! 水臭いって!」
「ゴメンねー、さやかちゃん。わたしも色々あってバタバタしてたから言いそびれちゃって。珠莉ちゃん本人から聞いてるとばっかり」
愛美は結果的にのけ者になってしまっていた親友に、手を合わせて謝った。
〝色々〟とは作家デビューが決まったり、純也さんとの恋が実ったり、奨学金の申請が通ったり、そりゃまぁ色々である。
「あたし、あんたのノロケ話よりそっちの話がもっと聞きたかったよ。っていうか二人とも立派な夢とか目標があって、あたし正直羨ましい。あたしにはそういうの、何もないもん」
「えっ、そうなの?」
これには愛美もビックリした。さやかは陸上部でバリバリやっているアスリートだから、当然「オリンピックに出たい」とか高い目標を掲げていると思っていたのだ。
「でも陸上頑張ってるじゃない。それで世界目指したいとか思わないの?」
「それは部活だからだよ。大学に進んでからも続けようとは思ってない。どっちみちあたしの実力じゃ、世界に太刀打ちなんかできっこないもん。結局のところは大学出てからフツーに就職して、フツーに結婚するのがオチなんじゃないかな」
「そんな、夢も希望もない……」
呟きながら、愛美は考える。立派な夢があるのに両親に反対されているであろう珠莉と、家族には恵まれているけれど特にこれといった夢も目標も持っていないさやかはどっちが幸せで、どっちが不幸なんだろう、と。
「――ところで、両親の愛情に恵まれなかった子って、わたしが育った施設にもいたんだよね」
珠莉の話で、愛美はふと〈わかば園〉にいた小谷涼介のことを思い出した。
「そりゃまぁいるだろうね。愛美みたいに親のいない子だけじゃなくて、色んな事情のある子が来るところなワケでしょ?」
「うん。その子、わたしの二つ年下の男の子なんだけど。その子ね、実のご両親から育児放棄されて保護されてきた子だったの。自分が産んだ子供を育てるのを放棄する親ってどうなの? 育てられないなら産まなきゃよかったじゃない、って園長先生もカンカンに怒ってた」
「へぇ……。世の中にはそんな親もいるんだね。それこそ親ガチャ大ハズレじゃん。っていうか、それと珠莉のこととどんな関係が?」
「あー、うん。夏に純也さんから聞いたから。彼のお母さまは進んで子育てをするような人じゃなかったって。だから今でも元家政婦さんのこと、実の母親以上にお母さんだと思ってるみたい」
「あら、お祖母さまもそうでしたのね。私の母もそうですわ。娘である私のことより社交界でのお付き合いだとか、世間体ばかり気にしてらっしゃって。叔父さまにとっての祖母がそうだったように、私にとっての母も〝遺伝子上の母〟でしかないの」
「…………」
ということは、彼女も実質乳母とかベビーシッターさんに育てられたということだろうか。
「へぇ…………、今時いるんだそんな親。っていうかセレブの世界ではそれが当たり前なの?」
「いえ、違う……と思いますわ。わが一族が普通じゃないだけでしょう」
施設育ちの愛美はもちろん、ごく一般的な家庭に育ったさやかにもそのセレブ独特な考え方は理解できなかった。
「……で、話戻すけどさ。その男の子が何だって?」
「あ、そうそう。その子のご両親ね、園長先生にお説教されて改心したはいいんだけど、今度はその子に逢いたいってちょくちょく園を訪ねてくるようになったの。自分たちで育てるのを放棄したくせに勝手でしょ? でも、ご両親のこと恨んでるその子は一度も会いたがらなかったんだけど」
「だろうね」
「その子今中三で、高校に進学させるためにご両親がまた無理矢理引き取りに行くんじゃないかってわたし心配で。夏休みにね、その子のことでおじさまにお願いしたの」
「お願いしたって何を?」
「その子が困ってたら、味方になってあげてほしいって。あと、できればその子の里親になってくれそうなご夫婦を探してみてくれませんか、って」
もう十二月。そろそろ進路が決まる頃なので、〝あしながおじさん〟から連絡が来てもいいと思うのだけれど……。
さやかも同じ気持ちだったらしく、ハッとしてこんなことを言った。
「だとしたらさ、もう引き取り手決まってないとヤバいよね」
「うん。おじさまか秘書の人から、そろそろ連絡来ると思うんだけど。――わたし郵便受け見るの忘れてたから、ちょっと見てくるね!」
「あ、待って待って! あたしも付き合うよ」
「私も一緒に参りますわ」
――というわけで、愛美は親友二人と一緒に郵便受けの確認に行った。すると……。
「――あ、手紙が来てる。おじさまの秘書さんから」
「やっぱ来てたねー。どうする、ここで開けてみる?」
「ううん、部屋に戻ってから開けるよ」
愛美は早く内容を確かめたくて、早足で部屋に戻ると急いで手紙を開封した。
「ちょっと待って! 今の話、あたし初耳なんだけど。珠莉、あんたモデルになりたいワケ?」
「あ……、そういえばさやかちゃんは知らなかったんだよね」
珠莉がさやかに話していなかったことが、愛美にはちょっと意外だったけれど。まぁ、この二人の関係はこんなものだろう。
「愛美は知ってたの? っていうかいつ聞いたの、その話」
「夏休みの初日、新横浜まで地下鉄で一緒になったからその時に」
「マジでー!? なんで愛美も教えてくんなかったのさ!? 知らなかったのあたしだけじゃん! 水臭いって!」
「ゴメンねー、さやかちゃん。わたしも色々あってバタバタしてたから言いそびれちゃって。珠莉ちゃん本人から聞いてるとばっかり」
愛美は結果的にのけ者になってしまっていた親友に、手を合わせて謝った。
〝色々〟とは作家デビューが決まったり、純也さんとの恋が実ったり、奨学金の申請が通ったり、そりゃまぁ色々である。
「あたし、あんたのノロケ話よりそっちの話がもっと聞きたかったよ。っていうか二人とも立派な夢とか目標があって、あたし正直羨ましい。あたしにはそういうの、何もないもん」
「えっ、そうなの?」
これには愛美もビックリした。さやかは陸上部でバリバリやっているアスリートだから、当然「オリンピックに出たい」とか高い目標を掲げていると思っていたのだ。
「でも陸上頑張ってるじゃない。それで世界目指したいとか思わないの?」
「それは部活だからだよ。大学に進んでからも続けようとは思ってない。どっちみちあたしの実力じゃ、世界に太刀打ちなんかできっこないもん。結局のところは大学出てからフツーに就職して、フツーに結婚するのがオチなんじゃないかな」
「そんな、夢も希望もない……」
呟きながら、愛美は考える。立派な夢があるのに両親に反対されているであろう珠莉と、家族には恵まれているけれど特にこれといった夢も目標も持っていないさやかはどっちが幸せで、どっちが不幸なんだろう、と。
「――ところで、両親の愛情に恵まれなかった子って、わたしが育った施設にもいたんだよね」
珠莉の話で、愛美はふと〈わかば園〉にいた小谷涼介のことを思い出した。
「そりゃまぁいるだろうね。愛美みたいに親のいない子だけじゃなくて、色んな事情のある子が来るところなワケでしょ?」
「うん。その子、わたしの二つ年下の男の子なんだけど。その子ね、実のご両親から育児放棄されて保護されてきた子だったの。自分が産んだ子供を育てるのを放棄する親ってどうなの? 育てられないなら産まなきゃよかったじゃない、って園長先生もカンカンに怒ってた」
「へぇ……。世の中にはそんな親もいるんだね。それこそ親ガチャ大ハズレじゃん。っていうか、それと珠莉のこととどんな関係が?」
「あー、うん。夏に純也さんから聞いたから。彼のお母さまは進んで子育てをするような人じゃなかったって。だから今でも元家政婦さんのこと、実の母親以上にお母さんだと思ってるみたい」
「あら、お祖母さまもそうでしたのね。私の母もそうですわ。娘である私のことより社交界でのお付き合いだとか、世間体ばかり気にしてらっしゃって。叔父さまにとっての祖母がそうだったように、私にとっての母も〝遺伝子上の母〟でしかないの」
「…………」
ということは、彼女も実質乳母とかベビーシッターさんに育てられたということだろうか。
「へぇ…………、今時いるんだそんな親。っていうかセレブの世界ではそれが当たり前なの?」
「いえ、違う……と思いますわ。わが一族が普通じゃないだけでしょう」
施設育ちの愛美はもちろん、ごく一般的な家庭に育ったさやかにもそのセレブ独特な考え方は理解できなかった。
「……で、話戻すけどさ。その男の子が何だって?」
「あ、そうそう。その子のご両親ね、園長先生にお説教されて改心したはいいんだけど、今度はその子に逢いたいってちょくちょく園を訪ねてくるようになったの。自分たちで育てるのを放棄したくせに勝手でしょ? でも、ご両親のこと恨んでるその子は一度も会いたがらなかったんだけど」
「だろうね」
「その子今中三で、高校に進学させるためにご両親がまた無理矢理引き取りに行くんじゃないかってわたし心配で。夏休みにね、その子のことでおじさまにお願いしたの」
「お願いしたって何を?」
「その子が困ってたら、味方になってあげてほしいって。あと、できればその子の里親になってくれそうなご夫婦を探してみてくれませんか、って」
もう十二月。そろそろ進路が決まる頃なので、〝あしながおじさん〟から連絡が来てもいいと思うのだけれど……。
さやかも同じ気持ちだったらしく、ハッとしてこんなことを言った。
「だとしたらさ、もう引き取り手決まってないとヤバいよね」
「うん。おじさまか秘書の人から、そろそろ連絡来ると思うんだけど。――わたし郵便受け見るの忘れてたから、ちょっと見てくるね!」
「あ、待って待って! あたしも付き合うよ」
「私も一緒に参りますわ」
――というわけで、愛美は親友二人と一緒に郵便受けの確認に行った。すると……。
「――あ、手紙が来てる。おじさまの秘書さんから」
「やっぱ来てたねー。どうする、ここで開けてみる?」
「ううん、部屋に戻ってから開けるよ」
愛美は早く内容を確かめたくて、早足で部屋に戻ると急いで手紙を開封した。



