「珠莉ちゃんのお家にいる間に、色々お話聞いて取材しよう。純也さんにもお話聞けたらいいな」
主人公はセレブ一家に生まれ育ったけれど、その家族や親せきと折り合いのつかない青年。自立心と正義感が強い彼は、自分の手で自分の人生を切り開いていく――。
「……うん、いいかも」
大まかなストーリーはできつつある。あとは取材を重ねて、それにしっかり肉付けしてキチンとプロットを作れば原稿は書けるはず。
(わたしの書いた本が、ついに本屋さんに……)
その光景を想像するだけでワクワクする。しかもそれはベストセラーになって、次々と重版がかかるのだ。
そして、ついには有名な文学賞の候補になったりなんかして……。
(……おっと! 妄想が膨らみすぎた。まずは書かなきゃ始まんないよね)
まだ書いてもいない段階でここまで想像しても、〝捕らぬ狸の皮算用〟でしかない。
「よしっ、頑張るぞー! 愛美、ファイト! おー!」
自分に発破をかけ、愛美は寮へと帰っていった。
* * * *
「――ただいま!」
部屋に帰ると、今日はさやかも珠莉も部屋にいた。珍しく、二人で仲よくTVドラマの再放送を観ている。
「あー、愛美。お帰り。このドラマ面白いよ。愛美も観る?」
「こういう低俗なドラマは私の好みじゃないんですけど、これには私もハマってしまいましたのよ」
この二人の趣味が合うなんて、珍しいこともあるものだ。入学当時は性格も考え方も何もかも正反対の二人だと思っていたのに。
人というのは、一年半以上も付き合っていると変わるものなんだと愛美は思った。
「……うん。あーでも、二人に聞いてほしい話があって」
「うん、なになに?」
さやかは愛美の話に耳を傾けることにしたようで、リモコンでTVの電源を落とした。
「あのね、わたしいよいよ、単行本を出してもらえることになったの!」
「えっ、ウソ? よかったじゃん、愛美!」
「うんっ! 今日ね、担当の編集者さんに『大事な話がある』って呼び出されて。でね、行ってみたら『今度、長編小説を書いてみませんか?』って」
「あらあら。長編なんてスゴいじゃありませんの! では、それが本になって出版されるということですのね?」
このビッグニュースには、さやかはもちろんのこと、珠莉も喜んでくれた。
「ただ、いつ刊行されるかはまだ分かんないの。とりあえず一作書いてみて、その出来ばえで考える、みたいな感じで。でも、その間には並行して短編のお仕事も続けさせてもらえるみたい」
「じゃあ、長編より短編集が先に出る可能性もあるワケだね」
愛美もそこまでは考えていなかったので、さやかの指摘は目からウロコだった。
「……あ、そうなるかも。でも、どっちにしても嬉しいな。わたしの書いた小説が本になるなんて!」
「あたしも嬉しい! もう書く題材は決まってんの?」
「うん。純也さんをモデルにして、現代版の『華麗なる一族』みたいなのを書けたらいいなーって思ってるんだ。だからね、冬休みの間に珠莉ちゃんのおウチとか、セレブの世界を取材するつもりなの。珠莉ちゃんも協力してね」
「……ええ、いいけど。私の家なんて取材しても、あまり参考にはならないんじゃないかしら。私はあまりお勧めできなくてよ」
かなり乗り気な愛美とは対照的に、珠莉はこの案に消極的だった。
「純也叔父さまだって、どう思われるか分かりませんわ」
「……もしかして、珠莉ちゃんも自分のお家のこと好きじゃないの?」
以前、純也さんは親戚と反りが合わなくて家に寄り付かないと言っていたけれど。珠莉も彼と同じなんだろうか?
「ええ、あんな家、好きじゃありませんわ。私は生れてくる家を間違えたんですの」
「…………」
悲しげにそう吐き捨てる珠莉に、愛美は胸が締め付けられる思いがした。
愛美自身は施設出身だから、家族というものがあまりよく分からない。でも、少なくともさやかの一家はみんな仲がよくて(よすぎる、といってもいいかもしれない)、すごく温かい家庭だなぁと思っている。
自分の生まれ育った家や家族のことを「好きじゃない」という人がいるなんて、純也さんに出会うまでは思いもしなかったのだ。
「それってさぁ、親ガチャでハズレ引いちゃった、みたいなこと?」
さやかが思いっきり今時な言い方に変換した。これなら愛美にも分かりやすい。
「そういう意味では、さやかちゃんは大当たりだったってことだよね。ご両親はどっちもいい人だし、おばあちゃまも優しいし、兄妹仲もすごくいいし」
牧村家は愛美の理想とする家庭だ。もし自分の両親が健在だったら、きっと相川家も牧村家みたいな家庭になっていただろう。
「はぁ、そうですの? 私もさやかさんのお家みたいな家庭に生まれればよかったのに」
これには、珠莉がますます落ち込んでしまった。
「私は幼い頃からずっと、父と母の愛情を感じたことなんて一度もありませんでしたわ。いつも私の意思より世間体ばかり優先されて」
「でも、珠莉ちゃんには純也さんっていうステキな叔父さまがいるじゃない! それだけでも救いにはなると思うなぁ、わたし」
愛美はさりげなくフォローを入れる。似たような境遇の叔父がいるなら、珠莉も肩身の狭い思いをせずに済むだろう。
「モデルになりたいっていう珠莉ちゃんの夢、純也さんならきっと理解して応援してくれるよ」
(だって彼は、わたしの夢も全力で応援してくれてるから)
愛美の「小説家になりたい」という夢の後押しを最初にしてくれたのが、〝あしながおじさん〟――純也さんだったのだから。
主人公はセレブ一家に生まれ育ったけれど、その家族や親せきと折り合いのつかない青年。自立心と正義感が強い彼は、自分の手で自分の人生を切り開いていく――。
「……うん、いいかも」
大まかなストーリーはできつつある。あとは取材を重ねて、それにしっかり肉付けしてキチンとプロットを作れば原稿は書けるはず。
(わたしの書いた本が、ついに本屋さんに……)
その光景を想像するだけでワクワクする。しかもそれはベストセラーになって、次々と重版がかかるのだ。
そして、ついには有名な文学賞の候補になったりなんかして……。
(……おっと! 妄想が膨らみすぎた。まずは書かなきゃ始まんないよね)
まだ書いてもいない段階でここまで想像しても、〝捕らぬ狸の皮算用〟でしかない。
「よしっ、頑張るぞー! 愛美、ファイト! おー!」
自分に発破をかけ、愛美は寮へと帰っていった。
* * * *
「――ただいま!」
部屋に帰ると、今日はさやかも珠莉も部屋にいた。珍しく、二人で仲よくTVドラマの再放送を観ている。
「あー、愛美。お帰り。このドラマ面白いよ。愛美も観る?」
「こういう低俗なドラマは私の好みじゃないんですけど、これには私もハマってしまいましたのよ」
この二人の趣味が合うなんて、珍しいこともあるものだ。入学当時は性格も考え方も何もかも正反対の二人だと思っていたのに。
人というのは、一年半以上も付き合っていると変わるものなんだと愛美は思った。
「……うん。あーでも、二人に聞いてほしい話があって」
「うん、なになに?」
さやかは愛美の話に耳を傾けることにしたようで、リモコンでTVの電源を落とした。
「あのね、わたしいよいよ、単行本を出してもらえることになったの!」
「えっ、ウソ? よかったじゃん、愛美!」
「うんっ! 今日ね、担当の編集者さんに『大事な話がある』って呼び出されて。でね、行ってみたら『今度、長編小説を書いてみませんか?』って」
「あらあら。長編なんてスゴいじゃありませんの! では、それが本になって出版されるということですのね?」
このビッグニュースには、さやかはもちろんのこと、珠莉も喜んでくれた。
「ただ、いつ刊行されるかはまだ分かんないの。とりあえず一作書いてみて、その出来ばえで考える、みたいな感じで。でも、その間には並行して短編のお仕事も続けさせてもらえるみたい」
「じゃあ、長編より短編集が先に出る可能性もあるワケだね」
愛美もそこまでは考えていなかったので、さやかの指摘は目からウロコだった。
「……あ、そうなるかも。でも、どっちにしても嬉しいな。わたしの書いた小説が本になるなんて!」
「あたしも嬉しい! もう書く題材は決まってんの?」
「うん。純也さんをモデルにして、現代版の『華麗なる一族』みたいなのを書けたらいいなーって思ってるんだ。だからね、冬休みの間に珠莉ちゃんのおウチとか、セレブの世界を取材するつもりなの。珠莉ちゃんも協力してね」
「……ええ、いいけど。私の家なんて取材しても、あまり参考にはならないんじゃないかしら。私はあまりお勧めできなくてよ」
かなり乗り気な愛美とは対照的に、珠莉はこの案に消極的だった。
「純也叔父さまだって、どう思われるか分かりませんわ」
「……もしかして、珠莉ちゃんも自分のお家のこと好きじゃないの?」
以前、純也さんは親戚と反りが合わなくて家に寄り付かないと言っていたけれど。珠莉も彼と同じなんだろうか?
「ええ、あんな家、好きじゃありませんわ。私は生れてくる家を間違えたんですの」
「…………」
悲しげにそう吐き捨てる珠莉に、愛美は胸が締め付けられる思いがした。
愛美自身は施設出身だから、家族というものがあまりよく分からない。でも、少なくともさやかの一家はみんな仲がよくて(よすぎる、といってもいいかもしれない)、すごく温かい家庭だなぁと思っている。
自分の生まれ育った家や家族のことを「好きじゃない」という人がいるなんて、純也さんに出会うまでは思いもしなかったのだ。
「それってさぁ、親ガチャでハズレ引いちゃった、みたいなこと?」
さやかが思いっきり今時な言い方に変換した。これなら愛美にも分かりやすい。
「そういう意味では、さやかちゃんは大当たりだったってことだよね。ご両親はどっちもいい人だし、おばあちゃまも優しいし、兄妹仲もすごくいいし」
牧村家は愛美の理想とする家庭だ。もし自分の両親が健在だったら、きっと相川家も牧村家みたいな家庭になっていただろう。
「はぁ、そうですの? 私もさやかさんのお家みたいな家庭に生まれればよかったのに」
これには、珠莉がますます落ち込んでしまった。
「私は幼い頃からずっと、父と母の愛情を感じたことなんて一度もありませんでしたわ。いつも私の意思より世間体ばかり優先されて」
「でも、珠莉ちゃんには純也さんっていうステキな叔父さまがいるじゃない! それだけでも救いにはなると思うなぁ、わたし」
愛美はさりげなくフォローを入れる。似たような境遇の叔父がいるなら、珠莉も肩身の狭い思いをせずに済むだろう。
「モデルになりたいっていう珠莉ちゃんの夢、純也さんならきっと理解して応援してくれるよ」
(だって彼は、わたしの夢も全力で応援してくれてるから)
愛美の「小説家になりたい」という夢の後押しを最初にしてくれたのが、〝あしながおじさん〟――純也さんだったのだから。



