拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

「そうだねー。だってあの二人、誰が見たってラブラブだもんね。――っていうか、アンタの方はどうなのよ?」

「どう、って?」

「ウチのお兄ちゃんと、だよ。連絡は取り合ってるんでしょ? クリスマスはムリでもさぁ、冬休みの間にデートするとかって予定はないワケ?」

 さやかの兄・治樹と珠莉は一応交際を始めたらしい。二人が連絡を取り合っているところはさやかも愛美も見かけているけれど、二人で出かけるような様子はまだ一度も見られない。

「……特には何も。治樹さん、今は就職活動で忙しいみたいですし、私がおジャマしてはいけないと思って。それに――」

「それに?」

「多分、私と治樹さんの仲は、私の両親に反対されると思うから……」

「え……、マジで? 今時そんなことある?」

 さやかは眉をひそめた。それが昭和(しょうわ)の話ならあり得るかもしれないけれど、令和に今になってそんなことがあるんだろうか?

「私は一人娘なんですもの。父としては、跡取りとなる婿養子がほしいはずなの。でも、治樹さんは長男ですし――」

「跡取り……ねぇ。あんたも家の犠牲者なワケだ」

 さやかの家は小さな会社だからそうでもないけれど、辺唐院家のような資産家一族には、未だに古臭いしきたりやら何やらが根深く残っているらしい。

「まあ、ウチはお兄ちゃんが長男だから継がなきゃいけないってこともないだろうしさ。お兄ちゃんさえよければ入り婿もいいと思うんだけどねー」

 そもそも、治樹さんには家業を継ぐ気がないらしいので、それこそ本人の意思次第だろう。

「お父さんは継いでほしいみたいだけどね。まあ、ウチのことは気にしないでさ、珠莉は両親の説得頑張ってみなよ。別に今すぐ結婚するとかって話じゃないんだしさ」

 結婚となれば、両家の問題になってくるけれど。まだ恋愛の段階でいちいちうるさく言われたら、珠莉だってウンザリだろう。

「……そうね。まあ、頑張ってはみますけど」

「うん。わたしも応援するよ、珠莉ちゃん。純也さんだってきっと味方になってくれると思うよ」

 愛美も援護した。同じ一族の純也さんも味方になってくれるのなら、珠莉にとってこれほど心強いことはないはずである。

「ありがとう、愛美さん、さやかさん。私は本当に、いい親友に恵まれましたわ!」

 珠莉がやっと笑顔になったので、愛美もさやかもホッとした。何だか、部屋の中の空気も少し穏やかになったようだ。

(どうか、珠莉ちゃんの恋もうまくいきますように! ご両親がどうか折れて下さいますように!)

 愛美は珠莉と治樹さんの幸せを、心から祈っていた。


   * * * *


 ――夕食後。愛美は考えていた通り、〝あしながおじさん〟に手紙を(したた)めた。


****

『拝啓、あしながおじさん。

 お元気ですか? わたしは今日も元気です。
 わたし、今年の冬休みは埼玉のさやかちゃんのお家じゃなくて、東京にある珠莉ちゃんのお家で過ごすことになりました。
 珠莉ちゃんが招待してくれたんです。「我が家にいらっしゃいよ」って。
 さやかちゃんは残念がってましたけど、「やっぱり埼玉より東京の方がいいよね」って、最後には折れてくれました。
 だって、東京には純也さんもいるから! でも、彼はご家族と仲がよくないって聞いてたので、この冬もご実家に帰られるかどうかは分かりませんでした。
 で、彼に電話してみたら、わたしが行くならたまには実家に帰ってみようかなって。家族とうまくやれるかどうかは分からないけど、もしわたしに何かあった時には盾になるって言ってくれました。
 本当は、わたしもあんな大きなお屋敷に行くのは気がひけるんですけど。純也さんもいてくれるなら心強いです。
 ところでおじさま、珠莉ちゃんのお家に行くにあたって、わたしには困ってることがあるんです。それは、あのお屋敷で開かれるクリスマスパーティーのドレスコードなの!
 わたし、そんな立派なパーティーに着て行けるようなドレスなんか持ってないし、お小遣いで買えるようなものでもないし……。
 そこで、おじさまに初めてのおねだりしちゃいます! わたしのために、ドレスとか靴とか、パーティー出席のために必要なものをそろえて下さいませんか? おじさまのセンスにお任せしますから。
 もし、おじさまが「それならやめた方がいい」っておっしゃるなら、わたしは珠莉ちゃんのお家じゃなくてさやかちゃんのお家に行くつもりです。でも、珠莉ちゃんのお家に行くのに賛成して下さるなら、どうかわたしのお願いを聞いてくれませんか?
 まだ日にちに余裕はあります。わたし、待ってますから。

                 十一月二十八日       愛美 』

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 書き終えた手紙を読み返し、愛美は思わず吹き出した。

「この手紙ってなんか、圧がスゴいな。念押ししてるみたい」

 相手が純也さんだと分かっているから、お願いしている部分以外は彼と電話で話したことの再確認みたいな内容になっている。――たとえば、「『盾になってくれる』って言ってたよね?」みたいな。
 愛美は他人行儀に書いたつもりだけれど、読む側はドキッとするんじゃないだろうか。


   * * * *


 ――あの手紙を投函してから数日後。愛美宛てにたくさんの荷物が届いた。
送り主はすべて田中太郎氏。つまり、〝あしながおじさん〟だ。

「愛美……、これってもしかしてアレ?」

 受け取った愛美自身が全部部屋に運び込んだところで、さやかがあんぐり顔で訊ねた。

「うん、そうみたいだね。まさかこんなにたくさん届くとは思ってなかったけど」

 この荷物の量を見て、誰より愛美自身が驚いた。
 珠莉から「どうせなら、パーティーに出るのに必要なものを一式おねだりしちゃいなさい」と(そそのか)され、手紙にも冗談のつもりでその通りに書いたけれど、まさか本当に一式そろえて送ってくれるなんて……!