――それにしても、と愛美は思う。
「やっぱり似てるなあ、『あしながおじさん』のお話と」
これだけ同じようなことが起きれば、もう狙ってやっているとしか思えない。――さやかや珠莉と部屋が隣り同士になったのは偶然だとしても。
「でも、これ以上の偶然は起きないよね……。いくら何でも」
――そう、あれは物語の中の出来事。現実ではあんなに何もかもがうまくいくはずがないのだ。
愛美はいったんスーツケースをフロアーに置き、ベッドにダイブした。
低反発のマットレスに、ふかふかの寝具一式。寝心地もよさそうだ。
〈わかば園〉では畳の部屋に布団を敷いて寝ていたので、ベッドで寝るのが愛美の憧れでもあった。
「――あ、そうだ。小包み開けよう」
愛美はガバッ起き上がり、スーツケースを開いた。部屋に入るまでのお楽しみに取っておいたのを、ふと思い出したのだ。
「田中さんは何を送ってくれたのかな……?」
ワクワクしながらダンボール箱を開けると、クッション材が詰め込まれた中に大小一つずつの箱が入っている。小さい方の箱に書かれているのは携帯電話会社のロゴマーク。
もう一つはB4サイズくらいの箱で、こちらは少し重量がある。
「わあ……! スマホだ! ……あ、手紙も入ってる」
横長の洋封筒に入っている手紙を、愛美は開いた。
『相川愛美様
ささやかな入学祝いの品をお送りいたします。
料金は田中太郎氏が支払いますので、安心してお友達とのコミュニケーションツールとしてお使い下さいませ。
もう一点は作家を目指される愛美様のために、田中様が購入したものでございます。どうぞお役立て下さいませ。
改めまして、高校へのご入学おめでとうございます。 久留島栄吉』
「――どこまで太っ腹なんだか。田中さんって人」
入学祝いにスマホをプレゼントして、しかも料金まで支払ってくれるなんて……!
「もう一つの箱は……ノートパソコンだ。この寮、Wi―Fiついてるんだよね。さっそくセッティングしちゃおっと♪」
愛美はよく施設の事務作業を手伝っていたので、パソコンの扱いには慣れているのだ。壁紙やパスワードなどの初期設定は簡単にできてしまった。
――ところが、ここで一つ問題が起きた。
「スマホって、どうやって使うんだろう?」
パソコンの扱いには慣れているけれど、スマホどころか携帯電話自体を持つのが初めての愛美には、使い方が分からないのだ。
こういう時は説明書、と箱の底の方まで見てみても、入っているのは薄っぺらいスターターガイドだけ。読んでも内容がチンプンカンプンだ。
(使い方くらい、手紙に書いといてくれたらいいのに)
八つ当たり気味に、愛美は思う。けれど、それもあえて書かなかったのだろうか? 愛美がこういう時、どうするのかを試すために。
「う~ん……、どうしよう? ――あ、こういう時は……」
愛美はスマホを持ったまま部屋を飛び出し、隣りの部屋――さやかと珠莉の部屋である――のドアをノックした。
「さやかちゃん、愛美だけど! ちょっと助けて~!」
「どしたの?」
出てきたさやかは迷惑そうな顔ひとつせず、愛美に訊ねる。
「あのね、保護者の理事さんがスマホをプレゼントしてくれたんだけど。使い方が分かんなくて……。さやかちゃん、お願い! 教えてくれない?」
「スマホの使い方? もしかして初めてなの?」
「うん、そうなの。そもそもケータイ持つこと自体、初めてなんだ」
それは施設にいたから、ではない。愛美には親も親戚もいないから。
同じ施設にいても、親や親せきがいる子はケータイを持たせてもらっていた。愛美はそれを「羨ましい」と思ったことがなかったけれど……。
「いいよ、教えてあげる。愛美の部屋に行ってもいい?」
「うん! ありがと、さやかちゃん!」
愛美は大喜びで、さやかの両手を握った。さやかは成り行き上ルームメイトになった珠莉に一声かける。
「じゃあ珠莉、あたしちょっと隣りに行ってくるから」
「あらそう。どうぞご自由に」
珠莉は素っ気ない返事をしただけ。――まあ、まだ知り合ったばかりだし、そう簡単に打ち解けるわけがないだろうけれど。
「何あれ? カンジ悪~! ……まあいいや。行こう、愛美」
「う、うん」
戸惑う愛美を連れ、さやかは愛美の部屋へ。
「おっ、パソコンあるんだ。でもスマホは使えないの?」
「うん……。さやかちゃん、分かる?」
「スマホって、手に持ってるそれ? ちょっと貸して?」
「うん」
愛美が手渡すと、さやかは自分のスマホと見比べる。
「あ、これ、あたしのとおんなじ機種だ。だったら何とかなるかも」
「ホント?」
さやかは手際よく、いくつかの操作をして愛美にスマホを返した。
「とりあえず、取扱説明書のアプリ入れといたから。困った時はそれ開くといいよ。あと、あたしと珠莉のアドレスも登録しといたから」
「ありがとう、さやかちゃん」
「いいってことよ☆ 友達じゃん、あたしたち」
友達……。まだ今日出会ったばかりなのに、さやかは愛美のことをそう言ってくれた。
「うん……、そうだよね」
高校生活スタートの日に、早くも友達が一人できた。愛美は早速、この喜びを〝田中太郎〟氏に手紙で知らせようと思った。
「やっぱり似てるなあ、『あしながおじさん』のお話と」
これだけ同じようなことが起きれば、もう狙ってやっているとしか思えない。――さやかや珠莉と部屋が隣り同士になったのは偶然だとしても。
「でも、これ以上の偶然は起きないよね……。いくら何でも」
――そう、あれは物語の中の出来事。現実ではあんなに何もかもがうまくいくはずがないのだ。
愛美はいったんスーツケースをフロアーに置き、ベッドにダイブした。
低反発のマットレスに、ふかふかの寝具一式。寝心地もよさそうだ。
〈わかば園〉では畳の部屋に布団を敷いて寝ていたので、ベッドで寝るのが愛美の憧れでもあった。
「――あ、そうだ。小包み開けよう」
愛美はガバッ起き上がり、スーツケースを開いた。部屋に入るまでのお楽しみに取っておいたのを、ふと思い出したのだ。
「田中さんは何を送ってくれたのかな……?」
ワクワクしながらダンボール箱を開けると、クッション材が詰め込まれた中に大小一つずつの箱が入っている。小さい方の箱に書かれているのは携帯電話会社のロゴマーク。
もう一つはB4サイズくらいの箱で、こちらは少し重量がある。
「わあ……! スマホだ! ……あ、手紙も入ってる」
横長の洋封筒に入っている手紙を、愛美は開いた。
『相川愛美様
ささやかな入学祝いの品をお送りいたします。
料金は田中太郎氏が支払いますので、安心してお友達とのコミュニケーションツールとしてお使い下さいませ。
もう一点は作家を目指される愛美様のために、田中様が購入したものでございます。どうぞお役立て下さいませ。
改めまして、高校へのご入学おめでとうございます。 久留島栄吉』
「――どこまで太っ腹なんだか。田中さんって人」
入学祝いにスマホをプレゼントして、しかも料金まで支払ってくれるなんて……!
「もう一つの箱は……ノートパソコンだ。この寮、Wi―Fiついてるんだよね。さっそくセッティングしちゃおっと♪」
愛美はよく施設の事務作業を手伝っていたので、パソコンの扱いには慣れているのだ。壁紙やパスワードなどの初期設定は簡単にできてしまった。
――ところが、ここで一つ問題が起きた。
「スマホって、どうやって使うんだろう?」
パソコンの扱いには慣れているけれど、スマホどころか携帯電話自体を持つのが初めての愛美には、使い方が分からないのだ。
こういう時は説明書、と箱の底の方まで見てみても、入っているのは薄っぺらいスターターガイドだけ。読んでも内容がチンプンカンプンだ。
(使い方くらい、手紙に書いといてくれたらいいのに)
八つ当たり気味に、愛美は思う。けれど、それもあえて書かなかったのだろうか? 愛美がこういう時、どうするのかを試すために。
「う~ん……、どうしよう? ――あ、こういう時は……」
愛美はスマホを持ったまま部屋を飛び出し、隣りの部屋――さやかと珠莉の部屋である――のドアをノックした。
「さやかちゃん、愛美だけど! ちょっと助けて~!」
「どしたの?」
出てきたさやかは迷惑そうな顔ひとつせず、愛美に訊ねる。
「あのね、保護者の理事さんがスマホをプレゼントしてくれたんだけど。使い方が分かんなくて……。さやかちゃん、お願い! 教えてくれない?」
「スマホの使い方? もしかして初めてなの?」
「うん、そうなの。そもそもケータイ持つこと自体、初めてなんだ」
それは施設にいたから、ではない。愛美には親も親戚もいないから。
同じ施設にいても、親や親せきがいる子はケータイを持たせてもらっていた。愛美はそれを「羨ましい」と思ったことがなかったけれど……。
「いいよ、教えてあげる。愛美の部屋に行ってもいい?」
「うん! ありがと、さやかちゃん!」
愛美は大喜びで、さやかの両手を握った。さやかは成り行き上ルームメイトになった珠莉に一声かける。
「じゃあ珠莉、あたしちょっと隣りに行ってくるから」
「あらそう。どうぞご自由に」
珠莉は素っ気ない返事をしただけ。――まあ、まだ知り合ったばかりだし、そう簡単に打ち解けるわけがないだろうけれど。
「何あれ? カンジ悪~! ……まあいいや。行こう、愛美」
「う、うん」
戸惑う愛美を連れ、さやかは愛美の部屋へ。
「おっ、パソコンあるんだ。でもスマホは使えないの?」
「うん……。さやかちゃん、分かる?」
「スマホって、手に持ってるそれ? ちょっと貸して?」
「うん」
愛美が手渡すと、さやかは自分のスマホと見比べる。
「あ、これ、あたしのとおんなじ機種だ。だったら何とかなるかも」
「ホント?」
さやかは手際よく、いくつかの操作をして愛美にスマホを返した。
「とりあえず、取扱説明書のアプリ入れといたから。困った時はそれ開くといいよ。あと、あたしと珠莉のアドレスも登録しといたから」
「ありがとう、さやかちゃん」
「いいってことよ☆ 友達じゃん、あたしたち」
友達……。まだ今日出会ったばかりなのに、さやかは愛美のことをそう言ってくれた。
「うん……、そうだよね」
高校生活スタートの日に、早くも友達が一人できた。愛美は早速、この喜びを〝田中太郎〟氏に手紙で知らせようと思った。



