「だから珠莉ちゃん、あれからわたしに協力的になったんだね。ありがと」
「……愛美さんも、もしかして気づいていらっしゃるんですの? おじさまの正体に」
「うん。でもね、わたしは気づいてないフリをすることにしたの。だから純也さんの方から打ち明けてくれるまで、わたしからは訊かない」
彼は愛美を欺いていることを心苦しいと思っているだろうから。いつか良心の呵責で、打ち明けてくれる時がくるだろう。――彼はそういう人だから。
「そうですの。……まぁ、それがいいかもしれませんわね。お二人のためには」
「……うん、そうだね。珠莉ちゃん、ありがと」
愛美としては、苦しんでいる純也さんをこれ以上追い詰めるようなことはしたくなかったので、珠莉からそう言ってもらえてホッとした。
「叔父さまは、本当に分かってらっしゃらないのかしら? 愛美さんに正体を見破られていること」
「多分……ね。気づかないフリができるほど器用な人じゃないもん」
姪の珠莉よりも、恋人である愛美の方が彼の性格を熟知しているというのもおかしな話だけれど――。
「――それにしても、さやかちゃんは大変だね。二学期始まって早々、部活なんて。お昼ゴハンに間に合うように帰ってくるとは言ってたけど」
今この場に、さやかはいない。彼女が所属する陸上部はインターハイの反省会をやっているのだそう。
ミーティングだけなので練習があるわけではないけれど、二学期初日に集まらなければならないのは確かに大変である。
「その点、私たち文化部はいいですわよね。基本的に自由参加ですもの」
「うん」
文芸部も茶道部も一応、今日も活動はしているのだけれど。参加しているのはごく一部の部員だけだろう。
「……そういえば珠莉ちゃん。さやかちゃんにも話したの? 純也さんが、わたしの保護者の〝あしながおじさん〟だってこと」
「ええ、早い段階でお話ししてあるわ。でも、愛美さんご自身が気づかれるまでヒミツにしていましょうね、ということになったのよ」
「そうだったんだ……」
愛美は何だか、自分一人だけがのけ者にされたような気持ちになったけれど。それはきっと、親友二人の愛美への思いやり。彼女と純也さんの恋をそっと見守っていようという気遣いだったんだろう。
「――あ、もうすぐお昼のチャイム鳴るね。さやかちゃん、そろそろ帰ってくるかな」
キーンコーンカーンコーン ……
「ただいま! お腹すいたぁ! 二人とも、食堂行こう」
十二時のチャイムが鳴るのと、さやかが空腹を訴えながら部屋に飛び込んでくるのはほぼ同時だった――。
* * * *
それから一ヶ月。愛美たちの学校では体育祭や球技大会、文化祭などの大きな行事も終わり、二学期の中間テストを間近に控えていた。
そんなある日のこと――。
『――恐れ入ります。こちらは明見社文芸部の、〈イマジン〉編集部でございますが。相川愛美さんの携帯で間違いありませんでしょうか?』
休日の午後、さやかと珠莉と三人で、部屋でテスト勉強に励んでいた愛美のスマホに一本の電話がかかってきた。
「はい、相川ですけど。……ちょっとゴメン! 外すね」
愛美は電話に応対するために二人のルームメイトに断りを入れ、一旦自分の寝室に引っ込んだ。
「――あ、失礼しました。改めて、わたしが相川愛美です」
『この度は、〈イマジン〉の短編小説コンテストにご応募頂きましてありがとうございます。相川さんの選考結果をお伝えしたく、お電話を差し上げました』
「はい」
そういえば、そろそろ結果が出る頃だと愛美も思っていたのだ。
『厳正なる選考の結果ですね、相川さんの応募作が佳作に選ばれまして。〈イマジン〉の来月号に掲載されることが決まりました!』
「……えっ!? それホントですか?」
『はい、本当です。おめでとうございます! 相川さん、当誌から作家デビュー決定ですよ! これからも頑張って下さいね!』
「ホントなんですね!? わたしが……作家デビュー……。あの、ご連絡ありがとうございます! わたし、頑張ります! 失礼します」
興奮のあまり声が上ずって、心もち血圧も上がっているかもしれない。それでも何とか落ち着いて、愛美は通話を終えた。
「さやかちゃん、珠莉ちゃん! わたし――」
「聞こえてたよ、愛美。おめでとう!」
勉強スペースに戻ってきた彼女が口を開こうとすると、さやかがみなまで言わせずに喜びの言葉をかぶせて来た。
「愛美さん、デビュー決定おめでとう。やりましたわね」
「うんっ! 二人とも、ありがと!」
親友二人からの温かいお祝いの言葉に、愛美は胸がいっぱいになりながらお礼を言った。
「――そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの? おじさまも待ってるんじゃない?」
「……うん。そうだね」
さやかに訊ねられ、愛美は悩んだ。――この報告は、〝あしながおじさん〟と純也さんの両方にすべきなのか、それとも〝あしながおじさん〟だけにしてもいいのか?
(だって、結局は同じ人に報告してることになるんだもん)
両方に報告することは、愛美にしてみれば二度手間でしかない。けれど、どちらか一方だけに知らせれば、彼は「もしかして、自分の正体がバレているんじゃないか」と感づくかもしれない。
(どうしようかな……)
「愛美さん。純也叔父さまには私からお知らせしておきますわ。だから、あなたはおじさまにだけお知らせしたらどうかしら?」
悩む愛美に、珠莉が助け船を出してくれた。
「姪の私が知らせても、純也叔父さまは不思議に思われないわ。お二人とも回りくどいのが嫌いなのは分かっておりますけど、そうした方がいいと思うの」
そうすれば、純也さんからはきっと後からお祝いのメッセージが来るだろう。……珠莉はそう言うのだ。
「……愛美さんも、もしかして気づいていらっしゃるんですの? おじさまの正体に」
「うん。でもね、わたしは気づいてないフリをすることにしたの。だから純也さんの方から打ち明けてくれるまで、わたしからは訊かない」
彼は愛美を欺いていることを心苦しいと思っているだろうから。いつか良心の呵責で、打ち明けてくれる時がくるだろう。――彼はそういう人だから。
「そうですの。……まぁ、それがいいかもしれませんわね。お二人のためには」
「……うん、そうだね。珠莉ちゃん、ありがと」
愛美としては、苦しんでいる純也さんをこれ以上追い詰めるようなことはしたくなかったので、珠莉からそう言ってもらえてホッとした。
「叔父さまは、本当に分かってらっしゃらないのかしら? 愛美さんに正体を見破られていること」
「多分……ね。気づかないフリができるほど器用な人じゃないもん」
姪の珠莉よりも、恋人である愛美の方が彼の性格を熟知しているというのもおかしな話だけれど――。
「――それにしても、さやかちゃんは大変だね。二学期始まって早々、部活なんて。お昼ゴハンに間に合うように帰ってくるとは言ってたけど」
今この場に、さやかはいない。彼女が所属する陸上部はインターハイの反省会をやっているのだそう。
ミーティングだけなので練習があるわけではないけれど、二学期初日に集まらなければならないのは確かに大変である。
「その点、私たち文化部はいいですわよね。基本的に自由参加ですもの」
「うん」
文芸部も茶道部も一応、今日も活動はしているのだけれど。参加しているのはごく一部の部員だけだろう。
「……そういえば珠莉ちゃん。さやかちゃんにも話したの? 純也さんが、わたしの保護者の〝あしながおじさん〟だってこと」
「ええ、早い段階でお話ししてあるわ。でも、愛美さんご自身が気づかれるまでヒミツにしていましょうね、ということになったのよ」
「そうだったんだ……」
愛美は何だか、自分一人だけがのけ者にされたような気持ちになったけれど。それはきっと、親友二人の愛美への思いやり。彼女と純也さんの恋をそっと見守っていようという気遣いだったんだろう。
「――あ、もうすぐお昼のチャイム鳴るね。さやかちゃん、そろそろ帰ってくるかな」
キーンコーンカーンコーン ……
「ただいま! お腹すいたぁ! 二人とも、食堂行こう」
十二時のチャイムが鳴るのと、さやかが空腹を訴えながら部屋に飛び込んでくるのはほぼ同時だった――。
* * * *
それから一ヶ月。愛美たちの学校では体育祭や球技大会、文化祭などの大きな行事も終わり、二学期の中間テストを間近に控えていた。
そんなある日のこと――。
『――恐れ入ります。こちらは明見社文芸部の、〈イマジン〉編集部でございますが。相川愛美さんの携帯で間違いありませんでしょうか?』
休日の午後、さやかと珠莉と三人で、部屋でテスト勉強に励んでいた愛美のスマホに一本の電話がかかってきた。
「はい、相川ですけど。……ちょっとゴメン! 外すね」
愛美は電話に応対するために二人のルームメイトに断りを入れ、一旦自分の寝室に引っ込んだ。
「――あ、失礼しました。改めて、わたしが相川愛美です」
『この度は、〈イマジン〉の短編小説コンテストにご応募頂きましてありがとうございます。相川さんの選考結果をお伝えしたく、お電話を差し上げました』
「はい」
そういえば、そろそろ結果が出る頃だと愛美も思っていたのだ。
『厳正なる選考の結果ですね、相川さんの応募作が佳作に選ばれまして。〈イマジン〉の来月号に掲載されることが決まりました!』
「……えっ!? それホントですか?」
『はい、本当です。おめでとうございます! 相川さん、当誌から作家デビュー決定ですよ! これからも頑張って下さいね!』
「ホントなんですね!? わたしが……作家デビュー……。あの、ご連絡ありがとうございます! わたし、頑張ります! 失礼します」
興奮のあまり声が上ずって、心もち血圧も上がっているかもしれない。それでも何とか落ち着いて、愛美は通話を終えた。
「さやかちゃん、珠莉ちゃん! わたし――」
「聞こえてたよ、愛美。おめでとう!」
勉強スペースに戻ってきた彼女が口を開こうとすると、さやかがみなまで言わせずに喜びの言葉をかぶせて来た。
「愛美さん、デビュー決定おめでとう。やりましたわね」
「うんっ! 二人とも、ありがと!」
親友二人からの温かいお祝いの言葉に、愛美は胸がいっぱいになりながらお礼を言った。
「――そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの? おじさまも待ってるんじゃない?」
「……うん。そうだね」
さやかに訊ねられ、愛美は悩んだ。――この報告は、〝あしながおじさん〟と純也さんの両方にすべきなのか、それとも〝あしながおじさん〟だけにしてもいいのか?
(だって、結局は同じ人に報告してることになるんだもん)
両方に報告することは、愛美にしてみれば二度手間でしかない。けれど、どちらか一方だけに知らせれば、彼は「もしかして、自分の正体がバレているんじゃないか」と感づくかもしれない。
(どうしようかな……)
「愛美さん。純也叔父さまには私からお知らせしておきますわ。だから、あなたはおじさまにだけお知らせしたらどうかしら?」
悩む愛美に、珠莉が助け船を出してくれた。
「姪の私が知らせても、純也叔父さまは不思議に思われないわ。お二人とも回りくどいのが嫌いなのは分かっておりますけど、そうした方がいいと思うの」
そうすれば、純也さんからはきっと後からお祝いのメッセージが来るだろう。……珠莉はそう言うのだ。



