彼がここにいる間、屋根裏部屋はわたしと彼が人目を忍んで二人で過ごせるいいデート場所になりそうです。とはいっても、この家にいる人たちみんな、わたしが純也さんとお付き合いを始めたことを知ってるんですけどね(笑)でも、善三さんや天野さんの前でキスするわけにはいかないから……。
おじさま、もしかして今いたたまれない気持ちになってますか? ノロケ話はこれくらいにしておきますね。
話は変わりますけど、わたしが「球技が得意」という話が出たので、おじさまにお伝えしたいことがあるんです。
〈わかば園〉にいる、小谷涼介君っていう男の子をおじさまはご存じですか? わたしの二つ年下で、サッカーを頑張ってる子なんですけど。
リョウちゃんはご両親から(多分、お母さんからの方がひどいのかな)のネグレクトによって施設に来た子でした。施設に来てからは元気になりましたけど、五歳で〈わかば園〉に来た時にはゴハンもちゃんと食べさせてもらってなかったのかすごくガリガリで、わたしもショックでした。
その子のご両親は、園長先生にお説教されて心を入れ替えられたそうで、何度もリョウちゃんとの面会を望んでるんですけど。リョウちゃん本人がご両親のことをものすごく恨んでるので会いたがらないんです。
そんな彼も今年中学三年生になって、進路の問題にぶち当たっているはずです。わたしがそうだったみたいに。
彼の実のご両親はこれ幸いと、引き取るって言い出すかもしれない。でも、サッカーを続けたいリョウちゃんの気持ちなんてきっと考えてくれないとわたしは思うんです。
だから、おじさまお願い。施設を訪ねる時、園長先生と一緒に彼の様子を注意深く見てあげて下さい。そして、彼が困ってたらどうか味方になってあげて下さい。そして……、これはできればですけど。彼のために、いい里親になってくれそうな親切なご夫婦を探してみてはもらえないでしょうか?
リョウちゃんはわたしの大事な弟の一人です。わたしも彼のことは心配だけど、わたしにできることはこれくらいしかないから……。
長くなっちゃってごめんなさい。奨学金が受けられるかどうかの連絡はまだ来てません。そろそろだと思うんですけど……。ではおじさま、おやすみなさい。 かしこ
八月十五日 午後十時過ぎ 愛美』
****
――それから五日後、純也さんの休暇が終わり、彼は東京へ帰ることになった。
「愛美ちゃん、この夏は一緒に過ごせて楽しかったよ。残念だけど、僕は帰らないと」
純也さんは玄関先まで見送りに出た愛美に、名残惜しそうにそう言った。
「うん……。またデートしてくれるよね?」
「もちろんだよ。また連絡するからね」
「うん! わたしも、また連絡する。お仕事頑張ってね」
彼はこれから、また東京で忙しい日々を送ることになるのだ。恋人である自分からの連絡が、少しでも彼の癒しになってくれたら……と愛美は思う。
「うん、ありがとう。愛美ちゃんも頑張って夢を叶えなよ。僕も応援してる」
(そりゃそうだよね。だって、この人はそのためにわたしを……)
愛美の彼に対する疑念は、ほぼ確信に変わりつつあった。
考えてみたら、彼の言動はところどころ怪しかった。愛美はカンが鋭いので、それで「おかしい」と思わないわけがないのだ。
(まだ、本人に確かめなきゃいけないことはあるんだけど……)
「ありがと。……ねえ、純也さん」
気づいていないフリをしようと決めたものの、ついつい確かめてみたい衝動に駆られた愛美は思わず彼に呼びかけていた。
「ん? どうしたの、愛美ちゃん?」
(……ダメダメ! ここで確かめたら、わたしのせっかくの決意がムダになっちゃう!)
「あ……、ううん! 何でもない」
愛美はオーバーに首を振って、どうにかごまかした。
――こうして純也さんは帰っていき、愛美の夏休みも残りわずかとなった。
もう宿題は全部終わっているし、あとは横浜の寮に帰る準備をするだけだ。
――そんなある昼下がり。愛美のスマホに一本の電話がかかってきた。
「純也さん? ……じゃない! 学校の事務局からだ」
そういえば、奨学金の審査の結果は夏休み中に知らせてくれることになっていた。
「――はい、相川です」
『二年三組の相川愛美さんですね。こちらは茗桜女子大学付属高校の事務局です。申請してもらっていた奨学金の審査結果をお知らせします』
「あ……、はい! お願いします」
電話をかけてきたのは、学校の事務局で奨学金を担当している男性だった。声の感じからして、四十代から五十代と思われる。
『えー、審査を行いました結果、相川さんに奨学金を給付することが決定しました』
「えっ、本当ですか!? ありがとうございます!」
愛美は驚き、ホッとし、無事に審査を通してくれたことに感謝の言葉を述べた。
『はい。つきましては、相川さんが今後の学習においても、優秀な成績を修められることを私どもお祈りしております。しっかり頑張って下さい。では、失礼いたします』
「はい! 頑張ります。ご連絡ありがとうございました」
愛美は電話を切った後、ホッとして呟く。
「よかった……」
この一ヶ月半、心穏やかではいられなかった。純也さんと一緒にいる時でさえ、いつ連絡が来るかとソワソワしていたものである。
もちろん、奨学金を受けられることが決まったからといって、それがゴールではない。この先、ずっと優秀な成績を取り続ける必要がある。――けれど、元々成績優秀な愛美にはそれほど厳しいことではない。
「――あ、おじさまに報告しなきゃ! それとも、純也さんに連絡するのが先かな」
愛美は考えた。もしも純也さんと〝あしながおじさん〟が別人だったら、両方に知らせる必要があるけれど。
(もし同一人物だったら、わざわざ手紙で知らせる必要はなくなるってことだよね……)
おじさま、もしかして今いたたまれない気持ちになってますか? ノロケ話はこれくらいにしておきますね。
話は変わりますけど、わたしが「球技が得意」という話が出たので、おじさまにお伝えしたいことがあるんです。
〈わかば園〉にいる、小谷涼介君っていう男の子をおじさまはご存じですか? わたしの二つ年下で、サッカーを頑張ってる子なんですけど。
リョウちゃんはご両親から(多分、お母さんからの方がひどいのかな)のネグレクトによって施設に来た子でした。施設に来てからは元気になりましたけど、五歳で〈わかば園〉に来た時にはゴハンもちゃんと食べさせてもらってなかったのかすごくガリガリで、わたしもショックでした。
その子のご両親は、園長先生にお説教されて心を入れ替えられたそうで、何度もリョウちゃんとの面会を望んでるんですけど。リョウちゃん本人がご両親のことをものすごく恨んでるので会いたがらないんです。
そんな彼も今年中学三年生になって、進路の問題にぶち当たっているはずです。わたしがそうだったみたいに。
彼の実のご両親はこれ幸いと、引き取るって言い出すかもしれない。でも、サッカーを続けたいリョウちゃんの気持ちなんてきっと考えてくれないとわたしは思うんです。
だから、おじさまお願い。施設を訪ねる時、園長先生と一緒に彼の様子を注意深く見てあげて下さい。そして、彼が困ってたらどうか味方になってあげて下さい。そして……、これはできればですけど。彼のために、いい里親になってくれそうな親切なご夫婦を探してみてはもらえないでしょうか?
リョウちゃんはわたしの大事な弟の一人です。わたしも彼のことは心配だけど、わたしにできることはこれくらいしかないから……。
長くなっちゃってごめんなさい。奨学金が受けられるかどうかの連絡はまだ来てません。そろそろだと思うんですけど……。ではおじさま、おやすみなさい。 かしこ
八月十五日 午後十時過ぎ 愛美』
****
――それから五日後、純也さんの休暇が終わり、彼は東京へ帰ることになった。
「愛美ちゃん、この夏は一緒に過ごせて楽しかったよ。残念だけど、僕は帰らないと」
純也さんは玄関先まで見送りに出た愛美に、名残惜しそうにそう言った。
「うん……。またデートしてくれるよね?」
「もちろんだよ。また連絡するからね」
「うん! わたしも、また連絡する。お仕事頑張ってね」
彼はこれから、また東京で忙しい日々を送ることになるのだ。恋人である自分からの連絡が、少しでも彼の癒しになってくれたら……と愛美は思う。
「うん、ありがとう。愛美ちゃんも頑張って夢を叶えなよ。僕も応援してる」
(そりゃそうだよね。だって、この人はそのためにわたしを……)
愛美の彼に対する疑念は、ほぼ確信に変わりつつあった。
考えてみたら、彼の言動はところどころ怪しかった。愛美はカンが鋭いので、それで「おかしい」と思わないわけがないのだ。
(まだ、本人に確かめなきゃいけないことはあるんだけど……)
「ありがと。……ねえ、純也さん」
気づいていないフリをしようと決めたものの、ついつい確かめてみたい衝動に駆られた愛美は思わず彼に呼びかけていた。
「ん? どうしたの、愛美ちゃん?」
(……ダメダメ! ここで確かめたら、わたしのせっかくの決意がムダになっちゃう!)
「あ……、ううん! 何でもない」
愛美はオーバーに首を振って、どうにかごまかした。
――こうして純也さんは帰っていき、愛美の夏休みも残りわずかとなった。
もう宿題は全部終わっているし、あとは横浜の寮に帰る準備をするだけだ。
――そんなある昼下がり。愛美のスマホに一本の電話がかかってきた。
「純也さん? ……じゃない! 学校の事務局からだ」
そういえば、奨学金の審査の結果は夏休み中に知らせてくれることになっていた。
「――はい、相川です」
『二年三組の相川愛美さんですね。こちらは茗桜女子大学付属高校の事務局です。申請してもらっていた奨学金の審査結果をお知らせします』
「あ……、はい! お願いします」
電話をかけてきたのは、学校の事務局で奨学金を担当している男性だった。声の感じからして、四十代から五十代と思われる。
『えー、審査を行いました結果、相川さんに奨学金を給付することが決定しました』
「えっ、本当ですか!? ありがとうございます!」
愛美は驚き、ホッとし、無事に審査を通してくれたことに感謝の言葉を述べた。
『はい。つきましては、相川さんが今後の学習においても、優秀な成績を修められることを私どもお祈りしております。しっかり頑張って下さい。では、失礼いたします』
「はい! 頑張ります。ご連絡ありがとうございました」
愛美は電話を切った後、ホッとして呟く。
「よかった……」
この一ヶ月半、心穏やかではいられなかった。純也さんと一緒にいる時でさえ、いつ連絡が来るかとソワソワしていたものである。
もちろん、奨学金を受けられることが決まったからといって、それがゴールではない。この先、ずっと優秀な成績を取り続ける必要がある。――けれど、元々成績優秀な愛美にはそれほど厳しいことではない。
「――あ、おじさまに報告しなきゃ! それとも、純也さんに連絡するのが先かな」
愛美は考えた。もしも純也さんと〝あしながおじさん〟が別人だったら、両方に知らせる必要があるけれど。
(もし同一人物だったら、わざわざ手紙で知らせる必要はなくなるってことだよね……)



