「――さあ、愛美ちゃん。しっかりつかまってるんだよ」
朝食後、自前のオフロードバイクのエンジンをかけた純也さんは、スペアのヘルメットをかぶって後ろに乗った愛美にそう言った。
「はい! わぁ、ドキドキするな……」
好きな人と、バイクや自転車の二人乗りをする。愛美にはずっと憧れのシチュエーションだった。でも機会がないまま十七歳になって、今日初めての二人乗りが実現したのだ。
愛美はそっと両腕を伸ばして、純也さんの引き締まったお腹に回した。
「コレをできるのが、両想いになってからでよかったです。片想いの時だったら、気まずくてできなかったと思うから」
彼の背中にもたれかかるのは、恋人である愛美だけの特権だと思う。
「うん。じゃあ行こう!」
二人の乗ったバイクは勢いよく、そして安全運転で走り出す。
田舎道なので、途中で何度もガタガタ揺れたけれど、それさえも愛美にはテーマパークのアトラクションのようで楽しかった。
「――おかえり。ちゃんと出せた?」
「うん。付き合ってくれてありがと。次はどこに行くの?」
「せっかくバイクで来たんだし、ちょっと遠出しようか。途中で昼食を摂って、それから帰るとしよう」
純也さんは愛美の質問に答えてから、嬉しそうに笑った。
「? どうしたの?」
「そういや愛美ちゃん、僕への敬語はどこに行ったの? さっきから思いっきりため口で喋ってるけど」
「あ……、ゴメンなさい! 付き合ってるからってつい……。敬語に戻した方がいいですよね」
「ううん、いいよ。直さなくていい。これからは対等に話そう」
「うん……!」
二人の間から敬語がなくなったおかげで、また少し距離が縮まった気がした。
――ただ、「純也さんが〝あしながおじさん〟じゃないか」という愛美の疑惑は、まだ晴れないままだけれど……。
* * * *
「――ねえ、愛美ちゃん。例の屋根裏部屋、僕も見せてもらっていいかな?」
翌日。朝食を済ませた純也さんが、食後の片付けを手伝っていた愛美に訊ねた。……もっとも、このことを訊く相手は多恵さんなんじゃないだろうかと愛美は思ったのだけれど。
「多恵さん、純也さんがこう言ってるんですけど。どうします? いいですか?」
「ええ、構いませんよ。いつでもご覧になって下さいましな。あそこは元々坊っちゃんのお部屋でございますから」
「……だそうなんで、わたしはいいですよ。一緒に行きましょう」
――というわけで、愛美は純也さんと二人、屋根裏部屋へと足を踏み入れた。
「わぁ……、ここに来たの久しぶりだ。懐かしいなぁ」
彼は約二十年ぶりに入ったこの場所に、懐かしさで目を細める。
「純也さん、ここ天井が低いから頭をぶつけないように気をつけてね」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
彼は百九十cmもある長身なので、梁かどこかに頭がつっかえないかと愛美はヒヤヒヤしていたのだ。
「ここに最後に来たの、中三の夏休みだったかな。ここにある飛行機の模型はその頃に作ってたものなんだよ」
「へぇ……、そうなんだ」
純也さんは部屋の隅に置かれていたグローブと野球のボールを手に取った。よく見たら、グローブは二人分ある。大きめのと、少し小さめのと。
「これも残ってたんだ。――昔はキャッチボールもよくやってたなぁ」
「キャッチボール? 誰とやってたの?」
純也さんは夏休みの間しかここには来ていなかったはず。この地域に住んでいた同年代の男の子と仲良くなっていたのだろうか? それとも……。
「中学に入ってからは善三さんともやったけど、それまでは多恵さんと。愛美ちゃん知ってた? 多恵さんって学生時代はソフトボール部員だったんだって」
「えっ、そうなの!? 知らなかった」
「うん。球技だけじゃなくて、スポーツ全般得意だったらしいよ」
「へぇ……」
今はふっくらしていて、おっとりしている多恵さんが……。昔は細くて運動ができたなんて、愛美には想像がつかない。
「――純也さん、今日は二人でキャッチボールしませんか? いいお天気だし」
せっかくいいものを見つけたんだから、愛美も純也さんともっと遊びたい。そう思って提案してみた。
「いいけど、愛美ちゃんってキャッチボールできるんだ?」
「うん! 施設出身者をなめないで!」
というわけで、今日は千藤家の広い庭の一画でキャッチボールをすることにした愛美と純也さん。外は真夏らしくカンカン照りだった。
「――愛美ちゃん、行くよー!」
「はーい!」
……パシッ! 純也さんが投げたボールは、見事に愛美のグローブに収まった。プロ野球選手ほどではないけれど、長身の彼の投球はそこそこ速い球だったはずなのに。
「うぉっ、スゴいなぁ」
「じゃあ、今度はこっちからねー」
愛美の投球も、小柄な女子にしてはなかなかのスピード。コントロールもいい。純也さんはそれを華麗にキャッチして見せた。
「愛美ちゃん、なかなかいい球投げるねー」
「うん、まあね。施設にいた頃、野球やってる子の相手してたから」
「なるほどー」
二人は大きめの声で会話をしながら、キャッチボールを続けていた。
朝食後、自前のオフロードバイクのエンジンをかけた純也さんは、スペアのヘルメットをかぶって後ろに乗った愛美にそう言った。
「はい! わぁ、ドキドキするな……」
好きな人と、バイクや自転車の二人乗りをする。愛美にはずっと憧れのシチュエーションだった。でも機会がないまま十七歳になって、今日初めての二人乗りが実現したのだ。
愛美はそっと両腕を伸ばして、純也さんの引き締まったお腹に回した。
「コレをできるのが、両想いになってからでよかったです。片想いの時だったら、気まずくてできなかったと思うから」
彼の背中にもたれかかるのは、恋人である愛美だけの特権だと思う。
「うん。じゃあ行こう!」
二人の乗ったバイクは勢いよく、そして安全運転で走り出す。
田舎道なので、途中で何度もガタガタ揺れたけれど、それさえも愛美にはテーマパークのアトラクションのようで楽しかった。
「――おかえり。ちゃんと出せた?」
「うん。付き合ってくれてありがと。次はどこに行くの?」
「せっかくバイクで来たんだし、ちょっと遠出しようか。途中で昼食を摂って、それから帰るとしよう」
純也さんは愛美の質問に答えてから、嬉しそうに笑った。
「? どうしたの?」
「そういや愛美ちゃん、僕への敬語はどこに行ったの? さっきから思いっきりため口で喋ってるけど」
「あ……、ゴメンなさい! 付き合ってるからってつい……。敬語に戻した方がいいですよね」
「ううん、いいよ。直さなくていい。これからは対等に話そう」
「うん……!」
二人の間から敬語がなくなったおかげで、また少し距離が縮まった気がした。
――ただ、「純也さんが〝あしながおじさん〟じゃないか」という愛美の疑惑は、まだ晴れないままだけれど……。
* * * *
「――ねえ、愛美ちゃん。例の屋根裏部屋、僕も見せてもらっていいかな?」
翌日。朝食を済ませた純也さんが、食後の片付けを手伝っていた愛美に訊ねた。……もっとも、このことを訊く相手は多恵さんなんじゃないだろうかと愛美は思ったのだけれど。
「多恵さん、純也さんがこう言ってるんですけど。どうします? いいですか?」
「ええ、構いませんよ。いつでもご覧になって下さいましな。あそこは元々坊っちゃんのお部屋でございますから」
「……だそうなんで、わたしはいいですよ。一緒に行きましょう」
――というわけで、愛美は純也さんと二人、屋根裏部屋へと足を踏み入れた。
「わぁ……、ここに来たの久しぶりだ。懐かしいなぁ」
彼は約二十年ぶりに入ったこの場所に、懐かしさで目を細める。
「純也さん、ここ天井が低いから頭をぶつけないように気をつけてね」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
彼は百九十cmもある長身なので、梁かどこかに頭がつっかえないかと愛美はヒヤヒヤしていたのだ。
「ここに最後に来たの、中三の夏休みだったかな。ここにある飛行機の模型はその頃に作ってたものなんだよ」
「へぇ……、そうなんだ」
純也さんは部屋の隅に置かれていたグローブと野球のボールを手に取った。よく見たら、グローブは二人分ある。大きめのと、少し小さめのと。
「これも残ってたんだ。――昔はキャッチボールもよくやってたなぁ」
「キャッチボール? 誰とやってたの?」
純也さんは夏休みの間しかここには来ていなかったはず。この地域に住んでいた同年代の男の子と仲良くなっていたのだろうか? それとも……。
「中学に入ってからは善三さんともやったけど、それまでは多恵さんと。愛美ちゃん知ってた? 多恵さんって学生時代はソフトボール部員だったんだって」
「えっ、そうなの!? 知らなかった」
「うん。球技だけじゃなくて、スポーツ全般得意だったらしいよ」
「へぇ……」
今はふっくらしていて、おっとりしている多恵さんが……。昔は細くて運動ができたなんて、愛美には想像がつかない。
「――純也さん、今日は二人でキャッチボールしませんか? いいお天気だし」
せっかくいいものを見つけたんだから、愛美も純也さんともっと遊びたい。そう思って提案してみた。
「いいけど、愛美ちゃんってキャッチボールできるんだ?」
「うん! 施設出身者をなめないで!」
というわけで、今日は千藤家の広い庭の一画でキャッチボールをすることにした愛美と純也さん。外は真夏らしくカンカン照りだった。
「――愛美ちゃん、行くよー!」
「はーい!」
……パシッ! 純也さんが投げたボールは、見事に愛美のグローブに収まった。プロ野球選手ほどではないけれど、長身の彼の投球はそこそこ速い球だったはずなのに。
「うぉっ、スゴいなぁ」
「じゃあ、今度はこっちからねー」
愛美の投球も、小柄な女子にしてはなかなかのスピード。コントロールもいい。純也さんはそれを華麗にキャッチして見せた。
「愛美ちゃん、なかなかいい球投げるねー」
「うん、まあね。施設にいた頃、野球やってる子の相手してたから」
「なるほどー」
二人は大きめの声で会話をしながら、キャッチボールを続けていた。



