「ええ、ええ。キスなんて手を出したうちには入りません! 法に触れるようなことさえしなきゃいいんです。その代わり坊っちゃん、愛美ちゃんを泣かせるようなことがあったら、その時は私が許しませんよ!」
「分かってるよ。っていうか、多恵さんは一体どっちの味方なんだ」
「多恵さん、わたしのお母さんみたい」
多恵さんの熱のこもった演説に純也さんは呆れ、愛美は笑った。
これじゃあまるで、娘に彼氏ができた時の母親みたいだ。さしずめ、純也さんがその彼氏というところか(まあ、実際に彼氏になったのだけれど)。
「それより多恵さん、早く朝食にしてくれよ。僕も朝寝坊して、今すごく腹ペコなんだから」
「わたしも。お手伝いすることがあったら、何でも言って下さい」
「はいはい。――あ、愛美ちゃんは座ってていいわよ。すぐできますからね」
多恵さんがそう言うので、愛美は素直にその言葉通りにした。他の人たちの朝食はもう済んでいるようで、今テーブルについているのは愛美と純也さんの二人だけだ。
「愛美ちゃん、あのさ。……僕に幻滅した? いきなり『キスしたい』なんて言って」
二人きりになったからなのか、純也さんがばつの悪そうな顔でそう切り出した。実はあのことを、かなり気にしていたらしい。
「そんな……。幻滅なんかしませんよ。そりゃあ……、もっと強引だったら幻滅しちゃってたかもしれないけど」
愛美は思いっきり否定した。あんなに優しいキスで幻滅していたら、恋なんてしていられない。
「よかった。純也さんがよく小説に出てくるような俺様な御曹司じゃなくて。わたし、ああいう男の人たちって好きじゃないんです。女の子が何でも自分の思い通りになると思い込んでる。ふざけるなって思います」
小説の登場人物に腹を立てても……と、純也さんは苦笑い。
「そうだね。僕は強引に恋愛を進めたいタイプじゃないから。っていうか、できないし。愛美ちゃんに嫌われるのが一番イヤだもんな。せっかく僕のことを本気で好きになってくれたんだから、大事にしたいんだ」
「純也さん……、ありがと」
愛美は心からの笑顔で、彼にお礼を言った。
「――で、今日はどうするんだい? 僕は、一緒にバイクでツーリングしたいなぁって思ってるんだけど」
「あ……、今日は郵便局に行くつもりでいたんだけど」
「郵便局? ……ああ! 小説を応募しに行くんだね」
「はい。あと、おじさまに手紙出すのもね。これだけの厚みになっちゃったモンだから、通常の料金じゃ足りないと思って」
愛美はもう出かける支度をしてあって、リュックには郵便局に持っていく二通の封筒も入っているのだ。そこから小さいほうの封筒を取り出して、純也さんに見せた。
「これは……、確かに分厚いな。明らかに二センチはありそうだ。これじゃ、郵便局に持って行って、料金を調べてもらうしかないな」
「でしょ? もう一週間くらい書き溜めてあったの。でも、ついつい出しに行きそびれちゃって、気がついたらこんな状態に……」
〝あしながおじさん〟はきっと、愛美からの手紙を首を長くして待っているだろう。――そう思うと、愛美は申し訳ない気持ちになる。
(でも……、もしも純也さんがおじさまの正体なら、今手紙を出したって意味がないってことになるんだよね……)
愛美は向かいに座っている純也さんの顔をチラッと窺う。
「あの、そろそろ封筒返してもらっていいですか?」
愛美は純也さんに向かって手を差し出す。
「ああ、ゴメン! ……ん? ちょっと待って。〝久留島栄吉〟っていうのが田中さんの秘書の名前なのかい?」
やっと封筒を返してもらえた愛美は、目を丸くした。
「ええ、そうですけど。純也さんスゴい!」
「えっ! スゴいって何が?」
「初めてこの字見て〝くるしま〟ってすんなり読める人、めったにいないの。だいたいの人は〝くりゅうじま〟とか〝きゅうりゅうじま〟って読んじゃうんです。だからスゴいな、って」
「ああ、そういうことか。――ほら、田中さんと僕は知り合いだろ? だから、彼の秘書のことも知ってたんだ」
「…………へえ、そうなんですか。今までそんなこと、一度も言ってくれたことないから」
しれっと弁解する純也さんに、愛美の疑惑はますます膨れ上がっていく。
(多分この人、ウソついてる。わたしが気づいてないと思ってるんだ)
手紙を出すのをやめようかと一瞬考えたけれど、そんなことをしたら純也さんに不審に思われかねないし、まだそうと確信したわけでもないので、やっぱりこの手紙は出すことにした。
「ね、愛美ちゃん。郵便局に行くなら、僕のバイクの後ろに乗っていかないか? そのついでにツーリングに行こうよ」
「はいっ! ありがとう、純也さん!」
それに、彼と一緒にいられる時間は心から楽しみたいので。
(今はまだ、このままでいよう。彼が話してくれるまで……)
彼にも色々と打ち明けられない事情があるんだろう。それなら、もし愛美の疑惑が本当のことだったとしても、可能な限り気づいていないフリをしていようと、愛美は心に決めた。
「分かってるよ。っていうか、多恵さんは一体どっちの味方なんだ」
「多恵さん、わたしのお母さんみたい」
多恵さんの熱のこもった演説に純也さんは呆れ、愛美は笑った。
これじゃあまるで、娘に彼氏ができた時の母親みたいだ。さしずめ、純也さんがその彼氏というところか(まあ、実際に彼氏になったのだけれど)。
「それより多恵さん、早く朝食にしてくれよ。僕も朝寝坊して、今すごく腹ペコなんだから」
「わたしも。お手伝いすることがあったら、何でも言って下さい」
「はいはい。――あ、愛美ちゃんは座ってていいわよ。すぐできますからね」
多恵さんがそう言うので、愛美は素直にその言葉通りにした。他の人たちの朝食はもう済んでいるようで、今テーブルについているのは愛美と純也さんの二人だけだ。
「愛美ちゃん、あのさ。……僕に幻滅した? いきなり『キスしたい』なんて言って」
二人きりになったからなのか、純也さんがばつの悪そうな顔でそう切り出した。実はあのことを、かなり気にしていたらしい。
「そんな……。幻滅なんかしませんよ。そりゃあ……、もっと強引だったら幻滅しちゃってたかもしれないけど」
愛美は思いっきり否定した。あんなに優しいキスで幻滅していたら、恋なんてしていられない。
「よかった。純也さんがよく小説に出てくるような俺様な御曹司じゃなくて。わたし、ああいう男の人たちって好きじゃないんです。女の子が何でも自分の思い通りになると思い込んでる。ふざけるなって思います」
小説の登場人物に腹を立てても……と、純也さんは苦笑い。
「そうだね。僕は強引に恋愛を進めたいタイプじゃないから。っていうか、できないし。愛美ちゃんに嫌われるのが一番イヤだもんな。せっかく僕のことを本気で好きになってくれたんだから、大事にしたいんだ」
「純也さん……、ありがと」
愛美は心からの笑顔で、彼にお礼を言った。
「――で、今日はどうするんだい? 僕は、一緒にバイクでツーリングしたいなぁって思ってるんだけど」
「あ……、今日は郵便局に行くつもりでいたんだけど」
「郵便局? ……ああ! 小説を応募しに行くんだね」
「はい。あと、おじさまに手紙出すのもね。これだけの厚みになっちゃったモンだから、通常の料金じゃ足りないと思って」
愛美はもう出かける支度をしてあって、リュックには郵便局に持っていく二通の封筒も入っているのだ。そこから小さいほうの封筒を取り出して、純也さんに見せた。
「これは……、確かに分厚いな。明らかに二センチはありそうだ。これじゃ、郵便局に持って行って、料金を調べてもらうしかないな」
「でしょ? もう一週間くらい書き溜めてあったの。でも、ついつい出しに行きそびれちゃって、気がついたらこんな状態に……」
〝あしながおじさん〟はきっと、愛美からの手紙を首を長くして待っているだろう。――そう思うと、愛美は申し訳ない気持ちになる。
(でも……、もしも純也さんがおじさまの正体なら、今手紙を出したって意味がないってことになるんだよね……)
愛美は向かいに座っている純也さんの顔をチラッと窺う。
「あの、そろそろ封筒返してもらっていいですか?」
愛美は純也さんに向かって手を差し出す。
「ああ、ゴメン! ……ん? ちょっと待って。〝久留島栄吉〟っていうのが田中さんの秘書の名前なのかい?」
やっと封筒を返してもらえた愛美は、目を丸くした。
「ええ、そうですけど。純也さんスゴい!」
「えっ! スゴいって何が?」
「初めてこの字見て〝くるしま〟ってすんなり読める人、めったにいないの。だいたいの人は〝くりゅうじま〟とか〝きゅうりゅうじま〟って読んじゃうんです。だからスゴいな、って」
「ああ、そういうことか。――ほら、田中さんと僕は知り合いだろ? だから、彼の秘書のことも知ってたんだ」
「…………へえ、そうなんですか。今までそんなこと、一度も言ってくれたことないから」
しれっと弁解する純也さんに、愛美の疑惑はますます膨れ上がっていく。
(多分この人、ウソついてる。わたしが気づいてないと思ってるんだ)
手紙を出すのをやめようかと一瞬考えたけれど、そんなことをしたら純也さんに不審に思われかねないし、まだそうと確信したわけでもないので、やっぱりこの手紙は出すことにした。
「ね、愛美ちゃん。郵便局に行くなら、僕のバイクの後ろに乗っていかないか? そのついでにツーリングに行こうよ」
「はいっ! ありがとう、純也さん!」
それに、彼と一緒にいられる時間は心から楽しみたいので。
(今はまだ、このままでいよう。彼が話してくれるまで……)
彼にも色々と打ち明けられない事情があるんだろう。それなら、もし愛美の疑惑が本当のことだったとしても、可能な限り気づいていないフリをしていようと、愛美は心に決めた。



