心配しないで、おじさま。純也さんは誠実な人だから、わたしが夜にお部屋を訪ねて行ってもいきなり押し倒すようなことは絶対にしません(わたしをからかって、あたふたするわたしを見て楽しんではいましたけど……)。おじさまは彼と知り合いなんだから、それくらい分かってますよね?
わたしの小説に対する彼の評価は、本当に辛口でした。でも、一番最後に書き上げた短編のノンフィクションは「なかなかいい」って言ってくれたから、わたしはその原稿で挑戦することに決めました。明日、この手紙と一緒に郵便局で出してきます。
それでね、おじさま。……これは、おじさまに打ち明けていいのか分からないんですけど。純也さんはわたしがお部屋を出る前に、わたしにキスしてくれました。もちろん、わたしにとってはファーストキスです。
その後のわたしは幸せな気持ちと、心臓のドキドキとで顔が火照っちゃって、今もまだフワフワしてます。今夜はもう眠れない気がするんです。
恋が実って、恋人ができるってこんな気持ちになるんですね。
彼と一緒にいるとホッとして、彼になら何でも話せる気がします。
これからはきっと、おじさまに手紙でご相談してたことを、純也さんに聞いてもらうことが増えるかもしれません。
でもそうなったら、わたしとおじさまとの関係は、これまで築き上げてきた信頼関係は崩れてしまうのかな……。それはわたしも不本意なので、これからもちゃんとおじさまに手紙は送り続けます。
この封筒の厚み、おじさまはビックリなさったんじゃないでしょうか? 純也さんが来て下さる前から、手紙を出せないままずっと書き溜めてたんです。もう一週間くらいかな? だから、だいぶ長い手紙になっちゃいましたね。
それじゃ、そろそろおしまいにします。次はきっと、奨学金の審査の結果についてのお知らせになると思います。
八月十三日 愛美 』
****
「――ホント、すごい厚み……」
折り畳んだ便箋を封筒に収めた後、愛美はフフッと笑った。純也さんが来るまでの間にも、〝あしながおじさん〟に伝えたい色んな体験をしていて、愛美はそれを毎日日記のように便箋に綴っていたのだ。
スタンドライトの明かりだけがついている机の上にはもう一通、A4サイズの茶封筒が置いてある。この夏に愛美が執筆し、四作ある中から純也さんに選んでもらった文芸コンテストへの応募作品だ。
(明日これを郵送したら、あとは運を天に任せるだけ……。お願い、入選させて! 佳作でもいいから!)
願かけするように、愛美は封筒の表面をひと撫でした。
「――さてと。ボチボチ寝られるかな……」
手紙を書いているうちに、少しずつ眠気が戻ってきた。気持ちが落ち着いてきたからかもしれない。
愛美はスタンドの明かりを消すと、再びベッドに潜り込んだのだった。
* * * *
――翌日の朝。愛美は八時になってやっとダイニングまで下りてきた。
「おはようございます。――すみません、多恵さん! 朝ゴハンの支度お手伝いするつもりだったのに、寝坊しちゃって」
農家の朝は早い。愛美も普段は朝早くに起きて、多恵さんや佳織さんと一緒に朝食の準備を手伝っているのだけれど。昨晩はなかなか寝付けなかったので、朝目が覚めるのも遅くなってしまったのだった。
「あらあら。おはよう、お寝坊さん。いいのよ愛美ちゃん、たまには朝のんびり起きてくるのも。誰だって、早く起きられない日くらいあるものね」
「ええ、まぁ……」
愛美はテーブルに純也さんもついていることに気づき、頬を染めた。
彼とキスをしてまだ数時間しか経っていないので、ちょっとばかり気まずい。
「愛美ちゃん、おはよう」
「……おはようございます」
けれど、純也さんはいつもとまったく変わらない調子で挨拶してくれたので、愛美はまだ少し照れながら挨拶を返した。
「ゆうべはあんまり寝られなかった?」
「えっ? ……まぁ。だから、しばらく起きてました」
彼と面と向かって言葉を交わしているだけで、愛美には昨晩の出来事がありありと思い出せる。今もまだ、あの時の延長線上にいるような気持ちになるのだ。
「そっか……。なんか僕、君に悪いことしちゃったな」
「そっ……、そんなことないです! わたしは別に、あれで困ってるワケじゃ……」
申し訳なさそうに頬をポリポリ掻く純也さんに、愛美はもごもごと弁解した。
「あら? 坊っちゃん、昨夜は愛美ちゃんと何かあったんですか?」
そんな二人の様子を眺めていた多恵さんが、会話に割って入った。
「まさか坊っちゃん、愛美ちゃんに手をお出しになったんじゃないでしょうね? お預かりしてる大事なお嬢さんで、しかもまだ未成年なんですから。傷ものにしてもらっちゃ困ります!」
「おいおい! 多恵さん、ずいぶんな言い草だな……。――実はさ、僕と愛美ちゃんは付き合うことになったんだ」
ね? というように、純也さんは愛美を見た。
「……はい、そうなんです。純也さんもわたしのこと好きだったみたいで。手は……出されてない……と思います。キス……したくらいで?」
愛美は純也さんの視線に圧を感じたわけではないけれど、「話していいのかなぁ」と思いながら、しどろもどろに多恵さんに話した。
「あらまあ、そうだったんですか! よかったわねぇ、愛美ちゃん。個人的に連絡を取り合うようになったって言ってたのは、そういうことだったんですねぇ……」
「うん。僕はね、彼女が未成年ってことや、十三歳も年が離れてることもあって、告白するのをためらってたんだけど。彼女が『それでもいい』って言ってくれたから」
純也さんは純也さんで悩んでいたんだと、愛美は昨晩知った。だから、「それでもいい」と言った愛美の言葉がどれだけ彼の救いになったか、彼女には分かる。
わたしの小説に対する彼の評価は、本当に辛口でした。でも、一番最後に書き上げた短編のノンフィクションは「なかなかいい」って言ってくれたから、わたしはその原稿で挑戦することに決めました。明日、この手紙と一緒に郵便局で出してきます。
それでね、おじさま。……これは、おじさまに打ち明けていいのか分からないんですけど。純也さんはわたしがお部屋を出る前に、わたしにキスしてくれました。もちろん、わたしにとってはファーストキスです。
その後のわたしは幸せな気持ちと、心臓のドキドキとで顔が火照っちゃって、今もまだフワフワしてます。今夜はもう眠れない気がするんです。
恋が実って、恋人ができるってこんな気持ちになるんですね。
彼と一緒にいるとホッとして、彼になら何でも話せる気がします。
これからはきっと、おじさまに手紙でご相談してたことを、純也さんに聞いてもらうことが増えるかもしれません。
でもそうなったら、わたしとおじさまとの関係は、これまで築き上げてきた信頼関係は崩れてしまうのかな……。それはわたしも不本意なので、これからもちゃんとおじさまに手紙は送り続けます。
この封筒の厚み、おじさまはビックリなさったんじゃないでしょうか? 純也さんが来て下さる前から、手紙を出せないままずっと書き溜めてたんです。もう一週間くらいかな? だから、だいぶ長い手紙になっちゃいましたね。
それじゃ、そろそろおしまいにします。次はきっと、奨学金の審査の結果についてのお知らせになると思います。
八月十三日 愛美 』
****
「――ホント、すごい厚み……」
折り畳んだ便箋を封筒に収めた後、愛美はフフッと笑った。純也さんが来るまでの間にも、〝あしながおじさん〟に伝えたい色んな体験をしていて、愛美はそれを毎日日記のように便箋に綴っていたのだ。
スタンドライトの明かりだけがついている机の上にはもう一通、A4サイズの茶封筒が置いてある。この夏に愛美が執筆し、四作ある中から純也さんに選んでもらった文芸コンテストへの応募作品だ。
(明日これを郵送したら、あとは運を天に任せるだけ……。お願い、入選させて! 佳作でもいいから!)
願かけするように、愛美は封筒の表面をひと撫でした。
「――さてと。ボチボチ寝られるかな……」
手紙を書いているうちに、少しずつ眠気が戻ってきた。気持ちが落ち着いてきたからかもしれない。
愛美はスタンドの明かりを消すと、再びベッドに潜り込んだのだった。
* * * *
――翌日の朝。愛美は八時になってやっとダイニングまで下りてきた。
「おはようございます。――すみません、多恵さん! 朝ゴハンの支度お手伝いするつもりだったのに、寝坊しちゃって」
農家の朝は早い。愛美も普段は朝早くに起きて、多恵さんや佳織さんと一緒に朝食の準備を手伝っているのだけれど。昨晩はなかなか寝付けなかったので、朝目が覚めるのも遅くなってしまったのだった。
「あらあら。おはよう、お寝坊さん。いいのよ愛美ちゃん、たまには朝のんびり起きてくるのも。誰だって、早く起きられない日くらいあるものね」
「ええ、まぁ……」
愛美はテーブルに純也さんもついていることに気づき、頬を染めた。
彼とキスをしてまだ数時間しか経っていないので、ちょっとばかり気まずい。
「愛美ちゃん、おはよう」
「……おはようございます」
けれど、純也さんはいつもとまったく変わらない調子で挨拶してくれたので、愛美はまだ少し照れながら挨拶を返した。
「ゆうべはあんまり寝られなかった?」
「えっ? ……まぁ。だから、しばらく起きてました」
彼と面と向かって言葉を交わしているだけで、愛美には昨晩の出来事がありありと思い出せる。今もまだ、あの時の延長線上にいるような気持ちになるのだ。
「そっか……。なんか僕、君に悪いことしちゃったな」
「そっ……、そんなことないです! わたしは別に、あれで困ってるワケじゃ……」
申し訳なさそうに頬をポリポリ掻く純也さんに、愛美はもごもごと弁解した。
「あら? 坊っちゃん、昨夜は愛美ちゃんと何かあったんですか?」
そんな二人の様子を眺めていた多恵さんが、会話に割って入った。
「まさか坊っちゃん、愛美ちゃんに手をお出しになったんじゃないでしょうね? お預かりしてる大事なお嬢さんで、しかもまだ未成年なんですから。傷ものにしてもらっちゃ困ります!」
「おいおい! 多恵さん、ずいぶんな言い草だな……。――実はさ、僕と愛美ちゃんは付き合うことになったんだ」
ね? というように、純也さんは愛美を見た。
「……はい、そうなんです。純也さんもわたしのこと好きだったみたいで。手は……出されてない……と思います。キス……したくらいで?」
愛美は純也さんの視線に圧を感じたわけではないけれど、「話していいのかなぁ」と思いながら、しどろもどろに多恵さんに話した。
「あらまあ、そうだったんですか! よかったわねぇ、愛美ちゃん。個人的に連絡を取り合うようになったって言ってたのは、そういうことだったんですねぇ……」
「うん。僕はね、彼女が未成年ってことや、十三歳も年が離れてることもあって、告白するのをためらってたんだけど。彼女が『それでもいい』って言ってくれたから」
純也さんは純也さんで悩んでいたんだと、愛美は昨晩知った。だから、「それでもいい」と言った愛美の言葉がどれだけ彼の救いになったか、彼女には分かる。



