「……いいえ。別に、気に入らないわけじゃないけど。もういいですわ。私は二人部屋で」
プライドが高そうな珠莉は、こんな下らない理由で目立ってしまったことを恥じているらしく、あっさりと折れた。
「――で、あなたが一人部屋を使うことになった相川愛美さん? お部屋はあなたにお譲りするわ」
「え……? う、うん。ありがとう」
これって喜ぶべきところなんだろうか? 愛美は素直に喜べない。というか、上から目線で言われたことが癪に障って仕方がない。
「――ま、これで部屋問題は解決したワケだし。早く自分の荷物、部屋まで運ぼうよ」
さやかが愛美と珠莉の肩を叩いて促す。
……のはいいとして、愛美は荷物が少ないからいいのだけれど。二人の荷物はかなり多い。どうやって運ぶつもりなんだろう? 愛美は首を傾げた。
「牧村さん、辺唐院さん。カートがありますから、使って下さい。後で回収に回りますから」
「「ありがとうございます」」
二人がカートに荷物を乗せてから、愛美も合流して三人で二階の部屋まで移動した。
幸い、この建物にはエレベーターがついているので、荷物を運ぶのはそれほど大変ではなかった。
* * * *
「じゃ、改めて自己紹介するね。あたしは牧村さやか。出身は埼玉県で、お父さんは作業服の会社の社長だよ」
「えっ? さやかちゃんのお父さん、社長さんなの? スゴーい☆」
愛美はさやかの父親の職業を知ってビックリした。こんなに姉御肌でオトコマエな性格の彼女も、実は社長令嬢だったなんて……!
「じゃあ、さやかちゃんもお嬢さまなの?」
「いやいや。そんないいモンじゃないよ、あたしは。お父さんの会社だってそんなに大きくないし。〝お嬢さま〟っていうんなら、珠莉の方なんじゃないの? ね、珠莉?」
「えっ、そうなの?」
確かに、珠莉は初めて見た時から、住む世界の違う人のように感じていたけれど。
「うん。だってこの子、超有名な〈辺唐院グループ〉の会長さんのご令嬢だもん。そうだよね、珠莉?」
「ええ。確かに私の父は〈辺唐院グループ〉の会長だけど」
「へえ……。っていうか、〈辺唐院グループ〉って?」
山梨の山間部で育ち、しかも施設にいた頃はあまりTVを観る機会もなかった愛美にはピンとこない。
「旧財閥系の名門グループだよ。いくつも大きな会社とかホテルとか持ってるの。すごいセレブなんだー」
「スゴい……」
(やっぱり住む世界が違うなあ。わたし、ここでやっていけるのかな?)
中にはさやかみたいな子もいるかもしれないけれど、この学校の生徒は多分、ほとんどが名門とかいい家柄に生まれ育ったお嬢さまだ。
その中に一人、価値観の違う自分が放りこまれたことを、愛美は不安に感じた。
「――ねえ、愛美さんはどちらのご出身ですの? ご両親は何をなさってる方?」
「…………え?」
(ああ……、一番訊かれたくないことなのに)
珠莉がごく当たり前のように質問してきて、愛美の表情は曇った。
その様子に気づいたさやかが、助け船を出してくれる。
「ちょっと珠莉! ちょっとは空気読みなよ! 人には答えにくいことだってあるんだから!」
(さやかちゃん……、わたしに気を遣ってくれてる)
愛美はそれを嬉しく思う反面、彼女に対して申し訳ない気持ちになった。
「……さやかちゃん、いいの。――わたしは山梨の出身。両親は小さいころに亡くなってて、中学卒業まで施設にいたの」
「施設? あー……、そりゃあ大変だったねえ。じゃあ、学費とかは誰が出してくれてんの? 施設?」
愛美を気遣うように、さやかが言う。けれど、それは同情的な言い方ではなかった。
施設で育ったことを卑下していない愛美は、「かわいそうだ」と同情されるのが嫌いだ。県内の公立高校に進みたくなかったのも、中学時代の同級生から同情を広められるのがイヤだったから。
〈わかば園〉には、両親が健在でも様々な事情で両親と一緒に暮らせない子も何人かいた。涼介もそのうちの一人だ。
彼は実の両親からネグレクト、つまり育児放棄を受けていて、児童相談所に保護されたのちに〈わかば園〉で暮らすことになったのだ。
「ううん、施設にはそんな余裕ないって。でもね、施設の理事さんの一人が援助を申し出てくれたんだって。その人がいなかったら、わたし高校に入れないところだったの」
「そうなんだ……。よかったね」
「うん。名前は教えてもらってないんだけどね。その代わり、わたしはその人の秘書っていう人に毎月手紙を出すことになったの」
「へえ……、そうなんだ。――あ、着いた。じゃあまた、晩ごはんの時にねー」
「はーい」
部屋に着くまで、珠莉はほとんど愛美に話しかけてこなかった。
愛美にそれほど興味がないのか、それとも一人部屋を愛美に取られたことをまだ根に持っているのか……。
(まあ、いいんだけど。わたしは気にしないし)
珠莉に興味を持たれなくたって、さやかとは仲良くなれそうだからいいか。愛美はそう自分に言い聞かせた。
一歩部屋に足を踏み入れると、愛美は室内をしげしげと見回す。
ベッドや勉強机・椅子、クローゼットなどの大きな家具は一通り揃っている。こまごましたインテリアはまた買い揃えるとしても、とりあえずは生活していけそうだ。
クローゼットの扉を開けると、白い襟とリボンがついたダークグレーのセーラー服とスカートがかけられている。これがこの学校の制服である。
プライドが高そうな珠莉は、こんな下らない理由で目立ってしまったことを恥じているらしく、あっさりと折れた。
「――で、あなたが一人部屋を使うことになった相川愛美さん? お部屋はあなたにお譲りするわ」
「え……? う、うん。ありがとう」
これって喜ぶべきところなんだろうか? 愛美は素直に喜べない。というか、上から目線で言われたことが癪に障って仕方がない。
「――ま、これで部屋問題は解決したワケだし。早く自分の荷物、部屋まで運ぼうよ」
さやかが愛美と珠莉の肩を叩いて促す。
……のはいいとして、愛美は荷物が少ないからいいのだけれど。二人の荷物はかなり多い。どうやって運ぶつもりなんだろう? 愛美は首を傾げた。
「牧村さん、辺唐院さん。カートがありますから、使って下さい。後で回収に回りますから」
「「ありがとうございます」」
二人がカートに荷物を乗せてから、愛美も合流して三人で二階の部屋まで移動した。
幸い、この建物にはエレベーターがついているので、荷物を運ぶのはそれほど大変ではなかった。
* * * *
「じゃ、改めて自己紹介するね。あたしは牧村さやか。出身は埼玉県で、お父さんは作業服の会社の社長だよ」
「えっ? さやかちゃんのお父さん、社長さんなの? スゴーい☆」
愛美はさやかの父親の職業を知ってビックリした。こんなに姉御肌でオトコマエな性格の彼女も、実は社長令嬢だったなんて……!
「じゃあ、さやかちゃんもお嬢さまなの?」
「いやいや。そんないいモンじゃないよ、あたしは。お父さんの会社だってそんなに大きくないし。〝お嬢さま〟っていうんなら、珠莉の方なんじゃないの? ね、珠莉?」
「えっ、そうなの?」
確かに、珠莉は初めて見た時から、住む世界の違う人のように感じていたけれど。
「うん。だってこの子、超有名な〈辺唐院グループ〉の会長さんのご令嬢だもん。そうだよね、珠莉?」
「ええ。確かに私の父は〈辺唐院グループ〉の会長だけど」
「へえ……。っていうか、〈辺唐院グループ〉って?」
山梨の山間部で育ち、しかも施設にいた頃はあまりTVを観る機会もなかった愛美にはピンとこない。
「旧財閥系の名門グループだよ。いくつも大きな会社とかホテルとか持ってるの。すごいセレブなんだー」
「スゴい……」
(やっぱり住む世界が違うなあ。わたし、ここでやっていけるのかな?)
中にはさやかみたいな子もいるかもしれないけれど、この学校の生徒は多分、ほとんどが名門とかいい家柄に生まれ育ったお嬢さまだ。
その中に一人、価値観の違う自分が放りこまれたことを、愛美は不安に感じた。
「――ねえ、愛美さんはどちらのご出身ですの? ご両親は何をなさってる方?」
「…………え?」
(ああ……、一番訊かれたくないことなのに)
珠莉がごく当たり前のように質問してきて、愛美の表情は曇った。
その様子に気づいたさやかが、助け船を出してくれる。
「ちょっと珠莉! ちょっとは空気読みなよ! 人には答えにくいことだってあるんだから!」
(さやかちゃん……、わたしに気を遣ってくれてる)
愛美はそれを嬉しく思う反面、彼女に対して申し訳ない気持ちになった。
「……さやかちゃん、いいの。――わたしは山梨の出身。両親は小さいころに亡くなってて、中学卒業まで施設にいたの」
「施設? あー……、そりゃあ大変だったねえ。じゃあ、学費とかは誰が出してくれてんの? 施設?」
愛美を気遣うように、さやかが言う。けれど、それは同情的な言い方ではなかった。
施設で育ったことを卑下していない愛美は、「かわいそうだ」と同情されるのが嫌いだ。県内の公立高校に進みたくなかったのも、中学時代の同級生から同情を広められるのがイヤだったから。
〈わかば園〉には、両親が健在でも様々な事情で両親と一緒に暮らせない子も何人かいた。涼介もそのうちの一人だ。
彼は実の両親からネグレクト、つまり育児放棄を受けていて、児童相談所に保護されたのちに〈わかば園〉で暮らすことになったのだ。
「ううん、施設にはそんな余裕ないって。でもね、施設の理事さんの一人が援助を申し出てくれたんだって。その人がいなかったら、わたし高校に入れないところだったの」
「そうなんだ……。よかったね」
「うん。名前は教えてもらってないんだけどね。その代わり、わたしはその人の秘書っていう人に毎月手紙を出すことになったの」
「へえ……、そうなんだ。――あ、着いた。じゃあまた、晩ごはんの時にねー」
「はーい」
部屋に着くまで、珠莉はほとんど愛美に話しかけてこなかった。
愛美にそれほど興味がないのか、それとも一人部屋を愛美に取られたことをまだ根に持っているのか……。
(まあ、いいんだけど。わたしは気にしないし)
珠莉に興味を持たれなくたって、さやかとは仲良くなれそうだからいいか。愛美はそう自分に言い聞かせた。
一歩部屋に足を踏み入れると、愛美は室内をしげしげと見回す。
ベッドや勉強机・椅子、クローゼットなどの大きな家具は一通り揃っている。こまごましたインテリアはまた買い揃えるとしても、とりあえずは生活していけそうだ。
クローゼットの扉を開けると、白い襟とリボンがついたダークグレーのセーラー服とスカートがかけられている。これがこの学校の制服である。



