――電話を切ると、愛美は純也さんの部屋と接する壁を見つめた。
「純也さん、そろそろ読み終わった頃かな」
もう一度彼の部屋を訪ねてみると、ちょうど彼は最後の原稿を机の上に置いたところだった。
「愛美ちゃん、ちょうどよかった。今、全部読み終わったところだよ」
「そうですか。……で、どうでした?」
「うん……、そうだな……」
そう言うなり、腕組みをして長~い溜めを作った純也さんに、愛美はものすごくイヤな予感がした。
「もしかして、全滅……?」
「……いや。確かに、この中の三作はちょっと、箸にも棒にもかからないと思った」
「はあ」
彼の評価は思っていた以上に辛口で、愛美は絶望的な気持ちになった。
四作中三作がボツをくらったら、ほとんど全滅のようなものである。……けれど。
「でも、この一作はなかなかいいんじゃないかな。応募したら、けっこういいところまで残ると思うよ」
純也さんは表情を和らげながら、愛美に原稿を返した。
「えっ、ホントですか!? コレ、一番最後に書き上げたんです」
純也さんが唯一褒めてくれた作品は、昨日書き上げたばかりのノンフィクション作品。愛美が実際に、今の学校生活で経験したことをもとにして書いたものだった。
「ああ、やっぱり。短編っていうのはね、数を多く書くことで内容もよくなっていくんだって。愛美ちゃんのもそうなんだろうね。全部の原稿を読ませてもらってそう気づいたよ」
「純也さん、ありがとう! わたしもこれで自信がつきました。この一作で勝負してみます!」
これだけ手厳しい彼に褒められたんだから、きっといい結果が出ると思う。
「うん、頑張って! ――そういえば、愛美ちゃんってパソコン使えるんだね。原稿、てっきり手書きだと思ってた」
「使えますよ、施設にいた頃から。そんでもって、この原稿はおじさまから入学祝いに贈られた自分のパソコンで書きました。ここにも持ち込んで」
「そっか、ここもネット環境整ってるからね。――ところで愛美ちゃん、僕に何か相談したいことがあるって言ってたね。今ここで聞かせてもらっていいかな?」
「はい」
愛美は原稿を傍らに置き、冷めたカフェオレを一口で飲み干すと、純也さんに話し始めた。
「わたし、卒業後はこのまま大学に進もうかどうしようか迷ってたんです。で、担任の先生から奨学金の申請を勧められて。申請したんですけど」
「うん」
「奨学金が受けられるようになったら、これから先の学費はかからないって。もちろん、大学に進んでからも。……ただ、おじさまが許してくれるかっていう心配はあったんだけど」
「うん」
純也さんは途中で口を挟むことなく、相槌を打ちながら愛美の話に真剣に耳を傾けてくれている。
「でもね、おじさまは許してくれたんです。わたしが奨学金を受けることも、大学に進むことも。学費はもう出してもらわなくてよくなるけど、お小遣いだけはこれからも受け取るつもりでいるって、秘書さんには伝えました」
「うん。……えっ? それが僕に相談したいこと?」
ここまでの話だと、むしろ喜ばしいことなんじゃないかと純也さんは思ったようだけれど。
「あ、ううん。そうじゃなくて……。わたしは逆に、コレでいいのかなぁって思っちゃって。せっかくのおじさまの厚意を途中でムダにして、おじさまのメンツっていうか……立場を潰しちゃったりしないかな、って」
「ああ、なるほどね。君は田中さんに対して遠慮があるわけだ。『せっかく援助を申し出てくれた彼に申し訳ない』って」
「はい……。こんなの、わたしのワガママじゃないかな……と思って」
愛美は純也さんの解釈に頷く。
別に、純也さんにどうこうしてほしいわけじゃないけれど。聞いてもらうだけで気持ちが軽くなるということもあるわけで。
「僕の知る限りじゃ、彼はそんなことで気を悪くするような人物じゃないけど。むしろ、喜んで申請用紙も書いてくれたんじゃないかな」
「えっ? ……はい。秘書さんもそう言ってました。あと、わたしが恋をしてることも、おじさまは嬉しく思ってるって」
「愛美ちゃん……、もしかして僕のことも田中さんに?」
「はい、手紙では何度も。――何かマズかったですか?」
「…………いや、別に」
(純也さん、今の溜めはナニ?)
愛美はちょっと首を傾げた。もしかして純也さんは、愛美と付き合うことになったので、彼女の保護者にあたる〝あしながおじさん〟と顔を合わせづらくなるんじゃないかと心配している? それとも……。
(やっぱり彼が〝あしながおじさん〟本人で、この先わたしとの関係がこじれることを心配してる?)
そう思うのは、愛美の考えすぎだろうか?
「実はこの話、純也さんと両想いになれるまではするのやめとこうって思ってたんです。どうしてもあなたのことに触れなきゃいけなくなるし、告白する前に話しちゃったらわたしの気持ち、あなたにバレちゃうから」
「うん、なるほど。だから話すのが今日になったわけだね? っていうか僕は、君の気持ちにはだいぶ前から気づいてたけど」
「え……。もしかして、珠莉ちゃんから聞いたんですか? それともわたし、思いっきり態度に出てました?」
初めて恋をして一年やそこらでは、恋心を顔に出さないというスキルは簡単には身に着かないんだろうか?
「ふふふ。まぁ、それはノーコメントってことで」
「え~……? なんかズル~い!」
純也さんもうまく逃げたものである。これでは答えが「イエス」なのか「ノー」なのか、愛美には判断がつかない。
「純也さん、そろそろ読み終わった頃かな」
もう一度彼の部屋を訪ねてみると、ちょうど彼は最後の原稿を机の上に置いたところだった。
「愛美ちゃん、ちょうどよかった。今、全部読み終わったところだよ」
「そうですか。……で、どうでした?」
「うん……、そうだな……」
そう言うなり、腕組みをして長~い溜めを作った純也さんに、愛美はものすごくイヤな予感がした。
「もしかして、全滅……?」
「……いや。確かに、この中の三作はちょっと、箸にも棒にもかからないと思った」
「はあ」
彼の評価は思っていた以上に辛口で、愛美は絶望的な気持ちになった。
四作中三作がボツをくらったら、ほとんど全滅のようなものである。……けれど。
「でも、この一作はなかなかいいんじゃないかな。応募したら、けっこういいところまで残ると思うよ」
純也さんは表情を和らげながら、愛美に原稿を返した。
「えっ、ホントですか!? コレ、一番最後に書き上げたんです」
純也さんが唯一褒めてくれた作品は、昨日書き上げたばかりのノンフィクション作品。愛美が実際に、今の学校生活で経験したことをもとにして書いたものだった。
「ああ、やっぱり。短編っていうのはね、数を多く書くことで内容もよくなっていくんだって。愛美ちゃんのもそうなんだろうね。全部の原稿を読ませてもらってそう気づいたよ」
「純也さん、ありがとう! わたしもこれで自信がつきました。この一作で勝負してみます!」
これだけ手厳しい彼に褒められたんだから、きっといい結果が出ると思う。
「うん、頑張って! ――そういえば、愛美ちゃんってパソコン使えるんだね。原稿、てっきり手書きだと思ってた」
「使えますよ、施設にいた頃から。そんでもって、この原稿はおじさまから入学祝いに贈られた自分のパソコンで書きました。ここにも持ち込んで」
「そっか、ここもネット環境整ってるからね。――ところで愛美ちゃん、僕に何か相談したいことがあるって言ってたね。今ここで聞かせてもらっていいかな?」
「はい」
愛美は原稿を傍らに置き、冷めたカフェオレを一口で飲み干すと、純也さんに話し始めた。
「わたし、卒業後はこのまま大学に進もうかどうしようか迷ってたんです。で、担任の先生から奨学金の申請を勧められて。申請したんですけど」
「うん」
「奨学金が受けられるようになったら、これから先の学費はかからないって。もちろん、大学に進んでからも。……ただ、おじさまが許してくれるかっていう心配はあったんだけど」
「うん」
純也さんは途中で口を挟むことなく、相槌を打ちながら愛美の話に真剣に耳を傾けてくれている。
「でもね、おじさまは許してくれたんです。わたしが奨学金を受けることも、大学に進むことも。学費はもう出してもらわなくてよくなるけど、お小遣いだけはこれからも受け取るつもりでいるって、秘書さんには伝えました」
「うん。……えっ? それが僕に相談したいこと?」
ここまでの話だと、むしろ喜ばしいことなんじゃないかと純也さんは思ったようだけれど。
「あ、ううん。そうじゃなくて……。わたしは逆に、コレでいいのかなぁって思っちゃって。せっかくのおじさまの厚意を途中でムダにして、おじさまのメンツっていうか……立場を潰しちゃったりしないかな、って」
「ああ、なるほどね。君は田中さんに対して遠慮があるわけだ。『せっかく援助を申し出てくれた彼に申し訳ない』って」
「はい……。こんなの、わたしのワガママじゃないかな……と思って」
愛美は純也さんの解釈に頷く。
別に、純也さんにどうこうしてほしいわけじゃないけれど。聞いてもらうだけで気持ちが軽くなるということもあるわけで。
「僕の知る限りじゃ、彼はそんなことで気を悪くするような人物じゃないけど。むしろ、喜んで申請用紙も書いてくれたんじゃないかな」
「えっ? ……はい。秘書さんもそう言ってました。あと、わたしが恋をしてることも、おじさまは嬉しく思ってるって」
「愛美ちゃん……、もしかして僕のことも田中さんに?」
「はい、手紙では何度も。――何かマズかったですか?」
「…………いや、別に」
(純也さん、今の溜めはナニ?)
愛美はちょっと首を傾げた。もしかして純也さんは、愛美と付き合うことになったので、彼女の保護者にあたる〝あしながおじさん〟と顔を合わせづらくなるんじゃないかと心配している? それとも……。
(やっぱり彼が〝あしながおじさん〟本人で、この先わたしとの関係がこじれることを心配してる?)
そう思うのは、愛美の考えすぎだろうか?
「実はこの話、純也さんと両想いになれるまではするのやめとこうって思ってたんです。どうしてもあなたのことに触れなきゃいけなくなるし、告白する前に話しちゃったらわたしの気持ち、あなたにバレちゃうから」
「うん、なるほど。だから話すのが今日になったわけだね? っていうか僕は、君の気持ちにはだいぶ前から気づいてたけど」
「え……。もしかして、珠莉ちゃんから聞いたんですか? それともわたし、思いっきり態度に出てました?」
初めて恋をして一年やそこらでは、恋心を顔に出さないというスキルは簡単には身に着かないんだろうか?
「ふふふ。まぁ、それはノーコメントってことで」
「え~……? なんかズル~い!」
純也さんもうまく逃げたものである。これでは答えが「イエス」なのか「ノー」なのか、愛美には判断がつかない。



