純也さんの返事を聞いた愛美は、「ところで」と彼の大きなスーツケースの中身(ファスナーは開けてあるのだ)を眺めながら言った。
「釣りの道具って、コレですか?」
「そうだよ。愛美ちゃんの分もあるから」
スーツケースの中には洋服などが入っているのかと思いきや、中に入っているのは釣りに使う竿(〝タックル〟というらしい)やルアーのボックスなどだった。
他にも色々、キャンプ用具などのアウトドア関係のものが詰め込まれている。
「釣りって、生きた虫をエサに使うんじゃないんですね。もしそうだったら、わたしどうしようかと思ってました」
「さすがに初心者の、それも女の子にいきなりそれはかわいそうだからね。明日教えるのはルアーフィッシングだよ。この時期は、イワナが釣れるはずなんだ」
「イワナかぁ。あれって塩焼きにしたら美味しいんですよね」
実は愛美も、実際にイワナの塩焼きを食べたことがない。これは本から得た雑学である。
「そうそう! 特に釣りたては新鮮でね」
「わぁ、楽しみ! じゃあ、明日は早起きして、多恵さんと佳織さんと一緒にお弁当作りますね」
釣りの話で盛り上がる中、愛美はあることに気がついた。
「そういえば、服とかはどこに入ってるんですか?」
スーツケースの中には、それらしいものはほとんど入っていない(釣り用のウェアや長靴などは別として)。
「ああ、普段の服はそっちのボストンバッグの中。男の旅行用の荷物なんてそんなモンだよ」
「へぇー……」
確かに、服や洗面用具などの〝普通の〟旅行用の荷物は少ない。けれどその代わり、彼の場合は他の荷物の方が多いともいえる。
「片付けは自分でやっとくから、愛美ちゃんは下で多恵さんたちの手伝いをしておいで」
はい、と頷いて、愛美は一階のキッチンへ下りていく。そろそろパン作りの準備を始める頃だからだった。
* * * *
――そして翌日。少し曇っているけれど、それほど暑くなく、釣りにはもってこいのお天気になった。
愛美は純也さんと一緒に、車で千藤農園から少し離れた渓流まで、約束通りルアーフィッシングに来た。
多少濡れてもいいように、二人ともフィッシングウェアに身を包み、ゴム長靴を履いての完全防備。……ただし、夏場にこの格好はちょっと蒸し暑い。
「――愛美ちゃん、かかってるよ! ゆっくりリールを巻きながら、タックルをちょっとずつ引き上げて」
「はいっ! ……こうですか?」
「そうそう。ゆっくりね。慌てたら逃げられるから、落ち着いて」
「はい」
ルアーフィッシングというのは、コツをつかむまでが難しい。ルアーを本物のエサのように動かさないと、魚がかかってくれない。
生きたエサを使う代わりに、こういう技術が必要になるのだ。
「――あっ、釣れた! 釣れましたぁ! やった!」
それでも、愛美はそのコツをつかむのがわりと早かった。釣りを始めて一時間で、早々にイワナを一匹ゲットしたのだ。
「おお、スゴいな愛美ちゃん! こりゃ結構大きいぞ」
まさに〝ビギナーズラック〟。愛美自身も、まさかいきなりこんな大物がかかるなんて思ってもみなかった。
愛美は釣れたばかりのイワナを、水を張ったバケツにそっと放した。
「――あ、愛美ちゃん、こっちもかかった。……うわぁ、二匹も! サイズはちょっと小さいけど」
純也さんは、さすが上級者だ。一度の仕掛けで同時に二匹釣るという荒業をやってのけた。
「純也さん、スゴ~い! ――あ、わたしのもまたかかった!」
今日は釣りの吉日なのか、二人とも入れ食い状態でジャンジャン釣れる。
あまりにも小さいサイズの魚はすぐに川に放し、あとのイワナは昼食として美味しく頂くことにした。
「調理は僕に任せてよ。アウトドアは好きだし、家でも自炊してるからね」
純也さんは手早く火をおこし、魚焼き用の網を用意してくれた。
「ここはやっぱり、シンプルに塩焼きかな」
純也さんはそう言うと、リュックから取り出した小さなタッパーに入れてきた塩を一つまみ、網に並べた魚に振りかける。
「――あ、そうだ。お弁当作ってきたんですよ。おにぎりと玉子焼きと、夏野菜のピクルス」
愛美も、提げてきた保温バッグから二人分のお弁当箱を取り出した。何だかちょっとしたピクニックみたいだ。
「おっ、うまそうだね! イワナもそろそろいい感じに焼けてきたよ」
純也さんが焼けたイワナをお弁当箱に乗せてくれて、二人は豪華なランチタイム。
「焼きたてでまだ熱いから、ヤケドに気をつけてね」
「はい、いただきます☆ ……あっ、熱ふっ!」
「ほら見ろ。だから言ったのに」
案の定、熱々の焼き魚を頬張ってハフハフ言っている愛美を見て、純也さんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、僕も頂こうかな。……ん! 美味い!」
釣りたてのイワナは、純也さんがキチンとハラワタの処理をしてから焼いてくれた。魚のハラワタの苦みが苦手な愛美も、そのおかげで美味しく食べることができた。
初めて食べたイワナの塩焼きは身にほどよく脂が乗っていて、焼くとふっくらして美味しい。純也さんが言った通り、シンプルな味付けが一番素材の味を引き立たせている。
「この玉子焼きも美味しいね。多恵さんの味だ」
「……それ作ったの、わたしです」
「ええっ!? ……いや、多恵さんの味そのまんまだよ。驚いたな」
純也さんは愛美の料理の腕――というか再現度の高さに舌を巻いた。
「釣りの道具って、コレですか?」
「そうだよ。愛美ちゃんの分もあるから」
スーツケースの中には洋服などが入っているのかと思いきや、中に入っているのは釣りに使う竿(〝タックル〟というらしい)やルアーのボックスなどだった。
他にも色々、キャンプ用具などのアウトドア関係のものが詰め込まれている。
「釣りって、生きた虫をエサに使うんじゃないんですね。もしそうだったら、わたしどうしようかと思ってました」
「さすがに初心者の、それも女の子にいきなりそれはかわいそうだからね。明日教えるのはルアーフィッシングだよ。この時期は、イワナが釣れるはずなんだ」
「イワナかぁ。あれって塩焼きにしたら美味しいんですよね」
実は愛美も、実際にイワナの塩焼きを食べたことがない。これは本から得た雑学である。
「そうそう! 特に釣りたては新鮮でね」
「わぁ、楽しみ! じゃあ、明日は早起きして、多恵さんと佳織さんと一緒にお弁当作りますね」
釣りの話で盛り上がる中、愛美はあることに気がついた。
「そういえば、服とかはどこに入ってるんですか?」
スーツケースの中には、それらしいものはほとんど入っていない(釣り用のウェアや長靴などは別として)。
「ああ、普段の服はそっちのボストンバッグの中。男の旅行用の荷物なんてそんなモンだよ」
「へぇー……」
確かに、服や洗面用具などの〝普通の〟旅行用の荷物は少ない。けれどその代わり、彼の場合は他の荷物の方が多いともいえる。
「片付けは自分でやっとくから、愛美ちゃんは下で多恵さんたちの手伝いをしておいで」
はい、と頷いて、愛美は一階のキッチンへ下りていく。そろそろパン作りの準備を始める頃だからだった。
* * * *
――そして翌日。少し曇っているけれど、それほど暑くなく、釣りにはもってこいのお天気になった。
愛美は純也さんと一緒に、車で千藤農園から少し離れた渓流まで、約束通りルアーフィッシングに来た。
多少濡れてもいいように、二人ともフィッシングウェアに身を包み、ゴム長靴を履いての完全防備。……ただし、夏場にこの格好はちょっと蒸し暑い。
「――愛美ちゃん、かかってるよ! ゆっくりリールを巻きながら、タックルをちょっとずつ引き上げて」
「はいっ! ……こうですか?」
「そうそう。ゆっくりね。慌てたら逃げられるから、落ち着いて」
「はい」
ルアーフィッシングというのは、コツをつかむまでが難しい。ルアーを本物のエサのように動かさないと、魚がかかってくれない。
生きたエサを使う代わりに、こういう技術が必要になるのだ。
「――あっ、釣れた! 釣れましたぁ! やった!」
それでも、愛美はそのコツをつかむのがわりと早かった。釣りを始めて一時間で、早々にイワナを一匹ゲットしたのだ。
「おお、スゴいな愛美ちゃん! こりゃ結構大きいぞ」
まさに〝ビギナーズラック〟。愛美自身も、まさかいきなりこんな大物がかかるなんて思ってもみなかった。
愛美は釣れたばかりのイワナを、水を張ったバケツにそっと放した。
「――あ、愛美ちゃん、こっちもかかった。……うわぁ、二匹も! サイズはちょっと小さいけど」
純也さんは、さすが上級者だ。一度の仕掛けで同時に二匹釣るという荒業をやってのけた。
「純也さん、スゴ~い! ――あ、わたしのもまたかかった!」
今日は釣りの吉日なのか、二人とも入れ食い状態でジャンジャン釣れる。
あまりにも小さいサイズの魚はすぐに川に放し、あとのイワナは昼食として美味しく頂くことにした。
「調理は僕に任せてよ。アウトドアは好きだし、家でも自炊してるからね」
純也さんは手早く火をおこし、魚焼き用の網を用意してくれた。
「ここはやっぱり、シンプルに塩焼きかな」
純也さんはそう言うと、リュックから取り出した小さなタッパーに入れてきた塩を一つまみ、網に並べた魚に振りかける。
「――あ、そうだ。お弁当作ってきたんですよ。おにぎりと玉子焼きと、夏野菜のピクルス」
愛美も、提げてきた保温バッグから二人分のお弁当箱を取り出した。何だかちょっとしたピクニックみたいだ。
「おっ、うまそうだね! イワナもそろそろいい感じに焼けてきたよ」
純也さんが焼けたイワナをお弁当箱に乗せてくれて、二人は豪華なランチタイム。
「焼きたてでまだ熱いから、ヤケドに気をつけてね」
「はい、いただきます☆ ……あっ、熱ふっ!」
「ほら見ろ。だから言ったのに」
案の定、熱々の焼き魚を頬張ってハフハフ言っている愛美を見て、純也さんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、僕も頂こうかな。……ん! 美味い!」
釣りたてのイワナは、純也さんがキチンとハラワタの処理をしてから焼いてくれた。魚のハラワタの苦みが苦手な愛美も、そのおかげで美味しく食べることができた。
初めて食べたイワナの塩焼きは身にほどよく脂が乗っていて、焼くとふっくらして美味しい。純也さんが言った通り、シンプルな味付けが一番素材の味を引き立たせている。
「この玉子焼きも美味しいね。多恵さんの味だ」
「……それ作ったの、わたしです」
「ええっ!? ……いや、多恵さんの味そのまんまだよ。驚いたな」
純也さんは愛美の料理の腕――というか再現度の高さに舌を巻いた。



