「まあ、この先一年だけだから。学年が上がれば部屋替えもあるし」

「はあ……。ありがとうございます」

「私はここで寮母をしている、森口(もりぐち)(はる)()です。よろしく、相川さん」

「はい、よろしくお願いします」

「荷物はロビーに届いてるから。そこにいる用務員の先生に声をかけてね」

 森口さん言われた通りに〈双葉寮〉の玄関ロビーに行ってみると、そこには他の新入生の女の子たちがみんな集まっている。

「あの、新入生の相川愛美ですけど。わたしの荷物、届いてますか?」

 その中に一人混じっている用務員さんとおぼしき中年男性に愛美は声をかけた。

「相川愛美さん……ですね。入学おめでとう。君の荷物は……と、あったあった! これに間違いないですか?」

 彼が持ち上げたのは、ピンク色の小さめのスーツケース。ちゃんと荷札が貼ってある。
 施設の部屋にはそんなにたくさんものが置けなかったため、愛美個人の荷物は少ない。だからこれ一つでこと足りたのだ。

「――あ、それからもう一つ、小包みが届いてますよ」

 彼はそう言って、箱を愛美に手渡した。
 けっこう大きな段ボール箱で、しっかりと梱包されている。

「えっ、小包み? ありがとうございます」

 愛美は小首を傾げながらも、お礼を言って受け取った。

「誰からだろう? ……ウソ」

 貼られている伝票を確かめて、目を丸くする。差出人の名前は、〝久留島栄吉〟。――あの〝田中太郎〟氏の秘書の名前だ。

(一体、何を送ってくれたんだろう……?)

「こわれもの注意」のステッカーが貼られているけれど、品物が何なのかまでは皆目(かいもく)見当がつかない。

「まあいいや。部屋に着いてからゆっくり開けようっと」

 箱をスーツケースに入れ(実は中がスカスカで、それくらいの余裕はあった)、部屋に向かおうとすると――。

「ちょっと! 私が相部屋になってるってどういうことですの!? 父から『一人部屋にしてほしい』と連絡があったはずでしょう!?」

 一人の女の子の(かな)()り声が聞こえてきて、愛美は思わず足を止めた。

 先ほどまで自分がいた方を見れば、声の主はスラリと背の高い、モデルみたいにキレイな女の子。彼女はあの男性職員に何やら食ってかかっている様子。

(へん)(とう)(いん)(じゅ)()さん。申し訳ありませんが、一人部屋はもう他の新入生が入ることになっていて。今更変更はできません」

「ええっ!? ウソでしょう!?」

(一人部屋……、ってわたしが使うことになった部屋だ……)
 
 二人の口論(こうろん)を耳にして、愛美は何だかいたたまれなくなった。
 自分に一人部屋が当たったことで、この子の希望が叶わなくなったんだ。  
 ――もっとも、愛美が望んでそうなったわけではないので、彼女が責任を感じる必要はないのだけれど。

 ――と。

「まぁったく、ヤな感じだよねえあの子」

「……え?」

 (けん)()感丸出しで、一人の女の子が愛美に声をかけてきた。とはいっても、その嫌悪感の矛先(ほこさき)は愛美ではなく、用務員さんともめている長身の女の子の方らしい。

 身長は百五十センチしかない愛美より少し高いくらい。肩まで届かないくらいの黒髪は、少しウェーブがかかっている。

「あの子ね、あたしと同室になったんだけど。それが気に入らないらしいんだよね。ったく、あたしだってゴメンだっつうの。あんな高ビーなお嬢がルームメイトなんて」

「あの……?」

 多少口は悪いけれど、突っ張っている風でもない彼女に愛美は完全に気圧(けお)されている。

「――あ、ゴメン! あたし、牧村(まきむら)さやか。よろしくね。アンタは?」

「あ、わたしは相川愛美。よろしく。『さやかちゃん』って呼んでもいい?」

「うん、いいよ☆ じゃああたしは『愛美』って呼ぶね。あたしたち、部屋となり同士みたいだよ」

「えっ、ホント? ――あ、ホントだ。よろしく」

 部屋割り表を見れば、確かにそうなっている。
 早くも友達になれそうな子ができて、愛美はますますこの高校での生活が楽しみになってきた。

 その一方で、辺唐院珠莉と男性職員との口論はまだグダグダと続いていた。

「あの……。よかったら、わたしと部屋代わる?」

 見かねた愛美が、おずおずと珠莉に部屋の交換を申し出たけれど。

「いいよ、愛美。そんな子のワガママに付き合うことないって。――ちょっとアンタ! あたしと同室なのがそんなに気に入らないの!?」

 どうやらさやかは、言いたいことをズバズバ言うタイプの子らしい。

(さやかちゃん……、そんなにはっきり言わなくても)

 愛美は絶句した。これ以上話をこじれさせてどうするのか、と。
 〈わかば園〉にいた頃はケンカらしいケンカもなかったので、愛美は基本的に平和主義者だ。人のケンカやもめ事に首を突っ込むのは苦手である。

 けれど、この場では愛美も当事者なのだ。珠莉の(いか)りの矛先が愛美に向くこともあるかもしれない。そうなった時の対処法を彼女は知らない。

(わ……、なんかすごい人集まってる!)

 愛美が驚いた。気づけば、「周りには大勢の新入生や在校生と思われる女の子たちが(さわ)ぎを聞きつけて、「なんだなんだ」と集まってきていたのだ。

「……同室? じゃあ、あなたが牧村さやかさん?」

「そうだけど。なんか文句ある?」

 仁王立ちで言い返すさやかに、珠莉は毒気を抜かれたらしい。というか、人前で悪目立ちしてしまったことが格好(カッコ)悪かったらしい。