拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】



   * * * *


「――愛美ー、こっちこっち!」

 食堂に着くと、奥の方のテーブルからさやかが手を振ってくれた。もちろん、珠莉も一緒である。
 ちなみに、今日の昼食メニューはチキンカツレツとサラダ、そして冷製ポタージュスープだ。チキンカツレツにはトマトベースのソースがかかっている。

「ゴメンね、遅くなっちゃって」

「いや、別にいいんだけどさ。どしたの? っていうかなんで制服?」

 愛美が謝りながらテーブルに着くと、さやかは怒っている様子もなく、彼女が遅れて来た理由を聞きたがった。
 愛美は食事をしながら、それを話し始める。

「ん、このチキンカツレツ美味しい! ――教室を出ようとしたら、上村先生に呼び止められて。奨学金申請の手続きが無事終わった、って。――あとね、スマホにおじさまの秘書さんから電話がかかってきたの」

「秘書さんから? どんな用件で?」

「書類がちゃんと着いたかどうかの確認と、今年の夏休みはどうしますか、って。わたしは今年も去年とおんなじように、長野の農園でお世話になるつもりだって答えたよ。今年は純也さんも来てくれるみたいだし」

 さやかも昼食に手を付け始めた。ゴハンよりも先に、愛美が絶賛したチキンカツレツに箸が伸びる。

「あ、ホントだ。コレ美味しい! ――そっか。もしかしたら、告白するチャンスかもしんないもんね。頑張れ、愛美」

「うん。ありがとね、さやかちゃん。……ところで、珠莉ちゃんはなんであんなに不機嫌なの?」

 愛美とさやかがおしゃべりに盛り上がる中、珠莉は不気味なくらい静かだ。

「さあ? っていうか珠莉、チキンあんまり食べてないじゃん。サラダも」

 見れば、珠莉はゴハンとスープばかりを口にしている。サラダも、トマトはのけてレタスとキュウリしか減っていない。

「珠莉ちゃん、食欲ないの?」

「そんなんじゃないの。……私、トマトが苦手なのよ」

「あれま。調理の人に言えば、タルタルソースに替えてもらえたのに。サラダのトマトは自分でのけられるにしてもさぁ」

「その手がありましたわね! 私、さっそくソースを替えてもらってきますわ!」

 途端に珠莉の顔色が明るくなり、彼女は踊るような足取りで調理室前のカウンターまで飛んで行った。

「知らなかったなぁ、珠莉がトマト苦手だったなんて。……で、何の話だっけ?」

 さやかが珠莉の背中を目で追いながら、しみじみと呟いた。
 三人の付き合いはもう一年以上になるけれど、まだまだ知らないことがたくさんあるもので。愛美も頷いた。

「夏休み、わたしは純也さんに告白するチャンスかもって話。――ちなみに制服なのは、午後から部活に出るから」

「あ、ナルホドね。だからカバン持ってきてるんだ。部屋に寄らずに直で来たワケね」

「うん。……あ、珠莉ちゃん戻ってきた」

 珠莉はタルタルソースがかかったチキンカツレツのお皿を手にして、嬉しそうなホクホク顔でテーブルに戻ってきた。

「お待たせしましたわ~~♪ こちらの方がカロリーは高そうですけど、まあいいでしよ」

 そう言いながら、コッテリしたタルタルソースがけのお肉を美味しそうに食べ始める。

「……よっぽど苦手なんだね、トマト」

「トマトのソースの方が、絶対サッパリして食べやすいだろうにね」

 愛美とさやかは、珠莉に聞こえないように囁きあった。

「――ところで、二人は今日、部活は?」

 愛美が訊ねる。さやかも珠莉も、すでに制服から着替えている。

「あたしも午後から部活だよ。でもまあ、部屋でスポーツウェアに着替えて直行できるから」

「茶道部は今日、お休みですの」

「そうなんだ」

 どうりで、珠莉がのんびりしているわけだ。愛美は納得した。

「でもさぁ、あたしはやっぱ夏休み返上で寮に居残り決定だよ。インハイの予選、順調に勝ち残ってるから。嬉しいんだけど、今年は家族でキャンプ行けない……」

 さやかは「はぁ~~」と大きなため息をついて、その場でうなだれた。

「しょうがないよ。部活の方が大事だもん。わたし、長野から応援するよ!」

「愛美さん、今年の夏も長野にいらっしゃるんですの? ……ああ。そういえば、純也叔父さまも行かれるんでしたわね」

「うん、そうなの。だから楽しみで仕方ないんだ♪ ――珠莉ちゃんはどうするの? 夏休み」

「どうせ、また海外でしょ? 今度はどこよ」

 少々やさぐれ気味に、さやかが言う。

「今年はグアムに。……でも私は、できれば日本に残りたいんだけど」

「どうして?」

 愛美が首を傾げると、珠莉はたちまち耳まで真っ赤になった。

「べっ……、別にいいでしょう!? 私だって、たまには日本でのんびりしたい――」

「あ~~~~~~~~っ! 分かった! もしかして、好きな人できた? ねっ、そうでしょ!?」

 珠莉の弁解を遮り、さやかが大声でまくし立てる。珠莉はその勢いに押され、「……ええ」と小声で頷いた。

「ああ、やっぱりそうなんだ」

「愛美、何か知ってんの?」

 どうやら気づいていなかったのはさやかだけのようで、彼女は愛美に詰め寄った。

「うん、……多分。珠莉ちゃん、間違ってたらゴメンね。その好きな人って、もしかして治樹さん?」

「えっ、ウチのお兄ちゃん? まっさかぁ! そんなワケ……」

「……そうよ、愛美さん」

 その一言に、さやかが()(たけ)びを上げた。

「ええええええええ~~~~っ!?」

 愛美と珠莉は、思わずのけ反る。

「……もしかしてさやかちゃん、気づいてなかったの? わたしですら気づいてたのに」