「――それにしても、純也さんってよく分かんない人ですよね」
「え……? 何が?」
唐突に話が飛び、純也さんは面食らった。
「だって、ブラックカードでホイホイお買いものするような人が、ちゃんと小銭も持ち歩いてるんですもん。確か、交通系のICカードもスマホケースに入ってましたよね」
「見てたのか。――うん、今日も電車で来た。僕はできるだけ、〝人並みの生活〟をするようにしてるんだ」
「〝人並みの生活〟……?」
愛美は目を丸くした。〝人並み以上の生活〟ができている人が、何を言っているんだろう?
「うーんと、僕の言う〝人並みの生活〟っていうのはね、世間一般の常識からズレない生活ってこと。コンビニで買いものしたり、自炊したり、公共の交通機関を利用したり。車の運転もそう。――金持ちだからって、世間知らずだと思われたくないんだ。特にウチの一族は、一般の常識からはズレた考え持ってる連中の集まりだからね」
「……そこまでサラッとディスっちゃうんですね。自分のお家のこと」
愛美も心配になるくらい、純也さんは辛辣だった。自分があの一族に生まれ育ったことがイヤでイヤで仕方がないんだろう。
「だって、事実だからさ。……あっ、ココだけの話だからね? 珠莉には言わないでほしいんだけど」
「分かってます。わたし、口は堅いから大丈夫です」
「よかった」
彼も一応は、言ってしまったことを少なからず悔やんでいるらしい。愛美が「口が堅い」と聞いて、ホッとしたようだ。
(口が堅いっていえば、珠莉ちゃんもだ)
彼女は絶対に、愛美に対して何か隠していることがある。でも、いつまで経っても打ち明けてはくれないのだ。――ことの発端は、約一ヶ月前に純也さんが寮を訪れたあの日。
「――ところで純也さん。先月寮に遊びに来られた時、帰り際に珠莉ちゃんと二人で何話してたんですか?」
「ん?」
とぼけようとしている純也さんに、愛美は畳みかける。
「純也さん、わたしに何か隠してますよね?」
「……ブッ!」
ズバリ問いただすと、純也さんは動揺したのか飲んでいたカフェオレを噴き出しそうになった。
「あ、図星だ」
「ゴホッ、ゴホッ……。いや、違うんだ。……確かに、大人になったら色々と秘密は増える。愛美ちゃんに隠してることも、あるといえばある……かな」
むせてしまった純也さんは必死に咳を止めると、それでも動揺を隠そうと弁解する。
「何ですか? 隠してることって」
「愛美ちゃんのこと、可愛いって思ってること……とか」
「え…………。わたしが? 冗談でしょ?」
さっきまでの動揺はどこへやら、今度はサラッとキザなことを言ってのける純也さん。愛美は顔から火を噴きそうになるよりも、困惑した。
(やっぱりこの人、よく分かんないや)
「いや、冗談なんかじゃないよ。僕は冗談でこんなこと言わない」
「あー…………、ハイ」
どうやら本心から出た言葉らしいと分かって、愛美は嬉しいやらむず痒いやらで、俯いてしまう。
(コレって喜んでいいんだよね……?)
生まれてこのかた、男性からこんなことを言われたことがあまりないので(治樹さんにも言われたけれど、彼はチャラいので別として)、愛美はこれをどう捉えていいのか分からない。
「……純也さんって、女性不信なんですよね? 珠莉ちゃんから聞いたことあるんですけど」
「珠莉が? ……うん、まあ。〝不信〟とまではいかないけど、あんまり信用してはいないかな」
「どうして? ――あ、答えたくなかったらいいです。ゴメンなさい」
あまり楽しい話題ではないし、純也さんの事情にあまり踏み込んではいけない。だから、本人が答えたくないなら愛美は知る必要もなかったのだけれど。
「う~~ん、どう言ったらいいかな……。昔から、僕は打算で近づいてくる女性としか付き合ったことがないんだ。『僕と結婚したら、辺唐院一族の一員になれる』って計算があったり、財産が目当てだったり。言ってる意味分かる?」
「なんとなくは。つまり、本気で好きになってもらったことがないってことですよね」
「うん、そういうこと。大人になってからは特にひどい」
(純也さん、かわいそう……)
愛美は思わず、彼に同情した。そんな恋愛ばかり経験してきたら、女性と知り合うたびに「この女もどうせ打算なんだろう」と穿った見方しかできなくなるのも当然だ。それくらいのこと、恋愛未経験者の愛美にも分かる。
「でも愛美ちゃんは、僕が今まで出会ったどんな女性とも違った」
「えっ?」
愛美が不思議そうに瞬くと、純也さんは嬉しそうに続けた。
「君には打算なんてひと欠片もないし、逆に『生まれ育った環境なんてどうでもいい』って感じだよね。君は純粋でまっすぐで、僕のことを〝資産家一族の御曹司〟じゃなく、〝辺唐院純也〟っていう一人の人間としていつも見てくれてる。そういう女の子に、今まで出会ったことなかったから嬉しいんだ」
「純也さん……」
愛美は人として当然のことをしているつもりなのに。今まで偏見やイジメに苦しめられてきたからこそ、自分は絶対にそういう人間にはなるまいと心がけてきただけだ。
でも――、純也さんは愛美のそんな心がけを〝嬉しい〟と言ってくれた。
「愛美ちゃん、ありがとう。僕は君に出会えてよかったと思ってるよ」
「いえいえ、そんな」
彼のこの言葉は、受け取り方によっては告白とも解釈できるのだけれど。恋愛初心者の愛美には、そんなこと分かるはずもなかった。
「――あ、そうだ。連絡先、交換しようか」
「え……、いいんですか?」
自分からは、とてもそんなことを言い出す勇気がでなかったので、愛美の声は思いがけず弾んでしまう。
「え……? 何が?」
唐突に話が飛び、純也さんは面食らった。
「だって、ブラックカードでホイホイお買いものするような人が、ちゃんと小銭も持ち歩いてるんですもん。確か、交通系のICカードもスマホケースに入ってましたよね」
「見てたのか。――うん、今日も電車で来た。僕はできるだけ、〝人並みの生活〟をするようにしてるんだ」
「〝人並みの生活〟……?」
愛美は目を丸くした。〝人並み以上の生活〟ができている人が、何を言っているんだろう?
「うーんと、僕の言う〝人並みの生活〟っていうのはね、世間一般の常識からズレない生活ってこと。コンビニで買いものしたり、自炊したり、公共の交通機関を利用したり。車の運転もそう。――金持ちだからって、世間知らずだと思われたくないんだ。特にウチの一族は、一般の常識からはズレた考え持ってる連中の集まりだからね」
「……そこまでサラッとディスっちゃうんですね。自分のお家のこと」
愛美も心配になるくらい、純也さんは辛辣だった。自分があの一族に生まれ育ったことがイヤでイヤで仕方がないんだろう。
「だって、事実だからさ。……あっ、ココだけの話だからね? 珠莉には言わないでほしいんだけど」
「分かってます。わたし、口は堅いから大丈夫です」
「よかった」
彼も一応は、言ってしまったことを少なからず悔やんでいるらしい。愛美が「口が堅い」と聞いて、ホッとしたようだ。
(口が堅いっていえば、珠莉ちゃんもだ)
彼女は絶対に、愛美に対して何か隠していることがある。でも、いつまで経っても打ち明けてはくれないのだ。――ことの発端は、約一ヶ月前に純也さんが寮を訪れたあの日。
「――ところで純也さん。先月寮に遊びに来られた時、帰り際に珠莉ちゃんと二人で何話してたんですか?」
「ん?」
とぼけようとしている純也さんに、愛美は畳みかける。
「純也さん、わたしに何か隠してますよね?」
「……ブッ!」
ズバリ問いただすと、純也さんは動揺したのか飲んでいたカフェオレを噴き出しそうになった。
「あ、図星だ」
「ゴホッ、ゴホッ……。いや、違うんだ。……確かに、大人になったら色々と秘密は増える。愛美ちゃんに隠してることも、あるといえばある……かな」
むせてしまった純也さんは必死に咳を止めると、それでも動揺を隠そうと弁解する。
「何ですか? 隠してることって」
「愛美ちゃんのこと、可愛いって思ってること……とか」
「え…………。わたしが? 冗談でしょ?」
さっきまでの動揺はどこへやら、今度はサラッとキザなことを言ってのける純也さん。愛美は顔から火を噴きそうになるよりも、困惑した。
(やっぱりこの人、よく分かんないや)
「いや、冗談なんかじゃないよ。僕は冗談でこんなこと言わない」
「あー…………、ハイ」
どうやら本心から出た言葉らしいと分かって、愛美は嬉しいやらむず痒いやらで、俯いてしまう。
(コレって喜んでいいんだよね……?)
生まれてこのかた、男性からこんなことを言われたことがあまりないので(治樹さんにも言われたけれど、彼はチャラいので別として)、愛美はこれをどう捉えていいのか分からない。
「……純也さんって、女性不信なんですよね? 珠莉ちゃんから聞いたことあるんですけど」
「珠莉が? ……うん、まあ。〝不信〟とまではいかないけど、あんまり信用してはいないかな」
「どうして? ――あ、答えたくなかったらいいです。ゴメンなさい」
あまり楽しい話題ではないし、純也さんの事情にあまり踏み込んではいけない。だから、本人が答えたくないなら愛美は知る必要もなかったのだけれど。
「う~~ん、どう言ったらいいかな……。昔から、僕は打算で近づいてくる女性としか付き合ったことがないんだ。『僕と結婚したら、辺唐院一族の一員になれる』って計算があったり、財産が目当てだったり。言ってる意味分かる?」
「なんとなくは。つまり、本気で好きになってもらったことがないってことですよね」
「うん、そういうこと。大人になってからは特にひどい」
(純也さん、かわいそう……)
愛美は思わず、彼に同情した。そんな恋愛ばかり経験してきたら、女性と知り合うたびに「この女もどうせ打算なんだろう」と穿った見方しかできなくなるのも当然だ。それくらいのこと、恋愛未経験者の愛美にも分かる。
「でも愛美ちゃんは、僕が今まで出会ったどんな女性とも違った」
「えっ?」
愛美が不思議そうに瞬くと、純也さんは嬉しそうに続けた。
「君には打算なんてひと欠片もないし、逆に『生まれ育った環境なんてどうでもいい』って感じだよね。君は純粋でまっすぐで、僕のことを〝資産家一族の御曹司〟じゃなく、〝辺唐院純也〟っていう一人の人間としていつも見てくれてる。そういう女の子に、今まで出会ったことなかったから嬉しいんだ」
「純也さん……」
愛美は人として当然のことをしているつもりなのに。今まで偏見やイジメに苦しめられてきたからこそ、自分は絶対にそういう人間にはなるまいと心がけてきただけだ。
でも――、純也さんは愛美のそんな心がけを〝嬉しい〟と言ってくれた。
「愛美ちゃん、ありがとう。僕は君に出会えてよかったと思ってるよ」
「いえいえ、そんな」
彼のこの言葉は、受け取り方によっては告白とも解釈できるのだけれど。恋愛初心者の愛美には、そんなこと分かるはずもなかった。
「――あ、そうだ。連絡先、交換しようか」
「え……、いいんですか?」
自分からは、とてもそんなことを言い出す勇気がでなかったので、愛美の声は思いがけず弾んでしまう。



