街中で牧村兄妹の漫才が始まりかけたけれど、そこで終了の合図よろしく純也さんの咳払いが聞こえてきた。
「……取り込み中、申し訳ないんだけど。もうすぐ開演時刻だし、そろそろ行こうか」
「……あ、はーい……。とにかく! お兄ちゃん、もう愛美にちょっかい出さないでよねっ! 珠莉、愛美、行こっ」
「うん。治樹さん、じゃあまた」
「またね~、愛美ちゃん」
「治樹さん、またどこかでお会いしましょうね」
兄に対して冷たいさやか、あくまで礼儀正しい愛美、なぜか治樹さんに対して愛想のいい珠莉の三人娘は、純也さんに連れられてミュージカルが上演される劇場まで歩いて行った。
* * * *
「――ゴメンねー、愛美。お兄ちゃん、まだ愛美のこと引きずってるみたいで……。みっともないよねー」
劇場のロビーで純也さんが受付を済ませている間に、さやかが愛美に謝った。
珠莉は受付カウンター横の売店で飲み物を買っているらしい。――ついでに気を利かせて、愛美たちの分も買ってきてくれるといいんだけれど。
「ううん、いいよ。わたしも、あんなフり方して申し訳ないなって思ってたの。あんなにいい人なのに」
「愛美……」
「もちろん、わたしが好きなのは純也さん一人だけだよ。治樹さんは、わたしにとってはお兄ちゃんみたいなものかな」
純也さんは幸い離れたところにいるので、聞こえる心配はないだろうけれど。愛美はさやかだけに聞こえる小さな声で言った。
「……そっかぁ。コレでお兄ちゃんが、キッパリ愛美のこと諦めてくれたらいいんだけどねー」
「うん……。――あ、戻ってきた」
愛美とさやかが顔を上げると、純也さんと珠莉が二人揃って戻ってきた。珠莉は自分の分だけではなく、ちゃんと人数分の飲み物を持って。
「お待たせ! もう中に入れるけど、どうする?」
「叔父さま、コレ飲んでからでも遅くないんじゃありません? ――はい、どうぞ。全部オレンジジュースにしましたけど」
「サンキュ。アンタもたまには気が利くじゃん?」
「ありがと、珠莉ちゃん」
「どういたしまして。ちょっと、さやかさん? 〝たまには〟ってどういうことですの?」
「まあまあ、珠莉。落ち着けって」
さやかに食ってかかった姪を、純也さんはなだめた。
――四人で仲良くオレンジジュースを飲みほした後、お目当ての演目が上演されるシアターに入り、座席に座った。
「この作品は、過去に何回も再演されてる人気作でね。なかなかチケットが買えないことでも有名なんだ」
「まさか純也さん、お金にもの言わせてチケット手に入れたんじゃ……?」
「さやかちゃん! 純也さんはそんなことする人じゃないよ。そういうこと、一番嫌う人なんだから。ね、純也さん?」
お金持ち特権を濫用したんじゃないかと言うさやかを、愛美が小さな声でたしなめた。
「もちろん、そんなことするワケないさ。ちゃんと正規のルートで買ったともさ」
「ええ。叔父さまはウソがつけない人だもの、信じていいと思いますわ」
「……分かった。姪のアンタがそう言うんなら」
ブーツ ……。
「――あ、始まるよ」
愛美は初めて観るミュージカルにワクワクした。舞台上で繰り広げられるお芝居、歌、音楽。そして、キラキラした舞台装置……。
カーテンコールの時にはもう感動して、笑顔で大きな拍手を送っていた――。
* * * *
「――さっきの舞台、スゴかったねー」
終演後、劇場の外に出た愛美は、一緒に歩いていたさやかとミュージカル鑑賞の感想を話していた。
珠莉はと言うと、愛美たちに聞こえないくらいのヒソヒソ声で、何やら叔父の純也さんと打ち合わせ中の様子。
「うん。あたし、あの作品の原作読んだことあるけど、ああいう解釈もあるんだなぁって思った。やっぱり、ナマの演技は迫力違うよね」
「原作あるんだ? わたし、読んだことないなぁ。この後買って帰ろうかな」
今日の舞台の原作は、偶然にも愛美が好きな作家の書いた長編小説らしい。――もしかしたら、純也さんはそれが理由でこの舞台に誘ったのかもしれない。
(……なんてね。そう考えるのはちょっと都合よすぎかな)
「――さて、お買いものタイムと参りましょうか」
いつの間にか、純也さんたちも二人に追いついていて、珠莉がやたら張り切って声を上げた。
お買いものといえば、毎回テンションが変わるのが彼女なのだ。お金に不自由していないせいか、根っからのショッピング狂のようである。
「ハイハ~イ☆ とりあえず、古着屋さん回ってみる?」
とはいえ、さやかもショッピングはキライじゃないので、愛美が気後れしない提案をしてくれた。
「うん! わたしもそろそろ、夏物の洋服とか靴が見たかったんだ。いいのが見つかるといいな」
古着店なら、たとえ流行遅れでもいいものが安く買える可能性が高い。愛美は流行とかは気にしない性質なので、それくらいでちょうどいいのだ。
「じゃあみなさん、参りますわよ!」
「おいおい。まさか珠莉、俺を荷物持ちでこき使うつもりじゃないだろうな?」
姪のあまりの張り切りように、この中で唯一の男性である純也さんがげんなりして訊ねる。
「あら、私がそんなこと、叔父さまにさせると思って? ――ちょっとお耳を拝借します」
珠莉が叔父に歩み寄り、何やらゴショゴショと耳打ちし始めた。純也さんも「うん、うん」としきりに頷いている。
「……取り込み中、申し訳ないんだけど。もうすぐ開演時刻だし、そろそろ行こうか」
「……あ、はーい……。とにかく! お兄ちゃん、もう愛美にちょっかい出さないでよねっ! 珠莉、愛美、行こっ」
「うん。治樹さん、じゃあまた」
「またね~、愛美ちゃん」
「治樹さん、またどこかでお会いしましょうね」
兄に対して冷たいさやか、あくまで礼儀正しい愛美、なぜか治樹さんに対して愛想のいい珠莉の三人娘は、純也さんに連れられてミュージカルが上演される劇場まで歩いて行った。
* * * *
「――ゴメンねー、愛美。お兄ちゃん、まだ愛美のこと引きずってるみたいで……。みっともないよねー」
劇場のロビーで純也さんが受付を済ませている間に、さやかが愛美に謝った。
珠莉は受付カウンター横の売店で飲み物を買っているらしい。――ついでに気を利かせて、愛美たちの分も買ってきてくれるといいんだけれど。
「ううん、いいよ。わたしも、あんなフり方して申し訳ないなって思ってたの。あんなにいい人なのに」
「愛美……」
「もちろん、わたしが好きなのは純也さん一人だけだよ。治樹さんは、わたしにとってはお兄ちゃんみたいなものかな」
純也さんは幸い離れたところにいるので、聞こえる心配はないだろうけれど。愛美はさやかだけに聞こえる小さな声で言った。
「……そっかぁ。コレでお兄ちゃんが、キッパリ愛美のこと諦めてくれたらいいんだけどねー」
「うん……。――あ、戻ってきた」
愛美とさやかが顔を上げると、純也さんと珠莉が二人揃って戻ってきた。珠莉は自分の分だけではなく、ちゃんと人数分の飲み物を持って。
「お待たせ! もう中に入れるけど、どうする?」
「叔父さま、コレ飲んでからでも遅くないんじゃありません? ――はい、どうぞ。全部オレンジジュースにしましたけど」
「サンキュ。アンタもたまには気が利くじゃん?」
「ありがと、珠莉ちゃん」
「どういたしまして。ちょっと、さやかさん? 〝たまには〟ってどういうことですの?」
「まあまあ、珠莉。落ち着けって」
さやかに食ってかかった姪を、純也さんはなだめた。
――四人で仲良くオレンジジュースを飲みほした後、お目当ての演目が上演されるシアターに入り、座席に座った。
「この作品は、過去に何回も再演されてる人気作でね。なかなかチケットが買えないことでも有名なんだ」
「まさか純也さん、お金にもの言わせてチケット手に入れたんじゃ……?」
「さやかちゃん! 純也さんはそんなことする人じゃないよ。そういうこと、一番嫌う人なんだから。ね、純也さん?」
お金持ち特権を濫用したんじゃないかと言うさやかを、愛美が小さな声でたしなめた。
「もちろん、そんなことするワケないさ。ちゃんと正規のルートで買ったともさ」
「ええ。叔父さまはウソがつけない人だもの、信じていいと思いますわ」
「……分かった。姪のアンタがそう言うんなら」
ブーツ ……。
「――あ、始まるよ」
愛美は初めて観るミュージカルにワクワクした。舞台上で繰り広げられるお芝居、歌、音楽。そして、キラキラした舞台装置……。
カーテンコールの時にはもう感動して、笑顔で大きな拍手を送っていた――。
* * * *
「――さっきの舞台、スゴかったねー」
終演後、劇場の外に出た愛美は、一緒に歩いていたさやかとミュージカル鑑賞の感想を話していた。
珠莉はと言うと、愛美たちに聞こえないくらいのヒソヒソ声で、何やら叔父の純也さんと打ち合わせ中の様子。
「うん。あたし、あの作品の原作読んだことあるけど、ああいう解釈もあるんだなぁって思った。やっぱり、ナマの演技は迫力違うよね」
「原作あるんだ? わたし、読んだことないなぁ。この後買って帰ろうかな」
今日の舞台の原作は、偶然にも愛美が好きな作家の書いた長編小説らしい。――もしかしたら、純也さんはそれが理由でこの舞台に誘ったのかもしれない。
(……なんてね。そう考えるのはちょっと都合よすぎかな)
「――さて、お買いものタイムと参りましょうか」
いつの間にか、純也さんたちも二人に追いついていて、珠莉がやたら張り切って声を上げた。
お買いものといえば、毎回テンションが変わるのが彼女なのだ。お金に不自由していないせいか、根っからのショッピング狂のようである。
「ハイハ~イ☆ とりあえず、古着屋さん回ってみる?」
とはいえ、さやかもショッピングはキライじゃないので、愛美が気後れしない提案をしてくれた。
「うん! わたしもそろそろ、夏物の洋服とか靴が見たかったんだ。いいのが見つかるといいな」
古着店なら、たとえ流行遅れでもいいものが安く買える可能性が高い。愛美は流行とかは気にしない性質なので、それくらいでちょうどいいのだ。
「じゃあみなさん、参りますわよ!」
「おいおい。まさか珠莉、俺を荷物持ちでこき使うつもりじゃないだろうな?」
姪のあまりの張り切りように、この中で唯一の男性である純也さんがげんなりして訊ねる。
「あら、私がそんなこと、叔父さまにさせると思って? ――ちょっとお耳を拝借します」
珠莉が叔父に歩み寄り、何やらゴショゴショと耳打ちし始めた。純也さんも「うん、うん」としきりに頷いている。



