拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

「でも、ウチの親族は僕の考えを理解してくれないんだ。『そんなこと、バカらしい』って言われるんだよ。僕に言わせれば、他の連中の方がおかしいんだけどね」

「はあ……。きっと感覚がマヒしてるんでしょうね。お金があるのが当然みたいに。――あっ、珠莉ちゃんは違うよね?」

 愛美は慌ててフォローした。珠莉も最初はそういう子だと思っていたけれど、今は違う。本当はただの淋しがりやで、思いやりもあって、ただ素直じゃないだけだと分かっているから。

「お気遣いどうも、愛美さん。私も前はそうでしたわ。でもね、あなたやさやかさんとお友達になって、ちょっと価値観が変わったの」

「確かに、珠莉は昔会った時より人間が丸くなったな。こんないい友達に恵まれて、君は幸せものだと思うよ」

 純也さんは、姪の珠莉にそんな言葉をかける。さすがは親戚だけあって、彼女の幼い頃のことをよく知っているのだ。

「そういえば純也さん、一年前にお話した時は珠莉ちゃんのこと『苦手だ』っておっしゃってましたっけ」

「愛美ちゃん……。そのことはもう忘れてくれないかな」

 純也さんが、「余計なこと言うな」とばかりに愛美に懇願した。さすがに本人の目の前では言いたくなかったらしい。

「えっ、そうだったんですの?」

 と、珠莉が今更ながら驚けば。

「アンタさぁ、叔父さん困らせるようなこと、さんざんやってたんじゃないの? そりゃ迷惑がられるわ」

 と、さやかが彼女を茶化す。これは珠莉の図星だったらしく、珠莉はぐうの音も出なかった。


   * * * *


 ――楽しいひと時はあっという間に過ぎ、ケーキも紅茶もすっかりなくなった頃。

「愛美ちゃん、さやかちゃん、珠莉。僕はそろそろ失礼するよ」

 腕時計にチラッと目を遣った純也さんが、席を立った。

「えっ? ――わ、もうこんな時間!?」

 愛美も自分のスマホで時間を確かめると、もう夕方の五時前だ。
 純也さんが訪ねてきたのが三時半ごろだったので、かれこれ一時間半もこの部屋にいたことになる。

「じゃあ、三人で下までお見送りします」

 愛美たちは制服のまま、純也さんと一緒に寮の玄関まで降りていった。

「今日はありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそ、色々話を聞いて頂いてありがとうございました。お気をつけて」

「うん。――愛美ちゃん、小説頑張ってね。いつか僕にも読ませてほしいな」

「あ……、はいっ!」

 愛美は満面の笑みで頷いた。
 
(やっぱりわたし、この人が好き。大好き!)

 会うたびに、声を聞くたびに、愛美の中で彼への想いはどんどん大きくなっていく。こんな気持ちは生まれて初めてだった。
 彼が十三歳も年下の、それもまだ高校生の自分をどう思っているのかはまだ分からない。でも、これが恋なんだと初めて知った一年前とは違って、もう不安はない。不思議だけれど、自分に自信がついた気がする。

 ――が、そんな愛美とはうらはらに、珠莉はなぜか(けわ)しい表情をしていた。

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「ちょっとお待ち下さい、叔父さま! ――お話があります。ちょっと来て頂けます?」

「…………え? 珠莉? 話って――」

「いいから来て下さい!」

 困惑する叔父の腕を、珠莉は有無(うむ)を言わせない態度でグイッとつかんだ。

「どうしたんだろ? 珠莉ちゃん、なんか怒ってる?」

「……だね。あたしたち、片付けもあるし先に戻ってよっか。――珠莉ー! 先に部屋に行ってるからー!」

 さやかは珠莉の返事を待たずに、愛美を促してエレベーターに向かう。愛美は珠莉と純也さんとの話の内容が気になって仕方がなかった。


   * * * *


「――さやかちゃん。珠莉ちゃん、純也さんとどんな話してるんだろうね? わたし、珠莉ちゃんのあんな剣幕(けんまく)初めて見たよ」

 先にさやかと二人、三階の部屋に戻ってきていた愛美は、私服に着替えながらさやかに話しかけた。

「さあ? でも、あたしたちに聞かれちゃ困る話だってことは間違いないよね。内々で何かあるんじゃない?」

 親戚同士には、他人が踏み込んではいけない問題もあるのかもしれない。たとえそれが親友であったとしても。

「多分、訊いても珠莉も教えてくんないと思うよ。――愛美、洗い物するから、テーブルの上の食器、キッチンまで持って来て」

「うん、分かった」

 愛美はお盆をうまく利用して、お皿・フォーク・ティーカップと受け皿(ソーサー)・ティーポットをキッチンまで運んだ。

「それだけの量、一人じゃ大変でしょ? わたしも手伝うよ」

「サンキュ。じゃあ、洗い終わった分を食器カゴに置いてくから、拭いて食器棚にしまってってくれる?」

 ――二人が手分けして片付けをしている間に、珠莉がひょっこり帰ってきた。
 純也をつかまえてひっぱっていった時の剣幕はどこへやら、何だか上機嫌だ。何があったんだろう?

「……あ、おかえり、珠莉ちゃん」

「ただいま戻りました。あら、お二人で片付けして下さってたの? ありがとう」

「いや、別にいいけど。アンタが素直なんて気持ち悪っ! 何かあったの?」

「さやかちゃん……」

 親友に面と向かって「気持ち悪い」と言ってのけるさやかに、愛美は絶句した。

(それ、思ってても口に出しちゃダメだって)

 そう思っているのは愛美も同じだけれど、間違っても口に出して言ったりはしない。施設で育ったせいなのか、場の空気を読みすぎるくらい読んでしまうのだ。

「叔父さま、無事にお帰りになったわ。それにしても、あんなに上機嫌な叔父さま、初めて見ました。いつもはあんな風じゃないのよ」

「えっ、そうなの?」

 愛美はものすごくビックリした。だって、一年前にこの学校に来た時だって、彼はあんなにニコニコして上機嫌だったのだ。逆に、機嫌の悪い彼なんて想像がつかないくらいに。

「それってやっぱ、アンタがウザいからじゃん? 違うの?」

「失礼ね!」

 またしても茶々を入れるさやかに、珠莉がムッとした。――ここで怒るのは、図星だからじゃないかと愛美はこっそり思う。