「――ねえ愛美、純也さんに言うことあったんじゃない? ほら、小説の」
「あ、そっか」
愛美が純也さんの子供時代をモデルにして小説を書いたことを、彼はまだ知らないはずだ。珠莉から聞いているなら話は別だけれど、それでも本人の口から伝えるに越したことはない。それが誠意というものだ。
さやかに助け船を出され、愛美は思いきって純也さんに打ち明けた。
「あのね、純也さん。実はわたし、子供の頃の純也さんをモデルにして、短編小説を書いたんです。で、それを学校の文芸部主催のコンテストに出したの」
「僕をモデルに、小説を?」
「はい。……あの、気を悪くされたならすみません」
「いや、別にそんなことはないよ。気にしないで」
純也さんは、こんなことで怒るような人じゃない。それは愛美にも分かっているけれど、本人に無断でモデルにしたことは事実だ。それは褒められたことじゃないと思う。
「そうですか? よかった。――で、その小説がなんと、大賞を取っちゃったんです」
「へえ、大賞? スゴいじゃないか。おめでとう」
純也さんは目を大きく見開いたあと、愛美に「おめでとう」を言ってくれた。
〝あしながおじさん〟からはとうとう言ってもらえなかった言葉。でも、純也さんに言ってもらえたので、もうそんなことはどうでもいいように愛美には感じられた。
「ありがとうございます。――援助して下さってるおじさまにも手紙でお知らせしたんですけど、何も言って下さらなくて。わたし、ちょっとヘコんでたんです。でも、純也さんに言ってもらえたからそれで満足です」
「そうなんだ……。まあ、彼もどう伝えていいか分からなかったんだろうね。女の子が苦手みたいだし」
「え……?」
(どうしてこの人が、そのこと知ってるの……?)
愛美は純也さんをじっと見つめる。――一年前に、〝あしながおじさん〟のことは話したと思うけれど。そのことはまだ話していないはずなのに。
「ええ、まあ、そうらしいんですけど。どうして純也さん、そのことご存じなんですか? わたし、まだお話ししてませんよね?」
回りくどいのはキライな性分の愛美は、正面から疑問をぶつけてみた。
「それはね……。実は僕と彼は、同じNPO法人で活動してるんだよ」
「NPO法人?」
オウム返しにする愛美をよそに、珠莉が何やら怪訝そうな視線を向けているけれど。愛美はそれには気づかない。
「うん。全国の児童養護施設とか、母子シェルターとかを援助してる団体でね。彼もある施設に多額の援助をしてるって言ってた。でも、まさかそこが愛美ちゃんのいた施設だったなんてね。初めて知った時は驚いたよ。世間って狭いんだなーって」
「そうだったんですか……」
愛美は妙に納得してしまった。
同じような年代で、同じ志を持つ二人の資産家が同じ団体で活動。偶然が重なりすぎているような気もするけれど、まあそういうこともあるだろう。
ちなみに、〝母子シェルター〟というのはDVの脅威から母と子を保護するための施設である。
「じゃあ、純也さんも施設に寄付とかなさってるんですか?」
「うん、まあ……。彼ほどじゃないけどね」
「何をおっしゃいますの? 叔父さまだって四年くらい前から、私財をなげうってあちこ多額の寄付をなさってるじゃございませんか」
謙遜する純也さんに、珠莉がなぜかつっかかった。
「いいんだ、珠莉。ここは対抗意識燃やすところじゃないから。使いきれないほど財産があるなら、世の中のためになることに使う。これは当たり前のことだ」
「「……?」」
二人だけが何だか次元の違う話をしていて、愛美とさやかは顔を見合わせた。
「――ああ、ゴメン! 話が脱線しちゃったね」
「いえいえ、大丈夫です。あたしたちの方が、話について行けなかっただけですから」
さやかが手をブンブン振って否定する。お金持ち同士の会話に入っていけないのは、愛美も同じだった。
「でも、純也さんの考え方って立派だと思います。わたしもそういう人たちのおかげで、今日まで生きてこられたようなもんですから」
まさに今この瞬間も、その恩恵にあずかっているのは愛美自身なのだ。
「そうだね。世の中には、国とか僕が参加してるNPO法人みたいなところの援助がないと生活できない人がまだまだいる。愛美ちゃんみたいにご両親のいない子供たちとか、生活保護を受給してる人たちもそうだね。僕たちは恵まれてることを、当たり前だと思っちゃいけないんだ。世の中に〝当たり前〟のことなんてないんだから」
純也さんの言っていることの意味が、愛美には一番よく分かるかもしれない。
この学校に入ってから、他の子たちが「当たり前だ」と思っていること一つ一つに、愛美はいつも感謝している。
高校で勉強できること、三食きっちり美味しいゴハンが食べられること、お小遣いをもらって欲しいものが買えること――。
もちろん、小説が書けることもそうだ。〝あしながおじさん〟が援助を申し出てくれなかったら、愛美は夢を諦めなければならないところだった。
高校へも行かずに小説家になることは、不可能ではないけれどとても高いハードルを越える必要があるから。
「あ、そっか」
愛美が純也さんの子供時代をモデルにして小説を書いたことを、彼はまだ知らないはずだ。珠莉から聞いているなら話は別だけれど、それでも本人の口から伝えるに越したことはない。それが誠意というものだ。
さやかに助け船を出され、愛美は思いきって純也さんに打ち明けた。
「あのね、純也さん。実はわたし、子供の頃の純也さんをモデルにして、短編小説を書いたんです。で、それを学校の文芸部主催のコンテストに出したの」
「僕をモデルに、小説を?」
「はい。……あの、気を悪くされたならすみません」
「いや、別にそんなことはないよ。気にしないで」
純也さんは、こんなことで怒るような人じゃない。それは愛美にも分かっているけれど、本人に無断でモデルにしたことは事実だ。それは褒められたことじゃないと思う。
「そうですか? よかった。――で、その小説がなんと、大賞を取っちゃったんです」
「へえ、大賞? スゴいじゃないか。おめでとう」
純也さんは目を大きく見開いたあと、愛美に「おめでとう」を言ってくれた。
〝あしながおじさん〟からはとうとう言ってもらえなかった言葉。でも、純也さんに言ってもらえたので、もうそんなことはどうでもいいように愛美には感じられた。
「ありがとうございます。――援助して下さってるおじさまにも手紙でお知らせしたんですけど、何も言って下さらなくて。わたし、ちょっとヘコんでたんです。でも、純也さんに言ってもらえたからそれで満足です」
「そうなんだ……。まあ、彼もどう伝えていいか分からなかったんだろうね。女の子が苦手みたいだし」
「え……?」
(どうしてこの人が、そのこと知ってるの……?)
愛美は純也さんをじっと見つめる。――一年前に、〝あしながおじさん〟のことは話したと思うけれど。そのことはまだ話していないはずなのに。
「ええ、まあ、そうらしいんですけど。どうして純也さん、そのことご存じなんですか? わたし、まだお話ししてませんよね?」
回りくどいのはキライな性分の愛美は、正面から疑問をぶつけてみた。
「それはね……。実は僕と彼は、同じNPO法人で活動してるんだよ」
「NPO法人?」
オウム返しにする愛美をよそに、珠莉が何やら怪訝そうな視線を向けているけれど。愛美はそれには気づかない。
「うん。全国の児童養護施設とか、母子シェルターとかを援助してる団体でね。彼もある施設に多額の援助をしてるって言ってた。でも、まさかそこが愛美ちゃんのいた施設だったなんてね。初めて知った時は驚いたよ。世間って狭いんだなーって」
「そうだったんですか……」
愛美は妙に納得してしまった。
同じような年代で、同じ志を持つ二人の資産家が同じ団体で活動。偶然が重なりすぎているような気もするけれど、まあそういうこともあるだろう。
ちなみに、〝母子シェルター〟というのはDVの脅威から母と子を保護するための施設である。
「じゃあ、純也さんも施設に寄付とかなさってるんですか?」
「うん、まあ……。彼ほどじゃないけどね」
「何をおっしゃいますの? 叔父さまだって四年くらい前から、私財をなげうってあちこ多額の寄付をなさってるじゃございませんか」
謙遜する純也さんに、珠莉がなぜかつっかかった。
「いいんだ、珠莉。ここは対抗意識燃やすところじゃないから。使いきれないほど財産があるなら、世の中のためになることに使う。これは当たり前のことだ」
「「……?」」
二人だけが何だか次元の違う話をしていて、愛美とさやかは顔を見合わせた。
「――ああ、ゴメン! 話が脱線しちゃったね」
「いえいえ、大丈夫です。あたしたちの方が、話について行けなかっただけですから」
さやかが手をブンブン振って否定する。お金持ち同士の会話に入っていけないのは、愛美も同じだった。
「でも、純也さんの考え方って立派だと思います。わたしもそういう人たちのおかげで、今日まで生きてこられたようなもんですから」
まさに今この瞬間も、その恩恵にあずかっているのは愛美自身なのだ。
「そうだね。世の中には、国とか僕が参加してるNPO法人みたいなところの援助がないと生活できない人がまだまだいる。愛美ちゃんみたいにご両親のいない子供たちとか、生活保護を受給してる人たちもそうだね。僕たちは恵まれてることを、当たり前だと思っちゃいけないんだ。世の中に〝当たり前〟のことなんてないんだから」
純也さんの言っていることの意味が、愛美には一番よく分かるかもしれない。
この学校に入ってから、他の子たちが「当たり前だ」と思っていること一つ一つに、愛美はいつも感謝している。
高校で勉強できること、三食きっちり美味しいゴハンが食べられること、お小遣いをもらって欲しいものが買えること――。
もちろん、小説が書けることもそうだ。〝あしながおじさん〟が援助を申し出てくれなかったら、愛美は夢を諦めなければならないところだった。
高校へも行かずに小説家になることは、不可能ではないけれどとても高いハードルを越える必要があるから。



