「――ところで叔父さま、その箱は?」
珠莉が目ざとく、叔父の手にしているケーキの箱のようなものを指さして訊ねた。
「ああ、コレか? 差し入れに、横浜駅の駅前のパティスリーで買ってきたチョコレートケーキだよ。ちょうどいい。愛美ちゃんの全快祝いにもなるかな?」
純也がいうパティスリーは、ちょっと値の張るケーキやスイーツが売られているお店で、中にはカフェも併設されている。でも、高級店のイメージが強いので、女子高生にはなかなか入りづらいお店でもある。
……それはさておき。
「えっ、チョコレートケーキ!? ありがとうございますっ!」
チョコと聞いて、さやかが目を輝かせたのはいうまでもない。
「ねえ叔父さま、まだお時間あります? でしたら、私たちのお部屋で一緒にお茶にしません? そのケーキを頂きながら」
「うん、まあ……大丈夫だけど。愛美ちゃんはどうかな?」
「ああ、それいいねえ☆ ね、愛美?」
「ええっ!?」
純也さんとさやかの二人に畳みかけられた愛美は、返事に困ってしまう。
別にイヤではない。むしろ嬉しい。けれど、好きな人と何を話していいのか分からない。
……というか、さやかも珠莉も、面白がってけしかけているとしか思えない。のはおいておいて。
「…………ハイ。わたしも一緒にお茶したいです」
多分まだ真っ赤な顔をしたまま、愛美も頷いた。
「ホントにいいのかい? イヤならムリにとは言わないけど――」
「いえ、大丈夫です。イヤなんかじゃないです。むしろ……嬉しいです」
ちょっと食い気味に言って、愛美はやっと純也さんにはにかんで見せた。
「そっか……、よかった。でも、寮母さんからは何も言われないのかな?」
「大丈夫だと思いますよ。心の広い人ですから」
純也さんの疑問には、さやかが答えた。
「お帰りなさい。――あら。どうも」
今日も笑顔で三人を迎えた晴美さんは、純也さんの姿を認めて目を瞠った。
「こんにちは。その節はどうも。――これから、姪たちの部屋でお茶会をしたいんですが、構いませんか?」
一年前の五月に一度、純也さんと面識のある晴美さんは、彼の顔をうっとりと見ながら答えた。
「ええ、どうぞどうぞ。ごゆっくり」
「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて」
純也さんが晴美さんに会釈をしてから、四人は寮のエレベーターに乗って三〇一号室へ。そこが愛美たちの部屋である。
「――晴美さん、純也叔父さまに見とれてらしたわね」
「単なる目の肥やしじゃないの? イケメンは目の保養になるからさ」
(イケメン……)
エレベーターの中でさやかと珠莉のガールズトークを聞きながら、愛美は自分より四十センチも背の高い純也さんの横顔をおそるおそる見上げた。
ちょっと切れ長の目に、すっと整った鼻筋。シャープな輪郭。――なるほど、確かにイケメンだ。晴美さんがうっとり見とれてしまうのも分かる。きっと、他の女性もそうだろう。
(でも、わたしは彼を顔だけで好きになったんじゃないもん)
もちろん、彼がセレブの御曹司だからでもない。彼の内面にある優しさや穏やかさ、時々見せてくれる無邪気さに、愛美は惹かれたのだ。
「……? どうかした?」
あまりにも夢中になって見つめていたら、ふと視線が合ってしまった。
「あ……、いえ。何でもないです」
愛美ひとりが気まずくなって、ごまかしながら視線を落とした。
恋愛経験が皆無で、異性に免疫のない愛美は、まだ男性と目が合うことに慣れていないのだ。
純也さんはそれなりに女性との交際歴もあるようだから、これくらい何ともないだろうけれど……。
――エレベーターを降りてすぐ目の前が三〇一号室だ。
「さ、叔父さま。ここが私たちのお部屋ですわ」
珠莉が先頭になって叔父を勉強スペースに案内し、愛美たちはフローリングの上にスクールバッグを下ろした。
「――さて、紅茶を淹れる前にケーキを切り分けようか。この部屋に包丁かナイフはある?」
「あ、果物ナイフならありますよ。キッチンはこっちです」
「ありがとう。じゃあ、それを使わせてもらうかな」
純也さんは愛美に案内されて、勉強スペースの隅に設けられた小さなキッチンへ。
そこにあった果物ナイフを持って、テーブルの場所に戻ってきた。
「純也さん、お皿とフォーク出しときました」
「ああ、ありがとう。――えっと、君は……」
「自己紹介がまだでしたよね。あたし、珠莉とは二年連続でルームメイトになった牧村さやかっていいます」
「さやかちゃん、だね。よろしく。さっき、チョコレートケーキって聞いてすごく喜んでたね。チョコ好きなの?」
「え……、はい。見られてたんだ……」
純也さんに笑いながら訊かれたさやかは、愛美とは違って恥ずかしさに赤面しながら呟く。
恥ずかし過ぎて自らも笑い出した彼女につられて、キッチンでお茶の準備をしていた愛美も珠莉も笑い出し、室内は和やかな空気に包まれた。
「――さて、切り分けようか」
ジャケットを脱ぎ、ブルーのカラーシャツの袖をまくった純也さんが、ホールで買ってきたチョコレートケーキを八等分に切ってくれ、四枚のお皿に二切れずつ載せた。
珠莉が目ざとく、叔父の手にしているケーキの箱のようなものを指さして訊ねた。
「ああ、コレか? 差し入れに、横浜駅の駅前のパティスリーで買ってきたチョコレートケーキだよ。ちょうどいい。愛美ちゃんの全快祝いにもなるかな?」
純也がいうパティスリーは、ちょっと値の張るケーキやスイーツが売られているお店で、中にはカフェも併設されている。でも、高級店のイメージが強いので、女子高生にはなかなか入りづらいお店でもある。
……それはさておき。
「えっ、チョコレートケーキ!? ありがとうございますっ!」
チョコと聞いて、さやかが目を輝かせたのはいうまでもない。
「ねえ叔父さま、まだお時間あります? でしたら、私たちのお部屋で一緒にお茶にしません? そのケーキを頂きながら」
「うん、まあ……大丈夫だけど。愛美ちゃんはどうかな?」
「ああ、それいいねえ☆ ね、愛美?」
「ええっ!?」
純也さんとさやかの二人に畳みかけられた愛美は、返事に困ってしまう。
別にイヤではない。むしろ嬉しい。けれど、好きな人と何を話していいのか分からない。
……というか、さやかも珠莉も、面白がってけしかけているとしか思えない。のはおいておいて。
「…………ハイ。わたしも一緒にお茶したいです」
多分まだ真っ赤な顔をしたまま、愛美も頷いた。
「ホントにいいのかい? イヤならムリにとは言わないけど――」
「いえ、大丈夫です。イヤなんかじゃないです。むしろ……嬉しいです」
ちょっと食い気味に言って、愛美はやっと純也さんにはにかんで見せた。
「そっか……、よかった。でも、寮母さんからは何も言われないのかな?」
「大丈夫だと思いますよ。心の広い人ですから」
純也さんの疑問には、さやかが答えた。
「お帰りなさい。――あら。どうも」
今日も笑顔で三人を迎えた晴美さんは、純也さんの姿を認めて目を瞠った。
「こんにちは。その節はどうも。――これから、姪たちの部屋でお茶会をしたいんですが、構いませんか?」
一年前の五月に一度、純也さんと面識のある晴美さんは、彼の顔をうっとりと見ながら答えた。
「ええ、どうぞどうぞ。ごゆっくり」
「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて」
純也さんが晴美さんに会釈をしてから、四人は寮のエレベーターに乗って三〇一号室へ。そこが愛美たちの部屋である。
「――晴美さん、純也叔父さまに見とれてらしたわね」
「単なる目の肥やしじゃないの? イケメンは目の保養になるからさ」
(イケメン……)
エレベーターの中でさやかと珠莉のガールズトークを聞きながら、愛美は自分より四十センチも背の高い純也さんの横顔をおそるおそる見上げた。
ちょっと切れ長の目に、すっと整った鼻筋。シャープな輪郭。――なるほど、確かにイケメンだ。晴美さんがうっとり見とれてしまうのも分かる。きっと、他の女性もそうだろう。
(でも、わたしは彼を顔だけで好きになったんじゃないもん)
もちろん、彼がセレブの御曹司だからでもない。彼の内面にある優しさや穏やかさ、時々見せてくれる無邪気さに、愛美は惹かれたのだ。
「……? どうかした?」
あまりにも夢中になって見つめていたら、ふと視線が合ってしまった。
「あ……、いえ。何でもないです」
愛美ひとりが気まずくなって、ごまかしながら視線を落とした。
恋愛経験が皆無で、異性に免疫のない愛美は、まだ男性と目が合うことに慣れていないのだ。
純也さんはそれなりに女性との交際歴もあるようだから、これくらい何ともないだろうけれど……。
――エレベーターを降りてすぐ目の前が三〇一号室だ。
「さ、叔父さま。ここが私たちのお部屋ですわ」
珠莉が先頭になって叔父を勉強スペースに案内し、愛美たちはフローリングの上にスクールバッグを下ろした。
「――さて、紅茶を淹れる前にケーキを切り分けようか。この部屋に包丁かナイフはある?」
「あ、果物ナイフならありますよ。キッチンはこっちです」
「ありがとう。じゃあ、それを使わせてもらうかな」
純也さんは愛美に案内されて、勉強スペースの隅に設けられた小さなキッチンへ。
そこにあった果物ナイフを持って、テーブルの場所に戻ってきた。
「純也さん、お皿とフォーク出しときました」
「ああ、ありがとう。――えっと、君は……」
「自己紹介がまだでしたよね。あたし、珠莉とは二年連続でルームメイトになった牧村さやかっていいます」
「さやかちゃん、だね。よろしく。さっき、チョコレートケーキって聞いてすごく喜んでたね。チョコ好きなの?」
「え……、はい。見られてたんだ……」
純也さんに笑いながら訊かれたさやかは、愛美とは違って恥ずかしさに赤面しながら呟く。
恥ずかし過ぎて自らも笑い出した彼女につられて、キッチンでお茶の準備をしていた愛美も珠莉も笑い出し、室内は和やかな空気に包まれた。
「――さて、切り分けようか」
ジャケットを脱ぎ、ブルーのカラーシャツの袖をまくった純也さんが、ホールで買ってきたチョコレートケーキを八等分に切ってくれ、四枚のお皿に二切れずつ載せた。



