――三学期が始まって、一週間ほどが過ぎた。
「見てみて、愛美! 短編小説コンテストの結果が貼り出されてるよ!」
一日の授業を終えて寮に戻る途中、文芸部の部室の前を通りかかるとさやかが愛美を手招きして呼んだ。
「今日だったんだね、発表って。――ウソぉ……」
珠莉も一緒になって掲示板を見上げると、愛美は自分の目を疑った。
「スゴいじゃん、愛美! 大賞だって!」
「…………マジで? 信じらんない」
思わず二度見をしても、頬をつねってみても、その光景は現実だった。
【大賞:『少年の夏』 一年三組 相川愛美 〈部外〉】
「確かに愛美さんの小説のタイトルね。あとの入選者はみんな文芸部の部員さんみたいですわよ?」
「ホントだ。ってことは、部員外で入選したの、わたしだけ?」
まだ現実を受け止めきれない愛美が呆然としていると、部室のスライドドアが開いた。
「相川さん、おめでとう! あなたってホントにすごいわ。部外からの入選者はあなただけよ。しかも、大賞とっちゃうなんて!」
「あー……、はい。そうみたいですね」
興奮気味に部長がまくし立てても、愛美はボンヤリしてそう言うのが精いっぱいだった。
「表彰式は明日の全校朝礼の時に行われるんだけど。あなたには才能がある。文芸部に入ってみない?」
「え……。一応考えておきます」
「できるだけ早い方がいいわ。あなたが二年生になってからじゃ、私はもう卒業した後だから」
「……はあ」
愛美は部長が部室に引き上げるまで、終始彼女の勢いに押されっぱなしだった。
「――で、どうするの?」
「う~ん……、そんなすぐには決めらんないよ。誘ってもらえたのは嬉しいけど」
「まあ、そうだよねえ」
今はまだ、大賞をもらえたことに実感が湧かないけれど。気持ちの整理がついたら、文芸部に入ってもいいかな……とは思っている。
「そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの?」
さやかに言われるまで、そのことを忘れかけていた愛美はハッとした。
「そっか、そうだよね。わたし、そこまで考えてなかった。ありがと、さやかちゃん!」
愛美の夢に一番期待してくれているのは、〝あしながおじさん〟かもしれないのだ。だとしたら、この喜ばしい出来事を真っ先に彼に報告するのがスジというものである。
「きっとおじさまも、愛美さんの入選を喜んで下さいますわよ。私も純也叔父さまにお知らせしておきますわ」
「……ありがと、珠莉ちゃん」
純也さんに知らせると聞いて、愛美は照れた。彼ならきっと、手放しに大喜びして飛んでくるだろう。
(いやいやいやいや! そんなの純也さんに申し訳ないよ。忙しい人みたいだもん)
ちょっと遠慮がちに思う愛美だった。飛んできて「おめでとう」を言われるなら、純也さんよりも〝あしながおじさん〟の方がいい。……まだ顔も本名も知らないけれど。
(……そうだ。今回の手紙には、さすがのおじさまも「おめでとう」ってお返事下さるよね)
普段は自分で返事の一通も書かず、必要な時には秘書の久留島氏にパソコンで返事を書かせる彼も、自分が目をかけた女の子が夢への大きな一歩を歩みだしたとなれば、何かしらのアクションを起こすだろう。
(どうしても手紙書きたくないなら、スマホにメール送ってくれればいいんだし)
いくら忙しい身でも、メールの一通くらいは送信できるだろう。――それにしても、便利な世の中になったものである。
――というわけで、部屋に戻って着替えた愛美は夕食前のひと時、座卓の上にレターパッドを広げてペンを執った。
****
『拝啓、大好きなおじさま。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
それはさておき、聞いて下さい! 秋に応募した文芸部の短編小説コンテストで、わたしの小説が入選したんです! しかも大賞!
今日の放課後、部室の前に貼り出されてる自分の名前を見ても、信じられませんでした。だって、入選した人の中で一年生はわたしだけ。しかも、他の人はみんな文芸部の部員さんだったんですよ。
そして、部長さんにベタ褒めされて、文芸部への入部を勧められました。部長さんはもうすぐ卒業されるので、早めに返事がほしいみたいでしたけど、わたしはひとまず保留にしました。もしかしたら、二年生に上がってから入るかもしれませんけど。
どうですか、おじさま? わたしは小説家になるっていう夢へ向けて、大きな一歩を歩み始めました。それはおじさまの夢でもあるはずですよね? 喜んで下さいますか?
もしよかったら、「入選おめでとう」っていうお返事を書いて下さる気にはなりませんか? もし「手紙を書くのが面倒くさい」っていうなら、わたしのスマホにメールを下さい。この手紙の最後にアドレスも書いておきますね。
以上、初入選の報告でした☆ ではまた。 かしこ
一月十五日 愛美 』
****
「いくら忙しくたって、メール送るヒマもないなんてことないもんね♪」
愛美はメールアドレスまで書き終えると、フフッと笑った。
それでも何の反応も示さなければ、わざと無視していることになる。自分の娘も同然の存在に対して、そこまで薄情な振舞いはできないと思う。
「見てみて、愛美! 短編小説コンテストの結果が貼り出されてるよ!」
一日の授業を終えて寮に戻る途中、文芸部の部室の前を通りかかるとさやかが愛美を手招きして呼んだ。
「今日だったんだね、発表って。――ウソぉ……」
珠莉も一緒になって掲示板を見上げると、愛美は自分の目を疑った。
「スゴいじゃん、愛美! 大賞だって!」
「…………マジで? 信じらんない」
思わず二度見をしても、頬をつねってみても、その光景は現実だった。
【大賞:『少年の夏』 一年三組 相川愛美 〈部外〉】
「確かに愛美さんの小説のタイトルね。あとの入選者はみんな文芸部の部員さんみたいですわよ?」
「ホントだ。ってことは、部員外で入選したの、わたしだけ?」
まだ現実を受け止めきれない愛美が呆然としていると、部室のスライドドアが開いた。
「相川さん、おめでとう! あなたってホントにすごいわ。部外からの入選者はあなただけよ。しかも、大賞とっちゃうなんて!」
「あー……、はい。そうみたいですね」
興奮気味に部長がまくし立てても、愛美はボンヤリしてそう言うのが精いっぱいだった。
「表彰式は明日の全校朝礼の時に行われるんだけど。あなたには才能がある。文芸部に入ってみない?」
「え……。一応考えておきます」
「できるだけ早い方がいいわ。あなたが二年生になってからじゃ、私はもう卒業した後だから」
「……はあ」
愛美は部長が部室に引き上げるまで、終始彼女の勢いに押されっぱなしだった。
「――で、どうするの?」
「う~ん……、そんなすぐには決めらんないよ。誘ってもらえたのは嬉しいけど」
「まあ、そうだよねえ」
今はまだ、大賞をもらえたことに実感が湧かないけれど。気持ちの整理がついたら、文芸部に入ってもいいかな……とは思っている。
「そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの?」
さやかに言われるまで、そのことを忘れかけていた愛美はハッとした。
「そっか、そうだよね。わたし、そこまで考えてなかった。ありがと、さやかちゃん!」
愛美の夢に一番期待してくれているのは、〝あしながおじさん〟かもしれないのだ。だとしたら、この喜ばしい出来事を真っ先に彼に報告するのがスジというものである。
「きっとおじさまも、愛美さんの入選を喜んで下さいますわよ。私も純也叔父さまにお知らせしておきますわ」
「……ありがと、珠莉ちゃん」
純也さんに知らせると聞いて、愛美は照れた。彼ならきっと、手放しに大喜びして飛んでくるだろう。
(いやいやいやいや! そんなの純也さんに申し訳ないよ。忙しい人みたいだもん)
ちょっと遠慮がちに思う愛美だった。飛んできて「おめでとう」を言われるなら、純也さんよりも〝あしながおじさん〟の方がいい。……まだ顔も本名も知らないけれど。
(……そうだ。今回の手紙には、さすがのおじさまも「おめでとう」ってお返事下さるよね)
普段は自分で返事の一通も書かず、必要な時には秘書の久留島氏にパソコンで返事を書かせる彼も、自分が目をかけた女の子が夢への大きな一歩を歩みだしたとなれば、何かしらのアクションを起こすだろう。
(どうしても手紙書きたくないなら、スマホにメール送ってくれればいいんだし)
いくら忙しい身でも、メールの一通くらいは送信できるだろう。――それにしても、便利な世の中になったものである。
――というわけで、部屋に戻って着替えた愛美は夕食前のひと時、座卓の上にレターパッドを広げてペンを執った。
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『拝啓、大好きなおじさま。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
それはさておき、聞いて下さい! 秋に応募した文芸部の短編小説コンテストで、わたしの小説が入選したんです! しかも大賞!
今日の放課後、部室の前に貼り出されてる自分の名前を見ても、信じられませんでした。だって、入選した人の中で一年生はわたしだけ。しかも、他の人はみんな文芸部の部員さんだったんですよ。
そして、部長さんにベタ褒めされて、文芸部への入部を勧められました。部長さんはもうすぐ卒業されるので、早めに返事がほしいみたいでしたけど、わたしはひとまず保留にしました。もしかしたら、二年生に上がってから入るかもしれませんけど。
どうですか、おじさま? わたしは小説家になるっていう夢へ向けて、大きな一歩を歩み始めました。それはおじさまの夢でもあるはずですよね? 喜んで下さいますか?
もしよかったら、「入選おめでとう」っていうお返事を書いて下さる気にはなりませんか? もし「手紙を書くのが面倒くさい」っていうなら、わたしのスマホにメールを下さい。この手紙の最後にアドレスも書いておきますね。
以上、初入選の報告でした☆ ではまた。 かしこ
一月十五日 愛美 』
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「いくら忙しくたって、メール送るヒマもないなんてことないもんね♪」
愛美はメールアドレスまで書き終えると、フフッと笑った。
それでも何の反応も示さなければ、わざと無視していることになる。自分の娘も同然の存在に対して、そこまで薄情な振舞いはできないと思う。



