「とりあえず、高校三年間は援助を続けて下さるそうよ。卒業後にそのまま大学へ進むか、就職するかはあなたに任せたいって」
「そうですか。……もし大学に進んでも、援助は続けて頂けるんでしょうか?」
大学までとなると、学費もバカにならない。そこまで見ず知らずの人の厚意に甘えていいものかと、愛美は思ったけれど。
「ごめんなさい、そこまでは聞いてないわ。その時が来たら、またあなた自身から相談すればいいんじゃないかしら」
「そうですね……」
まだそんな先のことまでは考えられない。まずは、進学できることになったことを喜ぶべきだろう。
「――それでね、あなたに出された条件は、毎月お手紙を出すことだそうよ。それもお金のお礼なんていいから、あなたの学校生活のことや、日常のことを知らせてほしいんですって」
(……あ、やっぱり同じだ。『あしながおじさん』のお話と)
愛美はふとそう思った。あの物語の中でも、ジュディが院長から同じ内容の話を聞かされていたのだ。
「このデジタル全盛期の時代に変わってるでしょう? でも、あの方のお話では、文章力を養うには手紙を書くのが一番だって。それに、あなたの成長を目に見える形で残すには、メールよりも手書きの文字の方がいいからって」
「へぇー……。あの、手紙はどなた宛てに出したらいいんでしょうか? お名前、教えて頂けないんですよね?」
多分、何か偽名を指定されているはずだと愛美は思った。
あのお話の中では「ジョン・スミス」だけれど、あの人は一体どんな偽名を考えたんだろう……?
「一応、仮のお名前は『田中太郎』さんだそうよ。いかにも偽名って感じのお名前でしょう?」
「はい」
園長先生が笑いながらそう言うので、愛美も思わずつられて笑ってしまう。
「でも、それじゃ郵便が届かないから。宛て名は個人秘書の久留島栄吉さんにして出すように、って」
「分かりました。秘書さんからその〝田中さん〟の手に渡るってことですね? そうします」
個人秘書がいるなんて……! どれだけすごい人なんだろう?
「残念ながら、お返事は頂けないそうなの。自分からの手紙が、あなたのプレッシャーになるんじゃないかと心配されてるみたいでね。だから何か困ったことがあった時には、同じように久留島さん宛てにお手紙を出して相談するように、ともおっしゃってたわ」
「はい」
そして多分、秘書の名前で返事が来るはずだ。それも、今の時代だからパソコン書きの。
「愛美ちゃん。私も田中さんも、あなたの夢を心から応援してるのよ。だからあなたは何も心配しないで、安心して高校生活を楽しみなさい。あなた自身が信じる道を歩みなさい。あなたの人生なんだから」
園長先生はまっすぐに愛美を見つめ、真剣な、それでいて愛情に満ちた声でそう言った。
「はい……! 園長先生、ありがとうございます!」
愛美は嬉しさで胸がいっぱいになった。
――自分の人生。今まで、そんなこと一度も考えたことがなかったし、考える余裕もなかった。
いつも弟妹たちや施設のことばかり考えて、自分のことは二の次で。でも、「これでいいんだ」と思ってきた。
けれど、進路と向き合うということは、自分のこれからの人生と向き合うということなんだと、愛美は気づいたのだ。
――ボーン、ボーン ……。園長室の柱に取り付けられた、年季の入った振り子時計が九時を告げた。
「長い話になってしまってごめんなさいね。明日も学校があるでしょう? そろそろお部屋に戻りなさい」
「はい。園長先生、おやすみなさい。失礼します」
聡美園長にお辞儀をして、愛美は退室した。
(ウソ……? 信じられない! ホントに奇跡が起きちゃった……!)
二階の部屋まで戻る途中、愛美は春から訪れるであろう新しい生活に、ワクワクと少しの不安とで胸を膨らませていたのだった――。
「そうですか。……もし大学に進んでも、援助は続けて頂けるんでしょうか?」
大学までとなると、学費もバカにならない。そこまで見ず知らずの人の厚意に甘えていいものかと、愛美は思ったけれど。
「ごめんなさい、そこまでは聞いてないわ。その時が来たら、またあなた自身から相談すればいいんじゃないかしら」
「そうですね……」
まだそんな先のことまでは考えられない。まずは、進学できることになったことを喜ぶべきだろう。
「――それでね、あなたに出された条件は、毎月お手紙を出すことだそうよ。それもお金のお礼なんていいから、あなたの学校生活のことや、日常のことを知らせてほしいんですって」
(……あ、やっぱり同じだ。『あしながおじさん』のお話と)
愛美はふとそう思った。あの物語の中でも、ジュディが院長から同じ内容の話を聞かされていたのだ。
「このデジタル全盛期の時代に変わってるでしょう? でも、あの方のお話では、文章力を養うには手紙を書くのが一番だって。それに、あなたの成長を目に見える形で残すには、メールよりも手書きの文字の方がいいからって」
「へぇー……。あの、手紙はどなた宛てに出したらいいんでしょうか? お名前、教えて頂けないんですよね?」
多分、何か偽名を指定されているはずだと愛美は思った。
あのお話の中では「ジョン・スミス」だけれど、あの人は一体どんな偽名を考えたんだろう……?
「一応、仮のお名前は『田中太郎』さんだそうよ。いかにも偽名って感じのお名前でしょう?」
「はい」
園長先生が笑いながらそう言うので、愛美も思わずつられて笑ってしまう。
「でも、それじゃ郵便が届かないから。宛て名は個人秘書の久留島栄吉さんにして出すように、って」
「分かりました。秘書さんからその〝田中さん〟の手に渡るってことですね? そうします」
個人秘書がいるなんて……! どれだけすごい人なんだろう?
「残念ながら、お返事は頂けないそうなの。自分からの手紙が、あなたのプレッシャーになるんじゃないかと心配されてるみたいでね。だから何か困ったことがあった時には、同じように久留島さん宛てにお手紙を出して相談するように、ともおっしゃってたわ」
「はい」
そして多分、秘書の名前で返事が来るはずだ。それも、今の時代だからパソコン書きの。
「愛美ちゃん。私も田中さんも、あなたの夢を心から応援してるのよ。だからあなたは何も心配しないで、安心して高校生活を楽しみなさい。あなた自身が信じる道を歩みなさい。あなたの人生なんだから」
園長先生はまっすぐに愛美を見つめ、真剣な、それでいて愛情に満ちた声でそう言った。
「はい……! 園長先生、ありがとうございます!」
愛美は嬉しさで胸がいっぱいになった。
――自分の人生。今まで、そんなこと一度も考えたことがなかったし、考える余裕もなかった。
いつも弟妹たちや施設のことばかり考えて、自分のことは二の次で。でも、「これでいいんだ」と思ってきた。
けれど、進路と向き合うということは、自分のこれからの人生と向き合うということなんだと、愛美は気づいたのだ。
――ボーン、ボーン ……。園長室の柱に取り付けられた、年季の入った振り子時計が九時を告げた。
「長い話になってしまってごめんなさいね。明日も学校があるでしょう? そろそろお部屋に戻りなさい」
「はい。園長先生、おやすみなさい。失礼します」
聡美園長にお辞儀をして、愛美は退室した。
(ウソ……? 信じられない! ホントに奇跡が起きちゃった……!)
二階の部屋まで戻る途中、愛美は春から訪れるであろう新しい生活に、ワクワクと少しの不安とで胸を膨らませていたのだった――。



