「もう、お兄ちゃん! やめなよ、みっともない! 愛美も引いてんじゃん! ――ゴメンね―、愛美。お兄ちゃん、こんなんで」
「ううん、大丈夫。……ただ、ちょっとビックリしたけど」
驚いたのは本当だった。愛美は今まで、こういうチャラ男系の男性と接したことがなかったのだ。
写真だけではそこまで分からなかったので、実際に会って初めて分かった事実に引いてしまっただけだ。
「さやか、お前なぁ……。兄ちゃんに向かって〝こんなん〟ってなんちゅう言い草だよ」
「だって事実じゃん。長男なのに頼んないし、女の子見たらデレデレ鼻の下伸ばすし。〝こんなん〟呼ばわりされても仕方ないっしょ」
そんな愛美をよそに、兄妹で言い合い(というか漫才?)を始めたさやかたちに、愛美は思わず吹き出した。
「はははっ、面白ーい! さやかちゃんって、お兄さんと仲いいんだね―。わたし羨ましいな」
こうして遠慮なく言い合えるのは、実の兄妹だからだ。施設で育った愛美にとっては、こういう光景も憧れだった。
「愛美っ! もう……。ここ笑うとこじゃないって。……まあいっか」
さやかは笑っている愛美に抗議しながらも、どこか楽しそうだ。というか、初めて家に来た友達の前で兄とやりあったことがよっぽど恥ずかしかったらしい。
「――あ、お兄ちゃん。そういやお父さんは?」
「今日はちょっと遅くなるって言ってたけど。父さんも愛美ちゃんに会えるの楽しみにしてたから、晩メシには間に合うんじゃねえの?」
「そっか……。四月から新年度だから、今からあちこち注文入るんだよね」
さやかの父親が経営しているのは、作業服メーカーである。自社製品だけではなく外部の企業からユニフォームの注文も受けているため、この時期は忙しくなるのだ。
特に、社長の忙しさは他の社員の比ではない。
「――あの、治樹さん……でしたっけ。わたしからちょっとお話があるんですけど」
「ん? なに?」
治樹が自分に好意を持っているらしいことを思い出した愛美は、思いきって自分から「好きな人がいる」と打ち明けることにした。
「あの……、さやかちゃんからも聞いてると思うんですけど。わたし、他に好きな人がいて。わたしのこと気に入ってくれてるのは嬉しいんですけど、お付き合いとかそういうのは……、ちょっと……。ゴメンなさい」
本当は、もっとキッパリ言うつもりだったのだけれど。愛美は恋も初めてなら、異性をフるのもこれが初めてだ。治樹がいい人そうなので、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
「…………あー、こんなに早くフられるとはなぁ……。ちょっとショックだわ、オレ」
「ホントにゴメンなさい。でもわたし、自分の気持ちにウソつきたくなくて」
「いや、もういいよ。謝んないで。愛美ちゃんがすごくいいコだってことは分かったから。さやかにも何割か……いや何パーセントか分けてやってほしいわ」
「ちょっとお兄ちゃん! それ、どういうイミよ!?」
目くじらを立てた妹に、治樹はしれーっと言い返す。
「愛美ちゃんの優しさを、お前もちったぁ見習え、っつってんの」
「はあっ!?」
(……ヤバ。わたしのせいで兄弟ゲンカ始まっちゃった)
この状況に責任を感じた愛美は、どうにかこの場を収めるためにフォローを入れた。
「あの……、治樹さん。さやかちゃんはすごく優しいし面倒見もいいですよ。わたしなんか、いつもさやかちゃんに助けてもらってばっかりだし」
「そうなんだ……。あ、じゃあさ、これからもさやかと仲良くしてやってよ。こんなヤツだけど」
「だーかーらぁ、〝こんなヤツ〟ってどういうイミなのよ!?」
「まあまあ。さやかちゃん、落ち着いて!」
またケンカになりそうな牧村兄妹を、愛美は必死になだめた。
「――あ、姉ちゃん。おかえりー。そのお姉さん、誰?」
愛美がさやかと治樹と一緒にリビングへ入ると、あの家族写真に写っていた父親以外の家族がズラッと揃っていた。
そして、その中で中学一年生だというさやかの弟が口を開く。
「ただいま、翼。このコはお姉ちゃんの友達で、相川愛美ちゃんだよ」
「翼くんっていうの? よろしくね」
「っていうかアンタ、また靴脱ぎ散らかしたまんまにしてたでしょ。『脱いだ靴はちゃんと揃えなさい』って、いっつもお母さんに言われてるでしょ?」
「あ、ゴメン! 忘れてた」
翼というさやかの弟は、ボサボサ頭を掻きながらペロッと舌を出す。
(素直なコだなぁ)
中学生の男の子なら、反抗期に入っていてもおかしくないのに。両親の育て方がいいからなんだろうか。
(さやかちゃんも治樹さんも優しいし)
「おねえたん、おかえりなさぁい。ココたんも『おかえり』っていってるよー」
「ただいま、美空。ココもただいま」
五歳の妹・美空に微笑みかけたさやかは、彼女が抱っこしている三毛猫の頭を撫でた。
(可愛いなぁ……)
愛美はその光景にホッコリした。
美空は写真で見ても十分可愛かったけれど、実物はそれ以上に可愛い。猫のココを抱っこしているので、今はその可愛さが二倍になっている。
「美空ちゃんっていうんだね。初めまして。わたしはお姉さんのお友達で、愛美っていうの。仲良くしてね」
「うんっ! まなみおねえちゃん、よろしくおねがいしますっ」
美空が舌足らずで一生懸命言うのを待って、ココも「にゃあん」と一鳴き。
「かぁわいい~~!」
思わずほわぁんとなってしまう愛美だった。
「ううん、大丈夫。……ただ、ちょっとビックリしたけど」
驚いたのは本当だった。愛美は今まで、こういうチャラ男系の男性と接したことがなかったのだ。
写真だけではそこまで分からなかったので、実際に会って初めて分かった事実に引いてしまっただけだ。
「さやか、お前なぁ……。兄ちゃんに向かって〝こんなん〟ってなんちゅう言い草だよ」
「だって事実じゃん。長男なのに頼んないし、女の子見たらデレデレ鼻の下伸ばすし。〝こんなん〟呼ばわりされても仕方ないっしょ」
そんな愛美をよそに、兄妹で言い合い(というか漫才?)を始めたさやかたちに、愛美は思わず吹き出した。
「はははっ、面白ーい! さやかちゃんって、お兄さんと仲いいんだね―。わたし羨ましいな」
こうして遠慮なく言い合えるのは、実の兄妹だからだ。施設で育った愛美にとっては、こういう光景も憧れだった。
「愛美っ! もう……。ここ笑うとこじゃないって。……まあいっか」
さやかは笑っている愛美に抗議しながらも、どこか楽しそうだ。というか、初めて家に来た友達の前で兄とやりあったことがよっぽど恥ずかしかったらしい。
「――あ、お兄ちゃん。そういやお父さんは?」
「今日はちょっと遅くなるって言ってたけど。父さんも愛美ちゃんに会えるの楽しみにしてたから、晩メシには間に合うんじゃねえの?」
「そっか……。四月から新年度だから、今からあちこち注文入るんだよね」
さやかの父親が経営しているのは、作業服メーカーである。自社製品だけではなく外部の企業からユニフォームの注文も受けているため、この時期は忙しくなるのだ。
特に、社長の忙しさは他の社員の比ではない。
「――あの、治樹さん……でしたっけ。わたしからちょっとお話があるんですけど」
「ん? なに?」
治樹が自分に好意を持っているらしいことを思い出した愛美は、思いきって自分から「好きな人がいる」と打ち明けることにした。
「あの……、さやかちゃんからも聞いてると思うんですけど。わたし、他に好きな人がいて。わたしのこと気に入ってくれてるのは嬉しいんですけど、お付き合いとかそういうのは……、ちょっと……。ゴメンなさい」
本当は、もっとキッパリ言うつもりだったのだけれど。愛美は恋も初めてなら、異性をフるのもこれが初めてだ。治樹がいい人そうなので、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
「…………あー、こんなに早くフられるとはなぁ……。ちょっとショックだわ、オレ」
「ホントにゴメンなさい。でもわたし、自分の気持ちにウソつきたくなくて」
「いや、もういいよ。謝んないで。愛美ちゃんがすごくいいコだってことは分かったから。さやかにも何割か……いや何パーセントか分けてやってほしいわ」
「ちょっとお兄ちゃん! それ、どういうイミよ!?」
目くじらを立てた妹に、治樹はしれーっと言い返す。
「愛美ちゃんの優しさを、お前もちったぁ見習え、っつってんの」
「はあっ!?」
(……ヤバ。わたしのせいで兄弟ゲンカ始まっちゃった)
この状況に責任を感じた愛美は、どうにかこの場を収めるためにフォローを入れた。
「あの……、治樹さん。さやかちゃんはすごく優しいし面倒見もいいですよ。わたしなんか、いつもさやかちゃんに助けてもらってばっかりだし」
「そうなんだ……。あ、じゃあさ、これからもさやかと仲良くしてやってよ。こんなヤツだけど」
「だーかーらぁ、〝こんなヤツ〟ってどういうイミなのよ!?」
「まあまあ。さやかちゃん、落ち着いて!」
またケンカになりそうな牧村兄妹を、愛美は必死になだめた。
「――あ、姉ちゃん。おかえりー。そのお姉さん、誰?」
愛美がさやかと治樹と一緒にリビングへ入ると、あの家族写真に写っていた父親以外の家族がズラッと揃っていた。
そして、その中で中学一年生だというさやかの弟が口を開く。
「ただいま、翼。このコはお姉ちゃんの友達で、相川愛美ちゃんだよ」
「翼くんっていうの? よろしくね」
「っていうかアンタ、また靴脱ぎ散らかしたまんまにしてたでしょ。『脱いだ靴はちゃんと揃えなさい』って、いっつもお母さんに言われてるでしょ?」
「あ、ゴメン! 忘れてた」
翼というさやかの弟は、ボサボサ頭を掻きながらペロッと舌を出す。
(素直なコだなぁ)
中学生の男の子なら、反抗期に入っていてもおかしくないのに。両親の育て方がいいからなんだろうか。
(さやかちゃんも治樹さんも優しいし)
「おねえたん、おかえりなさぁい。ココたんも『おかえり』っていってるよー」
「ただいま、美空。ココもただいま」
五歳の妹・美空に微笑みかけたさやかは、彼女が抱っこしている三毛猫の頭を撫でた。
(可愛いなぁ……)
愛美はその光景にホッコリした。
美空は写真で見ても十分可愛かったけれど、実物はそれ以上に可愛い。猫のココを抱っこしているので、今はその可愛さが二倍になっている。
「美空ちゃんっていうんだね。初めまして。わたしはお姉さんのお友達で、愛美っていうの。仲良くしてね」
「うんっ! まなみおねえちゃん、よろしくおねがいしますっ」
美空が舌足らずで一生懸命言うのを待って、ココも「にゃあん」と一鳴き。
「かぁわいい~~!」
思わずほわぁんとなってしまう愛美だった。



