「――ねえ、お昼ゴハンはどうする? 品川駅前にある美味しいお店、あたし知ってるけど」
総武線の車両に揺られながら、二人は昼食の相談をしていた。
「えっ、そうなの? じゃあ、そこでお昼にしようかな。わたし、東京のお店は知らなくて」
「あれ? 夏休みに長野行った時、東京駅で乗り換えたんじゃなかったっけ?」
さやかの言う通り、愛美が東京に立ち寄るのはこれで二度目なのだけれど。
「……うん、そうなんだけど」
確かに、愛美は夏休みに長野へ行った際、東京経由で行ったのだけれど。
「あの時は、新幹線に乗り換えるために東京駅で降りただけだったから」
「えーっ!? そうなの? もったいない!」
さやかが驚嘆の声を上げた。
「あたしなんか、中学時代までしょっちゅう東京で遊んでたよ。埼玉と東京、すぐ隣りだし」
埼玉県からなら、最短電車一本で東京まで出られる。
「いいなぁ……」
「んじゃ、愛美は今日が本格的な東京デビューなんだね。これから行くお店、ホントに美味しいとこだから。ハンバーグで有名なんだ♪」
「わぁ、楽しみ☆」
もちろん、美味しいハンバーグも楽しみだけれど、初めての東京にワクワクしていた愛美なのだった。
* * * *
――予定通りに品川の駅前でお昼ゴハンを済ませ、愛美とさやかの二人が電車で浦和駅に着いたのは午後三時前。
そこから五分ほど歩いたところに、牧村家はあった。
「――愛美、着いたよ。ここがあたしん家」
「うわぁ……! 大っきなお家だねー」
牧村家は大通りから少し路地を入ったところにあり、愛美が思っていた以上に大きな家だった。
〝豪邸〟とまではいかないけれど、愛美がよく知っている中学時代の友達の家よりはずっと大きくて立派だ。
「わたし、もっと小ぢんまりしたお家かと思ってた。……ゴメンね、さやかちゃん」
「ううん、いいよ。ここら辺、東京より土地安いからさ。ウチは家族多いし、これくらいでちょうどいいんだ」
「そうなんだ? ……あれ?」
愛美は牧村家の外観を眺めながら、首を傾げた。
(この家……、どこかで見たような。どこだっけ?)
「ん? どしたの?」
「あー……、えっとねえ。わたし、このお家をどこかで見たような気がして。来るの初めてのはずなのに」
初めてのはずなのに、どこかで見たような感じ。それは愛美にとって、不思議な既視感だった。
(えーっと、どこだったかなぁ……? う~ん……)
愛美は自分の記憶を一生懸命たどっていく。高校に入ってからではないはずだから、多分その前だ。きっと、まだ施設にいた頃――。
「……あ、思い出した!」
「えっ、どこで見たか分かったの?」
「うん。わたしね、施設にいた頃によく理事さんたちの車眺めながら空想してたの。自分があのリムジンに乗って、お屋敷に帰っていくところ。その中に、ここにそっくりなお家が出てきてたんだ」
……そうだ。この家の外観は、あの時の空想に出てきた豪邸にそっくりだったのだ。
あの頃の愛美は、こんな大きな家に住むことに憧れていた。その光景が今、現実に自分の目の前にある。厳密には、友達の家だけれど。
「そうなんだ? けどまあ、ウチは立派なのは外観だけで、中はホントに普通の家と変わんないよ? 珠莉の家の方がずっと豪華なんじゃないかな。あたしも行ったことないけど」
「そうなの? あんまり立派すぎると、わたし萎縮しちゃうな……」
「まあ、そうなるかもね。とにかく中入ろ? ――お母さーん、ただいまぁ! 友達連れてきたよー」
さやかが玄関のドアを開け、愛美にも「おいでおいで」と手招き。愛美は「おジャマしまーす」と礼儀よく声をかけ、玄関の三和土で脱いだウェスタンブーツをキレイに揃えた。ついでに、さやかの編み上げショートブーツも揃えておく。
「さやか、おかえりなさい。あら! 愛美ちゃんね? いらっしゃい」
「はい。冬休みの間、お世話になります」
出迎えてくれたさやかの母親に(写真を見せてもらっていたので、顔は覚えていた)、愛美は丁寧に頭を下げた。
彼女は四十代半ばくらいで、髪はサッパリとしたショートボブカット。身長はさやかとほぼ同じくらいに見える。千藤農園の多恵さんや〈わかば園〉の聡美園長に似た、優しそうで温厚そうな顔立ちだ。
「さやかから話は聞いてるわ。ここを自分の家だと思って、寛いでいってね」
「はいっ! ありがとうございます!」
(さやかちゃんのお母さん、いい人だなぁ)
きっと彼女は、愛美に両親がいないことも、施設で育ったことも娘から聞いているんだろう。まさに、愛美の理想の母親像そのものだ。
「ねえお母さん。お兄ちゃん、もう帰ってきてんの?」
「ええ、昨日帰ってきてるわよ。大学は冬休みが長いから」
と、母親が言うのが早いか。
「よう、さやか! おかえり。……おっ!? キミが愛美ちゃんか。いやー。マジで可愛いじゃん♪」
さやかの兄・治樹がリビングから玄関まで出てきて、デレデレの顔で愛美を出迎えた。
「……あー、ハイ……」
そのあまりのチャラ男ぶりに、愛美も困惑する。というか、ドン引きしているといった方が正しいだろうか。
総武線の車両に揺られながら、二人は昼食の相談をしていた。
「えっ、そうなの? じゃあ、そこでお昼にしようかな。わたし、東京のお店は知らなくて」
「あれ? 夏休みに長野行った時、東京駅で乗り換えたんじゃなかったっけ?」
さやかの言う通り、愛美が東京に立ち寄るのはこれで二度目なのだけれど。
「……うん、そうなんだけど」
確かに、愛美は夏休みに長野へ行った際、東京経由で行ったのだけれど。
「あの時は、新幹線に乗り換えるために東京駅で降りただけだったから」
「えーっ!? そうなの? もったいない!」
さやかが驚嘆の声を上げた。
「あたしなんか、中学時代までしょっちゅう東京で遊んでたよ。埼玉と東京、すぐ隣りだし」
埼玉県からなら、最短電車一本で東京まで出られる。
「いいなぁ……」
「んじゃ、愛美は今日が本格的な東京デビューなんだね。これから行くお店、ホントに美味しいとこだから。ハンバーグで有名なんだ♪」
「わぁ、楽しみ☆」
もちろん、美味しいハンバーグも楽しみだけれど、初めての東京にワクワクしていた愛美なのだった。
* * * *
――予定通りに品川の駅前でお昼ゴハンを済ませ、愛美とさやかの二人が電車で浦和駅に着いたのは午後三時前。
そこから五分ほど歩いたところに、牧村家はあった。
「――愛美、着いたよ。ここがあたしん家」
「うわぁ……! 大っきなお家だねー」
牧村家は大通りから少し路地を入ったところにあり、愛美が思っていた以上に大きな家だった。
〝豪邸〟とまではいかないけれど、愛美がよく知っている中学時代の友達の家よりはずっと大きくて立派だ。
「わたし、もっと小ぢんまりしたお家かと思ってた。……ゴメンね、さやかちゃん」
「ううん、いいよ。ここら辺、東京より土地安いからさ。ウチは家族多いし、これくらいでちょうどいいんだ」
「そうなんだ? ……あれ?」
愛美は牧村家の外観を眺めながら、首を傾げた。
(この家……、どこかで見たような。どこだっけ?)
「ん? どしたの?」
「あー……、えっとねえ。わたし、このお家をどこかで見たような気がして。来るの初めてのはずなのに」
初めてのはずなのに、どこかで見たような感じ。それは愛美にとって、不思議な既視感だった。
(えーっと、どこだったかなぁ……? う~ん……)
愛美は自分の記憶を一生懸命たどっていく。高校に入ってからではないはずだから、多分その前だ。きっと、まだ施設にいた頃――。
「……あ、思い出した!」
「えっ、どこで見たか分かったの?」
「うん。わたしね、施設にいた頃によく理事さんたちの車眺めながら空想してたの。自分があのリムジンに乗って、お屋敷に帰っていくところ。その中に、ここにそっくりなお家が出てきてたんだ」
……そうだ。この家の外観は、あの時の空想に出てきた豪邸にそっくりだったのだ。
あの頃の愛美は、こんな大きな家に住むことに憧れていた。その光景が今、現実に自分の目の前にある。厳密には、友達の家だけれど。
「そうなんだ? けどまあ、ウチは立派なのは外観だけで、中はホントに普通の家と変わんないよ? 珠莉の家の方がずっと豪華なんじゃないかな。あたしも行ったことないけど」
「そうなの? あんまり立派すぎると、わたし萎縮しちゃうな……」
「まあ、そうなるかもね。とにかく中入ろ? ――お母さーん、ただいまぁ! 友達連れてきたよー」
さやかが玄関のドアを開け、愛美にも「おいでおいで」と手招き。愛美は「おジャマしまーす」と礼儀よく声をかけ、玄関の三和土で脱いだウェスタンブーツをキレイに揃えた。ついでに、さやかの編み上げショートブーツも揃えておく。
「さやか、おかえりなさい。あら! 愛美ちゃんね? いらっしゃい」
「はい。冬休みの間、お世話になります」
出迎えてくれたさやかの母親に(写真を見せてもらっていたので、顔は覚えていた)、愛美は丁寧に頭を下げた。
彼女は四十代半ばくらいで、髪はサッパリとしたショートボブカット。身長はさやかとほぼ同じくらいに見える。千藤農園の多恵さんや〈わかば園〉の聡美園長に似た、優しそうで温厚そうな顔立ちだ。
「さやかから話は聞いてるわ。ここを自分の家だと思って、寛いでいってね」
「はいっ! ありがとうございます!」
(さやかちゃんのお母さん、いい人だなぁ)
きっと彼女は、愛美に両親がいないことも、施設で育ったことも娘から聞いているんだろう。まさに、愛美の理想の母親像そのものだ。
「ねえお母さん。お兄ちゃん、もう帰ってきてんの?」
「ええ、昨日帰ってきてるわよ。大学は冬休みが長いから」
と、母親が言うのが早いか。
「よう、さやか! おかえり。……おっ!? キミが愛美ちゃんか。いやー。マジで可愛いじゃん♪」
さやかの兄・治樹がリビングから玄関まで出てきて、デレデレの顔で愛美を出迎えた。
「……あー、ハイ……」
そのあまりのチャラ男ぶりに、愛美も困惑する。というか、ドン引きしているといった方が正しいだろうか。



