拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

(こんな大金送ってくるなんて、おじさまは一体なに考えてるんだろ?)

「……ねえ、さやかちゃん。コレってどういうことだと思う?」

「さあ? あたしに訊かれても……。手紙に何か書いてあるんじゃないの?」

「あ……、そっか」

 愛美はそこで初めて手紙に目を通した。


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『相川愛美様

 Merry(メリー) Christmas(クリスマス)
 この小切手は、田中太郎氏からのクリスマスプレゼントです。
 お好きなようにお使い下さい。        久留島栄吉  』

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「えっ、コレだけ? クリスマスプレゼント……がお金って」

 愛美は小首を傾げ、うーんと唸った。ますます、〝あしながおじさん〟という人のことが分からなくなった気がする。

(プレゼントは嬉しいけど、お金っていう発想は……どうなの?)

 彼の意図をはかりかねているのは、さやかと珠莉も同じようで。

「まあ、なんて現実的なプレゼントなんでしょ。一体どういう発想なのかしらね?」

「何を贈っていいか分かんないから、無難にお金にしたんじゃないの? ほら、女の子の援助するの、愛美が初めてらしいし」

「あー、なるほどね」
 
 さやかの推測に、愛美は納得した。
 娘がいる父親なら、愛美くらいの年頃の女の子が欲しがるものも大体分かるはず。ということは、彼には子供――少なくとも娘はいないということだろうか。

(もしいたとしても、まだ小さいんだろうな。まだ若い感じだったし)

「――んで? あたしの家に来ることについては、何か書いてないの?」

「ううん、何も書いてないよ。ってことは、おじさまも反対じゃないってことなのかな?」

 愛美はこの手紙の内容を、そう解釈した。
 それだけではない。反対していないどころか、自由に使えるお金まで〝プレゼント〟という名目で送ってくれたのだ。

「そうなんじゃない? よかったね、愛美」

「うん!」

 愛美は笑顔で頷いた。
 一番の心配ごとが解決し、愛美の新しい悩みが生まれる。

「――さてと。このお金で何を買おうかな……」

 使いきれないほどの大金の使い道に、愛美は少々困りながらもワクワクしていたのだった。


   * * * *


 ――あの十万円が贈られてきた日の午後、愛美は街に買い物に出かけた。
 
『それだけの金額あったら、欲しかったもの何でも買えるんじゃない?』

 というさやかの提案に乗り、自分へのクリスマスプレゼントをドッサリ買い込むことにしたのだ。

 ひざ掛けのブランケットに腕時計、大好きな作家の本をシリーズで大人買い。暖かそうなモコモコのルームソックス、新しいブーツ、洋服。そして……、テディベア。

「わぁー、ずいぶんいっぱい買い込んできたねえ。……っていうか、他のものは分かるけど、なんでテディベア?」

「実は、前から欲しかったの。施設にいた頃、毎年理事さんからのクリスマスプレゼントの中に可愛いテディベアがあったんだけど、わたしは遠慮して小さい子たちに譲ってあげてたんだ」

 自分はお姉さんだから……、と遠慮して、自分は欲しいものをもらわなかった。本当に、自分はさやかに言われた通りの甘え下手だと愛美も思ったのだった。

 そして、それだけの買い物をしても、まだまだ大きな金額が愛美の手元に残っていた。


   * * * *


 ――それから五日が過ぎ、あっという間に冬休み。

「愛美ー、そろそろ出よっか」

 時刻は午前十時。夏休み前とは違い、すっかり荷作りを終えた愛美の部屋に、さやかが呼びに来た。

「うん、そうだね。電車で行くんだよね?」

「そうだよ。品川(しながわ)駅から乗り換えるの。今日は新幹線には乗らないからね」

 新幹線なら、新横浜から一駅で品川に着くけれど。たった一駅を新幹線で行くのはもったいないので、今回は「(そう)()線で行こう」ということになったのだ。

「あたしの家、(うら)()駅からわりと近いから。そこからは歩きでも十分行けるんだよ」

「へえ、そうなんだ」

 二人がスーツケースと大きめのバッグを(たずさ)えて愛美の部屋を出ると、ちょうど東京の実家に帰ろうとしてる珠莉と合流した。

「ねえ、珠莉ちゃんはどうやって東京に帰るの? 電車で?」

 愛美は珠莉に訊ねる。もしも電車で帰るのなら、途中までは自分たちと一緒かな、と思ったのだけれど。

「いいえ。校門の前まで迎えの車が来ることになってるわ。お抱えの運転手がハンドルを握ってね」

「お抱えの運転手…………。アンタん家ってマジでスゴいわ」

 さやかが思わず漏らした感想に、愛美もコクコクと頷く。

(わたし、そんな車って施設の理事さんたちの車しか見たことない……)

 しかも、「あれに乗ってみたい」と憧れを込めた空想を膨らませて、だ。

「……ねえ、もしかして純也さんにもいるの? お抱えの運転手さん」

 彼だって一応、辺唐院一族の一人である。他の親族との折り合いは悪いと聞いたけれど、その辺りはどうなんだろう?

「いないと思いますわよ。純也叔父さまはご自分で運転なさいますから。乗用車だけじゃなくて、バイクも」

「そうなの? カッコいいなぁ」

 彼が車を運転する姿は想像がつくけれど、バイクに乗る姿までは想像がつかない。

「愛美、そろそろ。ね」

 さやかは「夕方までには家に着くはず」と実家の母親に連絡を入れてあるのだ。長々とお喋りをしていたら、着くのが遅くなってしまう。

「……あ、そうだった。じゃあ珠莉ちゃん、よいお年を。また三学期にね」

「よいお年をー」

「ええ、よいお年を。来年もよろしくお願い致しますわ」

 愛美とさやかの二人は、そこで珠莉と別れて新横浜の駅に向かった。