拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

「考えすぎだよー。お互いに顔も知らないじゃん。街で会ったって誰だか分かんないって。東京だって広いしさ、住んでるところも全然違うだろうし」 

「そうだよね……。それはともかく、わたしはさやかちゃんのお家に行ってみたいな。おじさまに許可もらわないといけないかもだけど」

 きっと、おじさまも反対しないだろうと愛美も思っていた。
 彼女の手紙から、〝あしながおじさん〟が受けているさやかへの印象は、好ましいものでしかないだろうから。

「わたし、さっそくおじさまに手紙書くよ。返事来なかったらOKだと思うから」

 あの久留島秘書のことだから、反対だとしたらまたパソコン書きの手紙を送りつけてくるだろう。――ひどい言い草だけれど。

「分かった。じゃ、分かり次第、あたしも実家に連絡する。一緒に来られるといいね。きっとウチの家族、愛美のこと大歓迎してくれるよ」

「うん! わたしも楽しみ!」

(おじさまが、偏屈な分からず屋じゃありませんように……!)

 愛美は心の中でそう祈った。そして、もしも彼がそういう人だったら縁切ってやる、と的外れなことを誓ってもいた。

(実際には縁切らないけど。っていうか切れないし)

 愛美の学費や寮費は彼が支払ってくれているのだ。万が一縁を切ったらどういうことになるかは、愛美自身がよく分かっている。

「――ところで、珠莉は冬休みどうすんの? また海外?」

 さやかがやっと思い出したように、珠莉に話を振った。

「いいえ。我が家は毎年、クリスマスから新年まで、東京の家で過ごすことになってますの。一族のほぼ全員が屋敷に集まるんですのよ」

 愛美はその光景を想像してみた。――〈辺唐院グループ〉の一族、その錚々(そうそう)たる顔ぶれが一堂に会する光景を。

(……うわぁ、なんかスゴい光景かも)

 でも、その中にあの純也さんがいる光景だけは、どうしても想像できない。

「……ねえ珠莉ちゃん。純也さんも来るの?」

「いいえ、純也叔父さまはめったに帰っていらっしゃらないわね。叔父さまは一族と反りが合わないらしくて。タワーマンションで一人で暮らしてらっしゃるわよ」

「へえ……、一人暮らしなんだ」

 彼がひとクセもふたクセもありそうな(あくまでも、愛美の想像だけれど)辺唐院一族の中にいる姿も想像できないけれど、タワーマンションでの暮らしぶりもまた想像がつかない。

(ゴハンとかどうしてるんだろう? もしかして、料理上手だったりするのかな?)

 まあ、お金持ちだからそうとも限らないけれど。外食とかケータリングも利用しているだろうし。

「ウチはねえ、毎年お正月は家族で川崎(かわさき)大師に(はつ)(もうで)に行くんだよ。愛美も一緒に行けたらいいね」

「うん」

 初詣といえば、愛美も〈わかば園〉にいた頃には毎年、園長先生に連れられて施設のみんなで近所の小さな神社に行っていた。
 おみくじもなければ縁起物もない、露店すら出ていない、本当に小さな神社だった。でも、そこにお参りしなければ新しい年を迎えた気がしなくて、愛美もそれがお正月の恒例行事のように思っていた。

「――さて、お腹もすいたし。そろそろ寮に帰ろっか」

「そうだね」

 ――寮の部屋で着替えて食堂に行き、お昼ゴハンを済ませると、愛美はさっそくさやかの家に招かれたことを報告する手紙を〝あしながおじさん〟宛てに(したた)めた。


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『拝啓、あしながおじさん。

 お元気ですか? わたしは今日も元気です。
 期末テストも無事に終わって、わたしは今回も一〇位以内に入りました。
 そして、学校はもうすぐ冬休みに入ります。それで、さやかちゃんがわたしを「冬休みはウチにおいで」って誘ってくれました。
 さやかちゃんのお家は埼玉県にあって、ご両親とお祖母さん、早稲田大学三年生のお兄さん、中学一年生の弟さん、五歳の妹さん、そしてネコ一匹の大家族です! ものすごく賑やかで楽しそう!
 わたし、この高校に入ってからお友達のお家に招かれたのは初めてなんです。それでもって、お友達のお家にお泊りするのは生まれて初めてです。わかば園では、学校行事以外での外泊は禁止されてましたから。
 さやかちゃんのお父さんは小さいけど会社を経営されてて、クリスマスは従業員さんのお子さんを招いてクリスマスパーティーをやるそうですし、お正月にはご家族で川崎大師に初詣に行くそうです。さやかちゃんだけじゃなくて、ご家族もわたしのこと大歓迎して下さるそうです。
 わたし、さやかちゃんのお家に行きたいです。おじさま、どうか反対しないで下さい。お願いします!

             十二月十六日        愛美  』

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 ――それから四日後。

「……ん?」

 寮に帰ってきた愛美は、郵便受けに一通の封筒を見つけて固まった。

(久留島さん……、おじさまの秘書さんから? まさか、さやかちゃんのお家に行くの反対されてるワケじゃないよね?)

 差出人の名前を見るなり、愛美の()(けん)にシワが寄る。

「どしたの、愛美?」

 そんな彼女のただならぬ様子に、さやかが心配そうに声をかけてきた。

「あー……。おじさまの秘書さんから手紙が来てるんだけど、なんかイヤな予感がして」

「まだそうと決まったワケじゃないじゃん? 開けてみなよ」

「うん……」

 さやかに促され、愛美は封を切った。すると、その中から出てきたのはパソコンで書かれた手紙と、一枚の小切手。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……、十万円!?」

 そこに書かれた数字のゼロの数を数えていた愛美は、困惑した。
 毎月送られてくるお小遣いの三万五千円だって、愛美には十分な大金なのに。十万円はケタが大きすぎる。