――それから数週間が過ぎ、十二月半ば。世間ではクリスマスの話題で溢れかえっていた。
「二学期の期末テストも終わったし、やれやれって感じだね―」
「……うん。っていうか、さやかちゃんってそればっかりだよね」
ある日の放課後、テストの緊張感から解放されたさやかが教室の席で伸びをしていると、それを聞いた愛美が吹き出した。
ちなみに、短縮授業期間に入っているので、学校は午前で終わり。解放感に満ち溢れているのは何もさやかや愛美だけではない。
「まあねー。でも、今回は結構よかったんだ、テストの結果。珠莉も前回より順位上がってたみたい。愛美はいいなー、いっつも成績上位で」
「それは……、援助してもらって進学した身だし。成績悪いと叔父さまをガッカリさせちゃうから。最悪、愛想尽かされて援助打ち切られちゃうかもしれないもん」
もちろん、中学の頃の愛美は成績がよかったけれど。高校の授業は中学時代よりも難しくて、ついていくのは簡単なことじゃない。それでも成績上位をキープできているのは、「おじさまをガッカリさせたくない」と愛美が必死に努力しているからなのだ。
「愛美の考えすぎなんじゃないの? 本人からそう言われたワケでもないんでしょ? もっと肩の力抜いたらどう?」
「うん……」
確かに、それはあくまでも愛美の勝手な想像でしかない。「成績が悪いと援助が打ち切られる」というのは、杞憂なのかもしれない。
でも……、愛美は〝あしながおじさん〟という人のことをまだよく知らないのだ。ある日突然、手のひらを返したように冷たく突き放されてしまう可能性だってないとも限らない。
(……わたし、まだおじさまのこと信用できてないのかな……?)
彼女にとっては、たった一人の保護者なのに。信用できないなんて心細すぎる。
「――愛美、どしたの? 表情暗いよ?」
ずーんと一人沈み込んでいる愛美を見かねてか、さやかが心配そうに顔を覗き込んできた。
「……あー、ううん! 何でもない」
(ダメダメ! ネガティブになっちゃ!)
愛美は心の中で、そっと自分を叱りつける。さやかは心の優しいコだ。余計な心配をかけてはいけないと、自分に言い聞かせた。
「そう? ならいいんだけどさ。――そういえば、愛美は冬休みどうすんの? 夏休みみたいにまた長野に行くの?」
「う~ん、どうしようかな……。冬場は農業のお手伝いっていっても、そんなにないだろうし。それに寒そうだし」
長野県といえば、日本屈指の豪雪地帯である。あの農園はスキー場にも近いので、それこそ降雪量もハンパな量じゃないだろう。
「だよねえ……。あ、じゃあさ、冬休みはウチにおいでよ」
「えっ、さやかちゃんのお家に? ……いいの?」
思ってもみなかった親友からのお誘いに、愛美は遠慮がちに訊いた。
中学時代はよく友達の家に遊びに行ったりもしていたけれど、それは同じ学区内で近かったからだった。
でも、高校に入ってからできた友達の家に招かれたのは、これが初めてだ。
「うん、モチのロンさ☆ ウチの家族がね、夏にあたしのスマホの写メ見てから、愛美に会いたがっててね。特にお兄ちゃんが、『一回紹介しろ』ってもううるさくて」
ちなみに、さやかが言っている〝写メ〟とは入学してすぐの頃に、クラスメイトで関西出身の藤堂レオナがさやかのスマホで撮影してくれたもので、真新しい制服姿の三人が写っている。
「……お兄さんが? って、この写メに写ってるこの人だよね?」
肩をすくめるさやかに、愛美は自分のスマホの画面を見せた。その画面には、夏休みに彼女が送ってくれた家族写真。そのちょうど中央に、大学生だという彼女の兄が写っているのだ。
「うん、そうそう。ウチのお兄ちゃん、治樹って名前で早稲田大学の三年生なんだけど。写メ見ただけで愛美に一目ぼれしちゃったらしくてさあ」
「…………え?」
愛美は絶句した。一目ぼれなんてされること自体初めての経験で、しかも直接会ったこともない人からなんて。
……確かに、自分でも「わたしって可愛いかも」と少々うぬぼれているかもしれないけれど。
「もう、ホントしょうがないよねえ。あたし、『愛美には好きな人いるよ』って言ったんだけど。『本人から聞くまでは諦めない』って言い張って。もう参ったよ」
「ええー……?」
そこまでいくと、立派なストーカー予備軍である。愛美の恋路の妨げになりそうなら、さっさと諦めてもらった方が平和だ。
「……ねえ。お兄さん、早稲田に通ってるってことは、東京に住んでるんだよね?」
「うん。実家からでも通えないこともないんだけど、大学受かってからは東京で一人暮らししてるよ。――そういえば、純也さんも東京在住だったっけ」
そこまで言って、さやかはようやく愛美の質問の意図を理解したらしい。
「愛美は……、もし東京でウチのお兄ちゃんと純也さんが出くわすことがあったら、って心配してるワケね?」
「うん。だって、わたしが片想いしてる人と、わたしに好意持ってる人だよ? 明らかに修羅場になるよね」
愛美は実際の恋愛経験はないけれど、本からの知識でそういう言葉だけはよく知っているのだ。
「二学期の期末テストも終わったし、やれやれって感じだね―」
「……うん。っていうか、さやかちゃんってそればっかりだよね」
ある日の放課後、テストの緊張感から解放されたさやかが教室の席で伸びをしていると、それを聞いた愛美が吹き出した。
ちなみに、短縮授業期間に入っているので、学校は午前で終わり。解放感に満ち溢れているのは何もさやかや愛美だけではない。
「まあねー。でも、今回は結構よかったんだ、テストの結果。珠莉も前回より順位上がってたみたい。愛美はいいなー、いっつも成績上位で」
「それは……、援助してもらって進学した身だし。成績悪いと叔父さまをガッカリさせちゃうから。最悪、愛想尽かされて援助打ち切られちゃうかもしれないもん」
もちろん、中学の頃の愛美は成績がよかったけれど。高校の授業は中学時代よりも難しくて、ついていくのは簡単なことじゃない。それでも成績上位をキープできているのは、「おじさまをガッカリさせたくない」と愛美が必死に努力しているからなのだ。
「愛美の考えすぎなんじゃないの? 本人からそう言われたワケでもないんでしょ? もっと肩の力抜いたらどう?」
「うん……」
確かに、それはあくまでも愛美の勝手な想像でしかない。「成績が悪いと援助が打ち切られる」というのは、杞憂なのかもしれない。
でも……、愛美は〝あしながおじさん〟という人のことをまだよく知らないのだ。ある日突然、手のひらを返したように冷たく突き放されてしまう可能性だってないとも限らない。
(……わたし、まだおじさまのこと信用できてないのかな……?)
彼女にとっては、たった一人の保護者なのに。信用できないなんて心細すぎる。
「――愛美、どしたの? 表情暗いよ?」
ずーんと一人沈み込んでいる愛美を見かねてか、さやかが心配そうに顔を覗き込んできた。
「……あー、ううん! 何でもない」
(ダメダメ! ネガティブになっちゃ!)
愛美は心の中で、そっと自分を叱りつける。さやかは心の優しいコだ。余計な心配をかけてはいけないと、自分に言い聞かせた。
「そう? ならいいんだけどさ。――そういえば、愛美は冬休みどうすんの? 夏休みみたいにまた長野に行くの?」
「う~ん、どうしようかな……。冬場は農業のお手伝いっていっても、そんなにないだろうし。それに寒そうだし」
長野県といえば、日本屈指の豪雪地帯である。あの農園はスキー場にも近いので、それこそ降雪量もハンパな量じゃないだろう。
「だよねえ……。あ、じゃあさ、冬休みはウチにおいでよ」
「えっ、さやかちゃんのお家に? ……いいの?」
思ってもみなかった親友からのお誘いに、愛美は遠慮がちに訊いた。
中学時代はよく友達の家に遊びに行ったりもしていたけれど、それは同じ学区内で近かったからだった。
でも、高校に入ってからできた友達の家に招かれたのは、これが初めてだ。
「うん、モチのロンさ☆ ウチの家族がね、夏にあたしのスマホの写メ見てから、愛美に会いたがっててね。特にお兄ちゃんが、『一回紹介しろ』ってもううるさくて」
ちなみに、さやかが言っている〝写メ〟とは入学してすぐの頃に、クラスメイトで関西出身の藤堂レオナがさやかのスマホで撮影してくれたもので、真新しい制服姿の三人が写っている。
「……お兄さんが? って、この写メに写ってるこの人だよね?」
肩をすくめるさやかに、愛美は自分のスマホの画面を見せた。その画面には、夏休みに彼女が送ってくれた家族写真。そのちょうど中央に、大学生だという彼女の兄が写っているのだ。
「うん、そうそう。ウチのお兄ちゃん、治樹って名前で早稲田大学の三年生なんだけど。写メ見ただけで愛美に一目ぼれしちゃったらしくてさあ」
「…………え?」
愛美は絶句した。一目ぼれなんてされること自体初めての経験で、しかも直接会ったこともない人からなんて。
……確かに、自分でも「わたしって可愛いかも」と少々うぬぼれているかもしれないけれど。
「もう、ホントしょうがないよねえ。あたし、『愛美には好きな人いるよ』って言ったんだけど。『本人から聞くまでは諦めない』って言い張って。もう参ったよ」
「ええー……?」
そこまでいくと、立派なストーカー予備軍である。愛美の恋路の妨げになりそうなら、さっさと諦めてもらった方が平和だ。
「……ねえ。お兄さん、早稲田に通ってるってことは、東京に住んでるんだよね?」
「うん。実家からでも通えないこともないんだけど、大学受かってからは東京で一人暮らししてるよ。――そういえば、純也さんも東京在住だったっけ」
そこまで言って、さやかはようやく愛美の質問の意図を理解したらしい。
「愛美は……、もし東京でウチのお兄ちゃんと純也さんが出くわすことがあったら、って心配してるワケね?」
「うん。だって、わたしが片想いしてる人と、わたしに好意持ってる人だよ? 明らかに修羅場になるよね」
愛美は実際の恋愛経験はないけれど、本からの知識でそういう言葉だけはよく知っているのだ。



