「へえ……、そうでしたの。その家政婦さん、多恵さんっておっしゃったかしら? 私が物心ついた頃にはもういらっしゃいませんでしたけど」
「なんかね、五十代でお仕事辞めて、ご夫婦で長野に移住されたらしいよ。せっかくあの家と土地を純也さんが譲って下さったから、って」
千藤夫妻には子供がいない、と愛美は聞いた。我が子も同然の純也さんから譲り受けたあの広い土地を、早く有効活用したいと思った多恵さんの気持ちは、愛美にも分かる。
「確か純也さん、中学卒業まではよく多恵さんたちに会いに行ってたって聞いたよ。その頃にはもう、農業始めてたんじゃないかな」
珠莉が生まれたのが十六年前。その頃にはもう辺唐院家にいなかったということは、純也さんが中学生になった頃にはもう長野に移住していたことになる。
「……私、愛美さんが羨ましいですわ。私の知らない叔父さまのことをご存じなんだもの。……あっ、別に嫉妬じゃありませんわよ!? ただ単に姪として羨ましいだけですわ!」
(珠莉ちゃん……、なんか可愛い)
顔を真っ赤にして、ムキになって言い訳する彼女に、愛美は好感が持てた。
いつもはツンとしていて澄ましているけれど、こういう姿を見ると「やっぱり彼女も一人の女の子なんだな」と思うから。
「――で、珠莉ちゃん。小説の感想は?」
「えっ? ええ、面白かったですわよ。私、あなたにこんな文才があったなんて驚きましたわ」
「あ……、ありがと。二人とも、読んでくれてありがと! わたし、さっそく明日の放課後、コレ文芸部に出してくるね!」
「そっか。あ、じゃああたしも付き合ったげるよ。一人じゃ心許ないっしょ?」
「いいの? さやかちゃん、ありがと!」
頑張って書いた小説を、久しぶりに褒めてもらえた。しかも、親友二人に。
愛美にはものすごく心強くて、「これなら本当にいけるかも!」と根拠のない自信が彼女の中に溢れてきていた。
* * * *
――そして、翌日の放課後。
「じゃあ、さやかちゃん。ちょっと行ってきます!」
文芸部の部室の前で、愛美は原稿が入った茶封筒を抱え、付き添ってくれたさやかに宣言した。
「うん、行っといで。あたしはここで待ってるから」
さやかに背中を押され、部室のスライドドアを開けようとするけれど、ためらってしまう。
(うわぁ……、緊張するなあ。でも、頑張れわたし!)
深呼吸して、もう一度スライドドアに手をかけた。
「……失礼しまーす」
「はい? ――あ、入部希望者?」
出てきたのは、ポニーテールの落ち着いた感じの女の子。多分、三年生だと思われる。彼女の左腕には〝部長〟と刺しゅうが入った白い腕章がある。
「あ……、いえ。入部の予定はないんですけど。――あの、わたし、一年三組の相川愛美っていいます。コレ、短編小説のコンテストに出したいんですけど……」
緊張でしどろもどろになりながら愛美は答え、抱えていた封筒を文芸部の部長に差し出す。
「ああ、コンテストの応募ね。ご苦労さま。確かに受け付けました」
彼女は愛美から原稿を受け取ると、笑顔でそう言った。
「部外の人の応募って珍しいのよねー。応募要項には書いてあるんだけど、なかなかハードル高いみたいで。あなたの勇気、心から歓迎するわ。結果は一月に出るから、少し待っててね」
「はいっ! よろしくお願いしますっ! じゃ、失礼します」
部室を出た愛美は、書き上げた時以上の達成感を感じながら、意気揚々とさやかの元へ。
「おかえり。――ちゃんと渡せた?」
「うん! ちょっと緊張したけど、なんとか」
「そっか、お疲れ。よく頑張ったね、愛美! じゃあ帰ろ」
実は、初めて上級生と話したのでものすごく勇気が要ったのだ。そんな愛美は、自分の頑張りをさやかが労ってくれたことがすごく嬉しかった。
「結果は一月になるんだって」
――寮に帰る途中、愛美はさやかに文芸部の部長さんから聞いたことを伝えた。
「そっか。楽しみだねー」
「うん……。でもちょっと不安かな。だって、部外の人からの応募って珍しいらしいもん。いつも部活で書いてる人たちに比べたら、わたしなんか素人だよ」
部長さんも言っていた。「部外の人からの応募はハードルが高いみたいだ」と。だから、結果が貼り出された時、その中に自分の名前があるという光景が想像できないでいるのだ。
「そんなことないよ。文芸部の部員っていったって、プロってワケじゃないっしょ? みんなアンタとおんなじ高校生なんだからさ。文章書くのが好きなのは変わんないじゃん。もっと自信持ちなって」
「……うん、そうだね」
愛美は頷く。
この高校に入れることになったのだって、〝あしながおじさん〟が自分の文才を認めてくれたからだった。それを、愛美自身が「自信がない」と言ってしまうと、彼に人を見る目がなかったということになってしまう。
愛美が自分の文才に自信を持つということはつまり、「〝あしながおじさん〟の目は正しかったんだ」と肯定することになるわけで。
(こうして目をかけてもらった以上、ちゃんと認めてもらいたいもんね。おじさまだって、期待してくれてるワケだし)
愛美だって、期待には応えたい。だからといって、その才能に驕るつもりはない。もちろん、ずっと努力は続けていくつもりでいるけれど――。
「まあ、やれるだけのことはやったからね。あとは運任せってことかなー」
「そうなるね。あたしも、愛美が入選できるように一生懸命祈っとくよ。珠莉にも言っとくから」
「……うん、ありがと。そこまでしてくれなくてもいいけど、気持ちだけもらっとくね」
ちなみに、さやかはクリスチャンでも何でもないらしい。珠莉はどうだか知らないけれど。
「なんかね、五十代でお仕事辞めて、ご夫婦で長野に移住されたらしいよ。せっかくあの家と土地を純也さんが譲って下さったから、って」
千藤夫妻には子供がいない、と愛美は聞いた。我が子も同然の純也さんから譲り受けたあの広い土地を、早く有効活用したいと思った多恵さんの気持ちは、愛美にも分かる。
「確か純也さん、中学卒業まではよく多恵さんたちに会いに行ってたって聞いたよ。その頃にはもう、農業始めてたんじゃないかな」
珠莉が生まれたのが十六年前。その頃にはもう辺唐院家にいなかったということは、純也さんが中学生になった頃にはもう長野に移住していたことになる。
「……私、愛美さんが羨ましいですわ。私の知らない叔父さまのことをご存じなんだもの。……あっ、別に嫉妬じゃありませんわよ!? ただ単に姪として羨ましいだけですわ!」
(珠莉ちゃん……、なんか可愛い)
顔を真っ赤にして、ムキになって言い訳する彼女に、愛美は好感が持てた。
いつもはツンとしていて澄ましているけれど、こういう姿を見ると「やっぱり彼女も一人の女の子なんだな」と思うから。
「――で、珠莉ちゃん。小説の感想は?」
「えっ? ええ、面白かったですわよ。私、あなたにこんな文才があったなんて驚きましたわ」
「あ……、ありがと。二人とも、読んでくれてありがと! わたし、さっそく明日の放課後、コレ文芸部に出してくるね!」
「そっか。あ、じゃああたしも付き合ったげるよ。一人じゃ心許ないっしょ?」
「いいの? さやかちゃん、ありがと!」
頑張って書いた小説を、久しぶりに褒めてもらえた。しかも、親友二人に。
愛美にはものすごく心強くて、「これなら本当にいけるかも!」と根拠のない自信が彼女の中に溢れてきていた。
* * * *
――そして、翌日の放課後。
「じゃあ、さやかちゃん。ちょっと行ってきます!」
文芸部の部室の前で、愛美は原稿が入った茶封筒を抱え、付き添ってくれたさやかに宣言した。
「うん、行っといで。あたしはここで待ってるから」
さやかに背中を押され、部室のスライドドアを開けようとするけれど、ためらってしまう。
(うわぁ……、緊張するなあ。でも、頑張れわたし!)
深呼吸して、もう一度スライドドアに手をかけた。
「……失礼しまーす」
「はい? ――あ、入部希望者?」
出てきたのは、ポニーテールの落ち着いた感じの女の子。多分、三年生だと思われる。彼女の左腕には〝部長〟と刺しゅうが入った白い腕章がある。
「あ……、いえ。入部の予定はないんですけど。――あの、わたし、一年三組の相川愛美っていいます。コレ、短編小説のコンテストに出したいんですけど……」
緊張でしどろもどろになりながら愛美は答え、抱えていた封筒を文芸部の部長に差し出す。
「ああ、コンテストの応募ね。ご苦労さま。確かに受け付けました」
彼女は愛美から原稿を受け取ると、笑顔でそう言った。
「部外の人の応募って珍しいのよねー。応募要項には書いてあるんだけど、なかなかハードル高いみたいで。あなたの勇気、心から歓迎するわ。結果は一月に出るから、少し待っててね」
「はいっ! よろしくお願いしますっ! じゃ、失礼します」
部室を出た愛美は、書き上げた時以上の達成感を感じながら、意気揚々とさやかの元へ。
「おかえり。――ちゃんと渡せた?」
「うん! ちょっと緊張したけど、なんとか」
「そっか、お疲れ。よく頑張ったね、愛美! じゃあ帰ろ」
実は、初めて上級生と話したのでものすごく勇気が要ったのだ。そんな愛美は、自分の頑張りをさやかが労ってくれたことがすごく嬉しかった。
「結果は一月になるんだって」
――寮に帰る途中、愛美はさやかに文芸部の部長さんから聞いたことを伝えた。
「そっか。楽しみだねー」
「うん……。でもちょっと不安かな。だって、部外の人からの応募って珍しいらしいもん。いつも部活で書いてる人たちに比べたら、わたしなんか素人だよ」
部長さんも言っていた。「部外の人からの応募はハードルが高いみたいだ」と。だから、結果が貼り出された時、その中に自分の名前があるという光景が想像できないでいるのだ。
「そんなことないよ。文芸部の部員っていったって、プロってワケじゃないっしょ? みんなアンタとおんなじ高校生なんだからさ。文章書くのが好きなのは変わんないじゃん。もっと自信持ちなって」
「……うん、そうだね」
愛美は頷く。
この高校に入れることになったのだって、〝あしながおじさん〟が自分の文才を認めてくれたからだった。それを、愛美自身が「自信がない」と言ってしまうと、彼に人を見る目がなかったということになってしまう。
愛美が自分の文才に自信を持つということはつまり、「〝あしながおじさん〟の目は正しかったんだ」と肯定することになるわけで。
(こうして目をかけてもらった以上、ちゃんと認めてもらいたいもんね。おじさまだって、期待してくれてるワケだし)
愛美だって、期待には応えたい。だからといって、その才能に驕るつもりはない。もちろん、ずっと努力は続けていくつもりでいるけれど――。
「まあ、やれるだけのことはやったからね。あとは運任せってことかなー」
「そうなるね。あたしも、愛美が入選できるように一生懸命祈っとくよ。珠莉にも言っとくから」
「……うん、ありがと。そこまでしてくれなくてもいいけど、気持ちだけもらっとくね」
ちなみに、さやかはクリスチャンでも何でもないらしい。珠莉はどうだか知らないけれど。



