「んもう! 愛美はいいコすぎるの! まだ子供なんだから、もっとワガママ言っていいんだよ? 『ツラい』とか『淋しい』とかさあ。あたしたちにはどんどん弱音吐いちゃいなよ」
さやかが姉のように、愛美を諭す。
彼女は頼られる方が嬉しいんだろう。だから、もっと愛美に「頼ってほしい」と思っているのかもしれない。
「そうですわよ、愛美さん。困っている時に誰かを頼ったり、甘えたりできるのは子供だけの特権ですわ」
「それに、おじさまだって愛美に『甘えてほしい』って思ってるかもよ? わが子も同然なんだし」
「……うん、そうだね」
と頷いてはみたものの。これまで培われてきた性格というのは、なかなか直らないものである。
そして彼女の〝甘え下手な性格〟が、この先彼女自身を苦しめてしまうことになるのだけれど、それはさておき。
「――さて、ボチボチ帰ろっか。それともどっかで一休みして、お茶でもしてく?」
「そうですわねえ。それなら私、いいお店を知ってますわよ」
(お茶……)
盛り上がっている二人をよそに、愛美はその一言に過剰に反応してしまった。初めて純也と二人でお茶した日のことを思い出し、彼女の顔はたちまち真っ赤に染まる。
「……ん? 愛美、どした? 顔赤いけど」
「…………なんか今、純也さんのこと思い出しちゃった」
「あらまあ、叔父さまのことを?」
珠莉が目を丸くした。けれど、気を悪くした様子はない。
「うん……」
「恋するオトメは大変だねえ」と、さやかは笑った。
「オッケー。お茶は寮に帰ってから、ウチの部屋でやることにして。帰ろ。その代わり――」
「えっ?」
「愛美が書こうとしてる小説の構想、聞かせてよ。……あっ、もしかして恋愛小説書くつもりだったり?」
さやかが愛美をからかってきた。ただし、彼女に悪意はない。女子高生は、人の恋バナを聞きたがるものである。
「ぇえっ!? まだ何にも決まってないよ、ホントに!」
恋愛小説なんて、今の愛美に書けるわけがない。今まで恋愛経験が全くないんだから。
「あー、そっか。今が初恋だったね。でもさ、これで恋愛小説も書けるようになるんじゃないの?」
「…………まあ、そのうちね。考えとく」
さやかに食い下がられ、愛美はそう答えた。
今も想像でなら、書けないこともないかもしれないけれど。とりあえず今は自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいで、この経験を小説にしようなんて発想は浮かばないのだ。
「うん……、そっか。まあ、今回はどんなの書くかわかんないけどさ、頑張ってね。書けたらコンテストに出す前に、あたしたちに一回読ませてよ」
「私も読んでみたいわ。楽しみにしてますわよ」
「うん、もちろん!」
小説というのは、自己満足で終わってはいけないと愛美は思っている。
自分では「いい作品が書けた」と思っていても、客観的に読んで評価してくれる人に一度は読んでもらわないと、それが本当に〝いい作品〟かどうか分からないのだ。
親友になりつつある二人が最初の読者になってくれるなら、これ以上喜ばしいことはない。
「その代わり、忖度ナシでズバズバ批評させてもらうから。覚悟しといてね」
「ええ~~~~!? お手柔らかにお願いっ!」
「ハハハッ! 冗談だよ、冗談っ! ――さ、帰ろっ」
愛美のブーイングをさやかが笑って受け流し、三人は改めて寮への帰路についた。
* * * *
寮のさやかたちの部屋でお茶を飲み、自分の部屋に帰ってきた愛美は、荷物をすべてしまい終えると机に向かった。
開いたのは買ってきたばかりの原稿用紙……ではなく、ネタ帳兼メモ帳として使っているあのノート。開いたページには、夏休みに千藤農園で書き留めてきた小説のネタがビッシリだ。
「よしっ! 書こう」
まずは真新しいノートに、プロットを作成する。
書こうと決めたのは、子供時代の純也さんのエピソードをもとにした短編である。都会で育った男の子が、あるキッカケで農園で暮らすことになり、そこで色々な初めての〝冒険〟をする、というストーリーだ。
愛美があの時に感じたドキドキ感を、そのままこの小説の主人公に投影しようと思ったのだ。……もっとも、愛美自身は元々都会っ子ではないのだけれど。
(このプロットがひと段落ついたら、おじさまに手紙書こう)
無事に寮に帰ってきたこと、二学期が始まったこと、小説のコンテストに挑戦することを報告しなきゃ。愛美はそう決めた。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
夏休みも終わって、寮に帰ってきました。そして今日から二学期です。
先生たちが「二学期から勉強が難しくなるよ」って言ってたので、わたしもほんのちょっとだけ不安です。本当に、ほんのちょっとだけ。
おじさまに、わたしから一つご報告があります。さやかちゃんの勧めで、わたしは毎年この学校の文芸部が行ってる短編小説コンテストに挑戦することにしました! いよいよわたし、作家への一歩を踏み出したんです!
このコンテストは文芸部員じゃなくても応募できるそうで、わたしも部員じゃないけど出すことにしたんです。入選したら、賞金も二万五千円出るそうです。
題材は、千藤農園でお世話になってる時に書き溜めておきました。
豊かな自然、農園での生活風景、農作業、それから子供の頃の純也さんのこと。これを全部組み立てたら、「都会育ちの男の子が初めて暮らすことになった農園での冒険」のお話ができました。
まだプロットができたところですけど、これから頑張っていい小説にします。
書きあがったら、まずはさやかちゃんと珠莉ちゃんに読んでもらうことになってますけど、ぜひおじさまにも読んで頂きたいです。
また進み具合をお知らせしますね。ではまた。 かしこ
九月一日 愛美 』
****
さやかが姉のように、愛美を諭す。
彼女は頼られる方が嬉しいんだろう。だから、もっと愛美に「頼ってほしい」と思っているのかもしれない。
「そうですわよ、愛美さん。困っている時に誰かを頼ったり、甘えたりできるのは子供だけの特権ですわ」
「それに、おじさまだって愛美に『甘えてほしい』って思ってるかもよ? わが子も同然なんだし」
「……うん、そうだね」
と頷いてはみたものの。これまで培われてきた性格というのは、なかなか直らないものである。
そして彼女の〝甘え下手な性格〟が、この先彼女自身を苦しめてしまうことになるのだけれど、それはさておき。
「――さて、ボチボチ帰ろっか。それともどっかで一休みして、お茶でもしてく?」
「そうですわねえ。それなら私、いいお店を知ってますわよ」
(お茶……)
盛り上がっている二人をよそに、愛美はその一言に過剰に反応してしまった。初めて純也と二人でお茶した日のことを思い出し、彼女の顔はたちまち真っ赤に染まる。
「……ん? 愛美、どした? 顔赤いけど」
「…………なんか今、純也さんのこと思い出しちゃった」
「あらまあ、叔父さまのことを?」
珠莉が目を丸くした。けれど、気を悪くした様子はない。
「うん……」
「恋するオトメは大変だねえ」と、さやかは笑った。
「オッケー。お茶は寮に帰ってから、ウチの部屋でやることにして。帰ろ。その代わり――」
「えっ?」
「愛美が書こうとしてる小説の構想、聞かせてよ。……あっ、もしかして恋愛小説書くつもりだったり?」
さやかが愛美をからかってきた。ただし、彼女に悪意はない。女子高生は、人の恋バナを聞きたがるものである。
「ぇえっ!? まだ何にも決まってないよ、ホントに!」
恋愛小説なんて、今の愛美に書けるわけがない。今まで恋愛経験が全くないんだから。
「あー、そっか。今が初恋だったね。でもさ、これで恋愛小説も書けるようになるんじゃないの?」
「…………まあ、そのうちね。考えとく」
さやかに食い下がられ、愛美はそう答えた。
今も想像でなら、書けないこともないかもしれないけれど。とりあえず今は自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいで、この経験を小説にしようなんて発想は浮かばないのだ。
「うん……、そっか。まあ、今回はどんなの書くかわかんないけどさ、頑張ってね。書けたらコンテストに出す前に、あたしたちに一回読ませてよ」
「私も読んでみたいわ。楽しみにしてますわよ」
「うん、もちろん!」
小説というのは、自己満足で終わってはいけないと愛美は思っている。
自分では「いい作品が書けた」と思っていても、客観的に読んで評価してくれる人に一度は読んでもらわないと、それが本当に〝いい作品〟かどうか分からないのだ。
親友になりつつある二人が最初の読者になってくれるなら、これ以上喜ばしいことはない。
「その代わり、忖度ナシでズバズバ批評させてもらうから。覚悟しといてね」
「ええ~~~~!? お手柔らかにお願いっ!」
「ハハハッ! 冗談だよ、冗談っ! ――さ、帰ろっ」
愛美のブーイングをさやかが笑って受け流し、三人は改めて寮への帰路についた。
* * * *
寮のさやかたちの部屋でお茶を飲み、自分の部屋に帰ってきた愛美は、荷物をすべてしまい終えると机に向かった。
開いたのは買ってきたばかりの原稿用紙……ではなく、ネタ帳兼メモ帳として使っているあのノート。開いたページには、夏休みに千藤農園で書き留めてきた小説のネタがビッシリだ。
「よしっ! 書こう」
まずは真新しいノートに、プロットを作成する。
書こうと決めたのは、子供時代の純也さんのエピソードをもとにした短編である。都会で育った男の子が、あるキッカケで農園で暮らすことになり、そこで色々な初めての〝冒険〟をする、というストーリーだ。
愛美があの時に感じたドキドキ感を、そのままこの小説の主人公に投影しようと思ったのだ。……もっとも、愛美自身は元々都会っ子ではないのだけれど。
(このプロットがひと段落ついたら、おじさまに手紙書こう)
無事に寮に帰ってきたこと、二学期が始まったこと、小説のコンテストに挑戦することを報告しなきゃ。愛美はそう決めた。
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『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
夏休みも終わって、寮に帰ってきました。そして今日から二学期です。
先生たちが「二学期から勉強が難しくなるよ」って言ってたので、わたしもほんのちょっとだけ不安です。本当に、ほんのちょっとだけ。
おじさまに、わたしから一つご報告があります。さやかちゃんの勧めで、わたしは毎年この学校の文芸部が行ってる短編小説コンテストに挑戦することにしました! いよいよわたし、作家への一歩を踏み出したんです!
このコンテストは文芸部員じゃなくても応募できるそうで、わたしも部員じゃないけど出すことにしたんです。入選したら、賞金も二万五千円出るそうです。
題材は、千藤農園でお世話になってる時に書き溜めておきました。
豊かな自然、農園での生活風景、農作業、それから子供の頃の純也さんのこと。これを全部組み立てたら、「都会育ちの男の子が初めて暮らすことになった農園での冒険」のお話ができました。
まだプロットができたところですけど、これから頑張っていい小説にします。
書きあがったら、まずはさやかちゃんと珠莉ちゃんに読んでもらうことになってますけど、ぜひおじさまにも読んで頂きたいです。
また進み具合をお知らせしますね。ではまた。 かしこ
九月一日 愛美 』
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