* * * *


 ――その二日後に無事珠莉がイタリアから帰国し、九月。二学期が始まった。

「――いやー、助かったぁ。愛美が宿題教えてくれたおかげで、あたしも恥かかずに済んだわ。ありがとね」

 三限目終了のチャイムが鳴るなり、さやかが愛美の席までやってきた。

「そう? 役に立ててよかった」

 始業式の日は授業がなく、ホームルームが終わるとあとは生徒たちの自由時間。寮にまっすぐ帰るもよし、街へショッピングに出るもよし。
 なので、さやかが愛美に放課後の予定を訊ねた。

「愛美、このあとどうする? 寮に帰る? それともどっかに買いもの行く?」

「う~ん。お買いものは行きたいけど、制服のまんまはちょっと……。一度寮に帰って着替えて、お昼ゴハンが済んでからにしようよ」

 他の同級生は、何の抵抗もなく制服のままで街に()り出しているらしいけれど。愛美はそれに抵抗があるのか、まだ慣れないでいる。
 服を着替えることで、学校とそれ以外のスイッチを切り替えたいのかもしれない。

「あたしはどっちでもいいけど……。愛美がそうしたいんなら、あたしもそうするよ。ねえ、珠莉も行く?」

 さやかはいつの間にか近くに来ていた珠莉にも話を振った。

「お二人が行くのなら、もちろん私もご一緒するわ」

 珠莉という子は初対面の時はツンケンしていて、あまり好きになれないタイプだと愛美は思っていたけれど。半年近く付き合ってきて分かった気がする。
 本当の彼女は、淋しがり屋なんだと。――そう思うと、彼女に対する反感とか苦手意識がなくなってきた。

「うん。じゃあ三人で行こう」

「しょうがないなぁ。愛美がそう言うんなら」

 さやかもやっぱり、なんだかんだ言っても愛美と仲良しでいたいし、珠莉との距離も縮めようと努力しているんだろう。

 ――というわけで、この日の放課後は三人で、街までショッピングに繰り出すこととなった。

 三人は教室を出て、寮に向かうべく校舎二階の廊下を歩いていく。
 その途中、文芸部の部室の前を通りかかると――。

「……ん? 見て見て、愛美! コレ!」

 さやかが一枚の張り紙の前で立ち止まり、愛美に呼びかけた。

「どしたの、さやかちゃん? ――『短編小説コンテスト、作品募集中』……」

 愛美の目も、その張り紙に釘付けになった。
 それは、この学校の文芸部が毎年秋から冬にかけて行っている短編小説のコンテストの張り紙。よく読んでみると、「部員じゃなくても応募可」とある。
 そして、原稿は手書きのみ受け付けます、とも書かれている。

「ねえ愛美、ダメもとで出してみなよ。どうせ小説書くんなら、何か目標あった方が張り合いあるでしょ? チャレンジしてみて損はないと思うよ」

「そうねえ。愛美さんのお書きになる小説を読んでもらえる、いいキッカケになるかもしれないわよ?」

 二人の友人に勧められ、愛美は考えた。

(わたしの書いた小説を、読んでもらえる機会……)

 中学時代は文芸部に入っていて、部誌に作品を載せていたから、多くの人の目に自分の作品が触れる機会があった。そのおかげで〝あしながおじさん〟の目にも止まり、愛美は今この学校に通えている。
 それに、施設の弟妹たちに向けてもお話を書いて読ませてあげていた。

 高校に入ってから約半年、やっと(めぐ)ってきた機会だ。乗るかそるか、と訊かれれば――。

(もちろん、乗るに決まってる!)

「うん。――さやかちゃん、珠莉ちゃん。わたし、これに挑戦してみる!」

 愛美は二人の友人に、高らかに宣言した。

「愛美っ、よくぞ言った! 頑張ってね!」

「私も応援するわ! 頑張って下さいな」

「うん! 二人とも、ありがと! わたし頑張って書くね!」

 張り切る愛美は、このあと街で買うものを決めた。

(原稿用紙とペンが()るなあ。あと、資料になる本も)

 当初の予定では、秋物の洋服や靴だけを買いに行くつもりでいたのだけれど。これで立ち寄る店が二軒増えた。

「ねえねえ、百円ショップと本屋さんに寄らせてもらっていい?」

 原稿用紙とペンなら文房具店で買うよりも百均の方が安上がりだし、本は図書館で借りるよりも買ってしまった方が返却する手間が(はぶ)ける。

「いいよ。じゃ、十二時に食堂に集合ね」

「うん、分かった」


   * * * *


「――それにしても、スゴい荷物だねえ……。愛美、重たくないの?」

 すべてのショッピングを終えて寮に帰る途中、重そうな袋をいくつも抱えた愛美に、さやかが心配そうに訊ねた。

「うん……、大丈夫!」

 愛美は気丈に答えたけれど、本当はものすごく重かった。
 五十枚入りの原稿用紙が五袋とペンが入っている百円ショップの袋と、資料にしようと買い込んだ本が何冊も入っている書店の紙袋、それプラス洋服や靴などが入った紙袋。
 重いけれど、どれも必要なものだから愛美は自分で持って帰りたいのだ。

「あたし、どれか一つ持ってあげようか? ムリしなくていいから貸してみ」

「…………うん、ありがと。お願い」

 少し迷った末、愛美はさやかの厚意に甘えることにした。本の入った紙袋を彼女に手渡す。

「愛美ってば、友達に意地張ることないじゃん。こういう時は、素直に頼ればいいんだよ」

「うん……。でもわたし、『周りに甘えてちゃいけない』って思ってるの。だから、今のこの状況も実は不本意なんだよね」

 愛美には身寄りがない。〝あしながおじさん〟だって元を(ただ)せば赤の他人。いつまでも頼るわけにはいかない。――だから彼女は、「早く自立しないと」と思っているのだ。