――夏休みが終わる一週間前、愛美は〈双葉寮〉に帰ってきた。
「お~い、愛美! お帰り!」
大荷物を引きずって二階の部屋に入ろうとすると、一足先に帰ってきていたさやかが出迎えてくれて、荷物を部屋に入れるのを手伝ってくれた。
「あ、ありがと、さやかちゃん。ただいま」
「どういたしまして。――で、どうだった? 農園での夏休みは。楽しかった?」
さやかはそのまま愛美の部屋に残り、愛美の土産話を聞きたがる。
愛美はベッドに腰かけ、座卓の前に座っているさやかに語りかけた。
「うん、楽しかったよ。農作業とか色々体験させてもらったし、お料理も教えてもらったし。すごく充実した一ヶ月間だった」
「へえ、よかったね」
「うん! いいところだったよー。自然がいっぱいで、空気も澄んでて、夜は星がすごくキレイに見えたの。降ってくるみたいに。あと、お世話になった人たちもみんないい人ばっかりで」
「星がキレイって……。アンタが育った山梨もそうなんじゃないの?」
〝田舎〟という括りでいうなら、長野も山梨もそれほど違わないと思うのだけれど。――ちなみに、ここでいう〝田舎〟とは「〝都会〟に対しての〝田舎〟」という意味である。
「そうかもだけど。ここに入るまでは、星なんてゆっくり見てる余裕なかったもん」
施設にいた頃の愛美は、同室のおチビちゃんたちのお世話に職員さんのお手伝い、学校での勉強に進路問題にと忙しく、心のゆとりなんてなかったのだ。
「あ、そうだ。あのね、わたしがお世話になった農園って、純也さんとご縁があったの。昔は辺唐院家の持ちもので、子供の頃に喘息持ちだった純也さんがそこで療養してたんだって」
彼の喘息が完治したのは、あの土地の空気が澄んでいたからだろう。
「でね、純也さんと電話でちょっとお話できたんだ♪」
「へえ、よかったじゃん。……で? 愛美はますます彼のこと好きになっちゃったんだ?」
「……………………うん」
さやかにからかわれた愛美は、長~い沈黙のあとに頷いて顔を真っ赤に染めた。思いっきり図星だったからである。
(ヤバい! また顔に出ちゃってるよ、わたし! もうホントにスルースキルが欲しいよ……)
純也さんとは電話で話しただけだったけれど、あの時でさえ胸の高鳴りを抑えられなかった。もしも本人と対面して話していたら……と思うと、何だか怖くなる。
ちなみに、あの家の屋根裏で見つけた本は、そのままもらってきた。「愛美ちゃんが気に入ったなら、持ってっていいわよ」と多恵さんが言ってくれたからである。
「――あ、ねえねえ。このノートなに?」
荷解きを手伝い始めたさやかが、愛美のスポーツバッグから一冊のノートを取り上げた。
「ああ、それ? 小説のネタ帳っていうか、メモっていうか。これから小説書くときに参考になりそうなこと、色々と書き溜めてきたの」
「小説? 愛美、小説書くの?」
さやかが小首を傾げる。
(……あ、そういえばさやかちゃんにも珠莉ちゃんにも、まだ話してなかったっけ。わたしが小説家目指してること)
入学してそろそろ五ヶ月になるのに、自分の大事な夢をまだ友達に話していなかったのだ。
「うん。実はわたし、小説家になりたくて。中学時代も文芸部に入っててね、三年生の時は部長もやってたんだよ」
「へえ、そうなんだ? スゴイじゃん! 頑張って! 愛美の書く小説、あたしも読んでみたいなー」
夢とかいうとバカにされるこのご時世に、さやかはバカにすることなく、素直に応援してくれた。
「うん! いつか読ませてあげるよ。わたし、頑張るね!」
純也さんに夢を応援してもらえることも嬉しかったけれど、親友のさやかというもう一人のファンができたこともまた、愛美は同じくらい嬉しかった。
(よし、頑張ろう! 二人に喜んでもらいたいもん)
夏休み前まではこの学校に慣れること・流行に追いつくことで精いっぱいで、小説を書くヒマなんてなかった。
でも、半年近く経った今は少し時間的にも心にもゆとりができてきたから、書き始めるにはちょうどいい時期かもしれない。
「――あ、そうだ。ご家族の写真、送ってくれてありがとね」
さやかは夏休みの間に、約束通り愛美のスマホにメッセージをくれた。キャンプ先で撮った、家族全員の写真を添付して。
『これがウチの家族全員だよ('ω')』
そんなメッセージとともに送られてきた写真には、さやかと彼女の両親・大学生くらいの兄・中学生くらいの弟・幼い妹・そして祖母らしき七十代くらいの女性が写っていて、「さやかちゃん家ってこんなに大家族なんだ!」と愛美は驚いたものだ。
「いやいや、約束してたからね。ウチ、家族多くて驚いたでしょ?」
「うん。今時珍しいよね。あれで全員なの?」
「そうだよ。あと、ネコが一匹いる」
「へえ……、ネコちゃんかぁ。可愛いだろうなぁ」
ちなみに祖母は父方の祖母で、祖父はすでにこの世にいないらしい。
「わたし、普通の家庭って羨ましい。将来結婚して家庭を持ったら、そんなあったかい家庭にしたいな」
あの写真からも、牧村家の温かさが伝わってきた。さやかの家は、愛美の理想とする家庭そのものだ。
「それ言うんなら、あたしはアンタの方が羨ましいよ。兄弟姉妹がいっぱいいるじゃん」
自分だって四人兄妹の二番目なのに、さやかは施設でたくさんの〝兄弟姉妹〟と育ってきた愛美を羨んだ。
「お~い、愛美! お帰り!」
大荷物を引きずって二階の部屋に入ろうとすると、一足先に帰ってきていたさやかが出迎えてくれて、荷物を部屋に入れるのを手伝ってくれた。
「あ、ありがと、さやかちゃん。ただいま」
「どういたしまして。――で、どうだった? 農園での夏休みは。楽しかった?」
さやかはそのまま愛美の部屋に残り、愛美の土産話を聞きたがる。
愛美はベッドに腰かけ、座卓の前に座っているさやかに語りかけた。
「うん、楽しかったよ。農作業とか色々体験させてもらったし、お料理も教えてもらったし。すごく充実した一ヶ月間だった」
「へえ、よかったね」
「うん! いいところだったよー。自然がいっぱいで、空気も澄んでて、夜は星がすごくキレイに見えたの。降ってくるみたいに。あと、お世話になった人たちもみんないい人ばっかりで」
「星がキレイって……。アンタが育った山梨もそうなんじゃないの?」
〝田舎〟という括りでいうなら、長野も山梨もそれほど違わないと思うのだけれど。――ちなみに、ここでいう〝田舎〟とは「〝都会〟に対しての〝田舎〟」という意味である。
「そうかもだけど。ここに入るまでは、星なんてゆっくり見てる余裕なかったもん」
施設にいた頃の愛美は、同室のおチビちゃんたちのお世話に職員さんのお手伝い、学校での勉強に進路問題にと忙しく、心のゆとりなんてなかったのだ。
「あ、そうだ。あのね、わたしがお世話になった農園って、純也さんとご縁があったの。昔は辺唐院家の持ちもので、子供の頃に喘息持ちだった純也さんがそこで療養してたんだって」
彼の喘息が完治したのは、あの土地の空気が澄んでいたからだろう。
「でね、純也さんと電話でちょっとお話できたんだ♪」
「へえ、よかったじゃん。……で? 愛美はますます彼のこと好きになっちゃったんだ?」
「……………………うん」
さやかにからかわれた愛美は、長~い沈黙のあとに頷いて顔を真っ赤に染めた。思いっきり図星だったからである。
(ヤバい! また顔に出ちゃってるよ、わたし! もうホントにスルースキルが欲しいよ……)
純也さんとは電話で話しただけだったけれど、あの時でさえ胸の高鳴りを抑えられなかった。もしも本人と対面して話していたら……と思うと、何だか怖くなる。
ちなみに、あの家の屋根裏で見つけた本は、そのままもらってきた。「愛美ちゃんが気に入ったなら、持ってっていいわよ」と多恵さんが言ってくれたからである。
「――あ、ねえねえ。このノートなに?」
荷解きを手伝い始めたさやかが、愛美のスポーツバッグから一冊のノートを取り上げた。
「ああ、それ? 小説のネタ帳っていうか、メモっていうか。これから小説書くときに参考になりそうなこと、色々と書き溜めてきたの」
「小説? 愛美、小説書くの?」
さやかが小首を傾げる。
(……あ、そういえばさやかちゃんにも珠莉ちゃんにも、まだ話してなかったっけ。わたしが小説家目指してること)
入学してそろそろ五ヶ月になるのに、自分の大事な夢をまだ友達に話していなかったのだ。
「うん。実はわたし、小説家になりたくて。中学時代も文芸部に入っててね、三年生の時は部長もやってたんだよ」
「へえ、そうなんだ? スゴイじゃん! 頑張って! 愛美の書く小説、あたしも読んでみたいなー」
夢とかいうとバカにされるこのご時世に、さやかはバカにすることなく、素直に応援してくれた。
「うん! いつか読ませてあげるよ。わたし、頑張るね!」
純也さんに夢を応援してもらえることも嬉しかったけれど、親友のさやかというもう一人のファンができたこともまた、愛美は同じくらい嬉しかった。
(よし、頑張ろう! 二人に喜んでもらいたいもん)
夏休み前まではこの学校に慣れること・流行に追いつくことで精いっぱいで、小説を書くヒマなんてなかった。
でも、半年近く経った今は少し時間的にも心にもゆとりができてきたから、書き始めるにはちょうどいい時期かもしれない。
「――あ、そうだ。ご家族の写真、送ってくれてありがとね」
さやかは夏休みの間に、約束通り愛美のスマホにメッセージをくれた。キャンプ先で撮った、家族全員の写真を添付して。
『これがウチの家族全員だよ('ω')』
そんなメッセージとともに送られてきた写真には、さやかと彼女の両親・大学生くらいの兄・中学生くらいの弟・幼い妹・そして祖母らしき七十代くらいの女性が写っていて、「さやかちゃん家ってこんなに大家族なんだ!」と愛美は驚いたものだ。
「いやいや、約束してたからね。ウチ、家族多くて驚いたでしょ?」
「うん。今時珍しいよね。あれで全員なの?」
「そうだよ。あと、ネコが一匹いる」
「へえ……、ネコちゃんかぁ。可愛いだろうなぁ」
ちなみに祖母は父方の祖母で、祖父はすでにこの世にいないらしい。
「わたし、普通の家庭って羨ましい。将来結婚して家庭を持ったら、そんなあったかい家庭にしたいな」
あの写真からも、牧村家の温かさが伝わってきた。さやかの家は、愛美の理想とする家庭そのものだ。
「それ言うんなら、あたしはアンタの方が羨ましいよ。兄弟姉妹がいっぱいいるじゃん」
自分だって四人兄妹の二番目なのに、さやかは施設でたくさんの〝兄弟姉妹〟と育ってきた愛美を羨んだ。



