愛美の言い方は、ある意味的を射ていたのかもしれない。
お金持ちのお坊っちゃん、それもあの辺唐院家の子息なら、もっとツンケンしていて大人びている子供でもおかしくなかったはずなのに。珠莉を知っているから、余計にそう思うのだろうか。
「そうね。正義感もお強かったし、それでいていたずらっ子なところもおありだったわ。でも、そこが憎めないのよ。私も、母親になったみたいな気持ちで坊っちゃんのお世話をさせて頂いてたわ」
「フフフッ。多恵さん、純也さんが可愛くて仕方なかったんですね」
愛美は微笑ましくその話を聞いていた。これが実の母親だったら、なんという親バカだろうか。
(なんか、今でもここに純也さんがいそうな感じがする。それも、無邪気な子供時代の)
――泥んこになるまで遊びまわって、帰ってきたら多恵さんに「お腹すいたー! おやつま~だ~?」とねだっている純也少年の姿が、愛美の脳裏に浮かんだ。
「中学を卒業されてからは、ここにはあまり来られなくなったんだけど。最近はきっと、お仕事がお忙しいのかしらねえ」
「そうですか……。でも、連絡は来るんでしょう?」
彼はきっと、情に厚い人のはず。昔お世話になった恩人に連絡をしないわけがない。
「ええ。毎年、夏になるとお電話を下さるわよ。でも今年はまだだわね」
「そうなんですか。――多恵さん、色々教えて下さってありがとうございました」
これだけ話を聞かせてもらえれば、愛美は満足だ。彼の幼い頃を知ったおかげで、彼のことをもっと好きになれる気がしたから。
「いえいえ、どういたしまして。――ねえ愛美ちゃん、もしかして坊っちゃんに恋してるんじゃないの?」
「……はい。でも、どうして分かったんですか?」
「フフッ。だって、私もオンナだもの。この年齢になってもね」
多恵さんにも、愛美の彼への恋心はバレバレだったらしい。自分では、うまく隠していたつもりだったのだけれど。
(は~~~~、もうヤダヤダ! なんでこんなにダダ漏れなの!?)
初恋ってこんなものだろうか? 「好き」という気持ちがうまく隠せなくて、思いっきり顔に出ているとか。
(もうちょっとオトナになって、感情をうまく隠すスキルを身につけないと……)
愛美はそう固く決心した。――それはさておき。
「多恵さん、わたしはもうちょっとここに残っててもいいですか? 多恵さんは先に下りて休んで下さい」
愛美は彼女にそう言った。
幼い頃の純也さんと、もう少し〝二人きりで対話〟したくなったのだ。彼の人となりをもっと知りたい。そして持ち前の想像力で、自分なりにその頃の彼のイメージを膨らませたい。
「ええ、どうぞ。じゃあ、私は先に休ませてもらうわね。愛美ちゃん、おやすみなさい」
――多恵さんが下の階に下りていくと、愛美は広い屋根裏部屋の隅から隅まで歩き回ってみた。
「……ん? 何だろ、コレ? 本……かなあ」
手に取ったのは、ホコリを被った小さなテーブルの上に無造作に置かれていた一冊のハードカバーの本。タイトルは聞いたことがないけれど、どうも海外の冒険小説の日本語翻訳版らしい。
表紙を開き、見開きの部分に見つけたおかしな落書きに、愛美は思わず笑ってしまった。
そこには、子供が書きなぐったような字でこう書かれていた。
『この本が迷子になってたら、ちゃんと手をひいてぼくのところに連れて帰ってきてほしいです。辺唐院じゅんや』
「やだ、なにコレ? 可愛い」
ここで静養していた頃に、純也が気に入って読んでいた本らしい。もうページはどこもクタクタだし、あちこちに小さな手形がついている。
「純也さんって、子供の頃から読書好きだったんだ……」
初めて学校で愛美に会った時に、彼は「読書好きだ」と言っていたけれど。その原点がここにあったとは。
この屋根裏に残されている彼の痕跡は、これだけではない。
水鉄砲、飛行機の模型、野球のボールやグローブ……。男の子が外で喜んで遊びそうなものがたくさんある。
(わたしも、子供の頃の純也さんに会ってみたかったな……。そうだ! 今度会った時、ここのこと彼に話してみようかな)
彼はどんな顔をするんだろう? 照れ臭そうにするかな? それとも得意そうに微笑むのかな……?
愛美は本を手にしたまま、自分の部屋に戻った。彼が夢中になって読み耽っていた本。その面白さを共有したいと思った。
――そしてその夜、愛美が昼間に書いた手紙には続きが書き足された。
****
『おじさま、今は夜の九時です。
この手紙は午後に一度書き上げてましたけど、あのあと書きたいことが増えたので少し書き足します。
夕食の後、多恵さんから純也さんの子供の頃のお話を聞かせて頂きました。
彼は昔喘息があって、十一歳くらいの頃にここで静養してたそうです。でも発作が起きない時はお元気だったそうで、ほとんど毎日泥んこになるまで外で遊び回ってたらしいです。
この家の屋根裏には、彼のお気に入りの本や遊び道具がたくさん残ってます。きっと、雨降りで外で遊べない時に、そこで過ごしてたんじゃないかな。
彼は子供の頃から読書好きだったみたい。そして無邪気で素直で、正義感も強かったんだと多恵さんは教えて下さいました。
わたし、彼の幼い頃のことを知って、ますます彼のことが好きになりました。お金持ちの御曹司で青年実業家の純也さんではなく、〝辺唐院純也〟という一人の男性として。決して打算なんかじゃありません!
今度こそ、これで失礼します。おじさま、おやすみなさい。 』
****
お金持ちのお坊っちゃん、それもあの辺唐院家の子息なら、もっとツンケンしていて大人びている子供でもおかしくなかったはずなのに。珠莉を知っているから、余計にそう思うのだろうか。
「そうね。正義感もお強かったし、それでいていたずらっ子なところもおありだったわ。でも、そこが憎めないのよ。私も、母親になったみたいな気持ちで坊っちゃんのお世話をさせて頂いてたわ」
「フフフッ。多恵さん、純也さんが可愛くて仕方なかったんですね」
愛美は微笑ましくその話を聞いていた。これが実の母親だったら、なんという親バカだろうか。
(なんか、今でもここに純也さんがいそうな感じがする。それも、無邪気な子供時代の)
――泥んこになるまで遊びまわって、帰ってきたら多恵さんに「お腹すいたー! おやつま~だ~?」とねだっている純也少年の姿が、愛美の脳裏に浮かんだ。
「中学を卒業されてからは、ここにはあまり来られなくなったんだけど。最近はきっと、お仕事がお忙しいのかしらねえ」
「そうですか……。でも、連絡は来るんでしょう?」
彼はきっと、情に厚い人のはず。昔お世話になった恩人に連絡をしないわけがない。
「ええ。毎年、夏になるとお電話を下さるわよ。でも今年はまだだわね」
「そうなんですか。――多恵さん、色々教えて下さってありがとうございました」
これだけ話を聞かせてもらえれば、愛美は満足だ。彼の幼い頃を知ったおかげで、彼のことをもっと好きになれる気がしたから。
「いえいえ、どういたしまして。――ねえ愛美ちゃん、もしかして坊っちゃんに恋してるんじゃないの?」
「……はい。でも、どうして分かったんですか?」
「フフッ。だって、私もオンナだもの。この年齢になってもね」
多恵さんにも、愛美の彼への恋心はバレバレだったらしい。自分では、うまく隠していたつもりだったのだけれど。
(は~~~~、もうヤダヤダ! なんでこんなにダダ漏れなの!?)
初恋ってこんなものだろうか? 「好き」という気持ちがうまく隠せなくて、思いっきり顔に出ているとか。
(もうちょっとオトナになって、感情をうまく隠すスキルを身につけないと……)
愛美はそう固く決心した。――それはさておき。
「多恵さん、わたしはもうちょっとここに残っててもいいですか? 多恵さんは先に下りて休んで下さい」
愛美は彼女にそう言った。
幼い頃の純也さんと、もう少し〝二人きりで対話〟したくなったのだ。彼の人となりをもっと知りたい。そして持ち前の想像力で、自分なりにその頃の彼のイメージを膨らませたい。
「ええ、どうぞ。じゃあ、私は先に休ませてもらうわね。愛美ちゃん、おやすみなさい」
――多恵さんが下の階に下りていくと、愛美は広い屋根裏部屋の隅から隅まで歩き回ってみた。
「……ん? 何だろ、コレ? 本……かなあ」
手に取ったのは、ホコリを被った小さなテーブルの上に無造作に置かれていた一冊のハードカバーの本。タイトルは聞いたことがないけれど、どうも海外の冒険小説の日本語翻訳版らしい。
表紙を開き、見開きの部分に見つけたおかしな落書きに、愛美は思わず笑ってしまった。
そこには、子供が書きなぐったような字でこう書かれていた。
『この本が迷子になってたら、ちゃんと手をひいてぼくのところに連れて帰ってきてほしいです。辺唐院じゅんや』
「やだ、なにコレ? 可愛い」
ここで静養していた頃に、純也が気に入って読んでいた本らしい。もうページはどこもクタクタだし、あちこちに小さな手形がついている。
「純也さんって、子供の頃から読書好きだったんだ……」
初めて学校で愛美に会った時に、彼は「読書好きだ」と言っていたけれど。その原点がここにあったとは。
この屋根裏に残されている彼の痕跡は、これだけではない。
水鉄砲、飛行機の模型、野球のボールやグローブ……。男の子が外で喜んで遊びそうなものがたくさんある。
(わたしも、子供の頃の純也さんに会ってみたかったな……。そうだ! 今度会った時、ここのこと彼に話してみようかな)
彼はどんな顔をするんだろう? 照れ臭そうにするかな? それとも得意そうに微笑むのかな……?
愛美は本を手にしたまま、自分の部屋に戻った。彼が夢中になって読み耽っていた本。その面白さを共有したいと思った。
――そしてその夜、愛美が昼間に書いた手紙には続きが書き足された。
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『おじさま、今は夜の九時です。
この手紙は午後に一度書き上げてましたけど、あのあと書きたいことが増えたので少し書き足します。
夕食の後、多恵さんから純也さんの子供の頃のお話を聞かせて頂きました。
彼は昔喘息があって、十一歳くらいの頃にここで静養してたそうです。でも発作が起きない時はお元気だったそうで、ほとんど毎日泥んこになるまで外で遊び回ってたらしいです。
この家の屋根裏には、彼のお気に入りの本や遊び道具がたくさん残ってます。きっと、雨降りで外で遊べない時に、そこで過ごしてたんじゃないかな。
彼は子供の頃から読書好きだったみたい。そして無邪気で素直で、正義感も強かったんだと多恵さんは教えて下さいました。
わたし、彼の幼い頃のことを知って、ますます彼のことが好きになりました。お金持ちの御曹司で青年実業家の純也さんではなく、〝辺唐院純也〟という一人の男性として。決して打算なんかじゃありません!
今度こそ、これで失礼します。おじさま、おやすみなさい。 』
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