あ、そうそう。〝純也さん〟で思い出しました。わたし、おじさまにお訊きしたいことがあって。
おじさまはどうやって、この農園のことをお知りになったんですか? もしくは、秘書さんかもしれませんけど。
どうして知りたいかというと、こういうことなんです。
この農園の土地と建物は元々、辺唐院グループの持ち物で、純也さんの別荘だったそうです。
で、千藤さんの奥さまの多恵さんは昔、辺唐院家で家政婦さんとして働いていらっしゃって、家政婦さんをお辞めになる時に純也さんからこの家と土地をプレゼントされて、ご夫婦でこの農園を始められたそうなんです。 まさか、ここに来て純也さんの名前を聞くとは思わなかったんで、わたしは本当にビックリして。「もしかして、純也さんが〝あしながおじさん〟!?」とか思っちゃったりもしたんですけど……。まさか違いますよね? だってそれじゃ、『あしながおじさん』の物語そのままですもんね?
とにかく、自然がいっぱいのここの環境は、山で育ったわたしには居心地がよさそうです。千藤さんご夫妻が、農業のこととか色々教えて下さるそうで、わたしはそれがすごく楽しみです。
おじさま、こんなステキな夏をわたしにプレゼントして下さって本当にありがとうございます! 感謝の気持ちを込めて。 かしこ
七月二十一日 愛美』
****
――荷解きをしているうちに、夕方の六時を過ぎていた。
「愛美ちゃん、ゴハンにしましょう!」
多恵さんが二階の部屋まで、愛美を呼びに来た。
「はーい! 今行きます!」
すっかりお腹がペコペコの愛美が一階のダイニングキッチンに下りていくと、キッチンでは多恵さんの他に若い女性も料理の盛り付けをしているところ。
肩にかかるくらいのセミロングの髪をした、身長百六十センチくらいの女性。――彼女が佳織さんだろうか?
「――あの、わたしも何かお手伝いしましょうか?」
愛美が声をかけると、多恵さんがニコニコと指示を出してくれた。
「あらそう? じゃあ、盛り付けたサラダとスプーンとフォークをテーブルまで運んでもらえる? ――佳織ちゃん、食器のある場所、愛美ちゃんに教えてあげて」
「はい、おかみさん」
〝佳織ちゃん〟と呼ばれたその女性が、快く返事をした。
「愛美ちゃん、食器棚はコレ。スプーンは左の引き出し、フォークは真ん中ね」
「はい。――えっと、平川佳織さん……ですよね? 天野さんとお付き合いしてるっていう」
人数分のカトラリーを取り出しながら、愛美がそれとなく訊いてみると。
「……んもう。あの人ってば、もう愛美ちゃんに喋っちゃったんだ?」
佳織さんは、顔を真っ赤に染めてそう言った。どうやら、天野さんの話は本当らしい。
「あたしと彼の関係は、ご主人とおかみさんには内緒なの。……まあ、気づいてらっしゃるかもしれないけど。彼はあたしより三つ年上なんだけど、農業に対する姿勢とか、そういうところがステキだなって思ったんだ」
「それで恋しちゃったんですね。天野さんも、佳織さんも」
佳織さんは照れながらも、「うん」と頷いた。
「恋する気持ちだけは、誰にも止められないからね。――愛美ちゃんは、好きな人いるの?」
「……はい。実は、純也さんなんです。ここの元の持ち主だった」
「えっ!? そうなの? うーん、そっか。頑張ってね」
「はいっ!」
まさかこの場で、ガールズトークが盛り上がるとは。愛美は佳織さんのことを、この短時間で身近に感じられるようになった。
「――さて、早く夕飯の支度終えないと。テーブルでウチの腹ペコどもが騒ぎ出しちゃうね」
「そうですね。じゃあサラダとコレ、お盆に載せて運びます」
「うん、お願い」
* * * *
――夕食のメニューは夏野菜たっぷりのカレーライスとサラダ、デザートにはこの農園の果樹園で採れたフルーツ入りのヨーグルト。
そして、農業が初体験の愛美のおかしな質問によって、とても賑やかで楽しい食卓となった。
「――多恵さん。昔の純也さんのお話、もっと聞かせてもらえませんか?」
多恵さんと佳織さんと一緒に、食後の洗いものの片付けを手伝いながら、愛美は多恵さんに頼んでみた。
「えっ、坊っちゃんの話?」
「はい。わたし、大人になってからの純也さんのことしか知らないから。もっとあの人のこと知りたいんです。多恵さんなら色々ご存じなんじゃないかと思って」
好きな人のことなら、何でも知りたい。そして、ここには昔のあの人のことをよく知っていそうな元家政婦さんがいる。
「いいわよ。じゃあ、ここが片付いたら私について来てちょうだいな」
「いいんですか? ありがとうございます!」
多恵さんは愛美の頼みを快諾してくれた。彼女に聞こえないように、佳織が声をひそめて愛美にささやく。
「よかったね、愛美ちゃん。純也坊っちゃんのお話、聞かせてもらえて」
「はい。――あ、このお皿、どこにしまったらいいですか?」
愛美は張り切って、水切りが終わったカレー皿を取り上げた。
* * * *
――愛美が多恵さんに連れられて来たのは、この家の屋根裏部屋だった。
「純也坊っちゃんはね、子供のころ喘息を患ってらして。十一歳くらいの頃の夏に、ここでご静養なさってたの。私も一緒にここに滞在して、坊っちゃんのお世話をしてたのよ」
「えっ? 喘息……」
つい最近会った純也さんからは、そんな様子は感じ取れなかったけれど。
「今はもう何ともないそうよ。それに、発作さえ起きなければ、普段はお元気そうだったし。冒険好きのお子さんでね、ほとんど毎日外を走り回ってらしたわ。それで、泥だらけになって帰ってらしたの」
「へえ……、そうなんですか。子供らしいお子さんだったんですね。……っていうのもヘンな言い方ですけど」
おじさまはどうやって、この農園のことをお知りになったんですか? もしくは、秘書さんかもしれませんけど。
どうして知りたいかというと、こういうことなんです。
この農園の土地と建物は元々、辺唐院グループの持ち物で、純也さんの別荘だったそうです。
で、千藤さんの奥さまの多恵さんは昔、辺唐院家で家政婦さんとして働いていらっしゃって、家政婦さんをお辞めになる時に純也さんからこの家と土地をプレゼントされて、ご夫婦でこの農園を始められたそうなんです。 まさか、ここに来て純也さんの名前を聞くとは思わなかったんで、わたしは本当にビックリして。「もしかして、純也さんが〝あしながおじさん〟!?」とか思っちゃったりもしたんですけど……。まさか違いますよね? だってそれじゃ、『あしながおじさん』の物語そのままですもんね?
とにかく、自然がいっぱいのここの環境は、山で育ったわたしには居心地がよさそうです。千藤さんご夫妻が、農業のこととか色々教えて下さるそうで、わたしはそれがすごく楽しみです。
おじさま、こんなステキな夏をわたしにプレゼントして下さって本当にありがとうございます! 感謝の気持ちを込めて。 かしこ
七月二十一日 愛美』
****
――荷解きをしているうちに、夕方の六時を過ぎていた。
「愛美ちゃん、ゴハンにしましょう!」
多恵さんが二階の部屋まで、愛美を呼びに来た。
「はーい! 今行きます!」
すっかりお腹がペコペコの愛美が一階のダイニングキッチンに下りていくと、キッチンでは多恵さんの他に若い女性も料理の盛り付けをしているところ。
肩にかかるくらいのセミロングの髪をした、身長百六十センチくらいの女性。――彼女が佳織さんだろうか?
「――あの、わたしも何かお手伝いしましょうか?」
愛美が声をかけると、多恵さんがニコニコと指示を出してくれた。
「あらそう? じゃあ、盛り付けたサラダとスプーンとフォークをテーブルまで運んでもらえる? ――佳織ちゃん、食器のある場所、愛美ちゃんに教えてあげて」
「はい、おかみさん」
〝佳織ちゃん〟と呼ばれたその女性が、快く返事をした。
「愛美ちゃん、食器棚はコレ。スプーンは左の引き出し、フォークは真ん中ね」
「はい。――えっと、平川佳織さん……ですよね? 天野さんとお付き合いしてるっていう」
人数分のカトラリーを取り出しながら、愛美がそれとなく訊いてみると。
「……んもう。あの人ってば、もう愛美ちゃんに喋っちゃったんだ?」
佳織さんは、顔を真っ赤に染めてそう言った。どうやら、天野さんの話は本当らしい。
「あたしと彼の関係は、ご主人とおかみさんには内緒なの。……まあ、気づいてらっしゃるかもしれないけど。彼はあたしより三つ年上なんだけど、農業に対する姿勢とか、そういうところがステキだなって思ったんだ」
「それで恋しちゃったんですね。天野さんも、佳織さんも」
佳織さんは照れながらも、「うん」と頷いた。
「恋する気持ちだけは、誰にも止められないからね。――愛美ちゃんは、好きな人いるの?」
「……はい。実は、純也さんなんです。ここの元の持ち主だった」
「えっ!? そうなの? うーん、そっか。頑張ってね」
「はいっ!」
まさかこの場で、ガールズトークが盛り上がるとは。愛美は佳織さんのことを、この短時間で身近に感じられるようになった。
「――さて、早く夕飯の支度終えないと。テーブルでウチの腹ペコどもが騒ぎ出しちゃうね」
「そうですね。じゃあサラダとコレ、お盆に載せて運びます」
「うん、お願い」
* * * *
――夕食のメニューは夏野菜たっぷりのカレーライスとサラダ、デザートにはこの農園の果樹園で採れたフルーツ入りのヨーグルト。
そして、農業が初体験の愛美のおかしな質問によって、とても賑やかで楽しい食卓となった。
「――多恵さん。昔の純也さんのお話、もっと聞かせてもらえませんか?」
多恵さんと佳織さんと一緒に、食後の洗いものの片付けを手伝いながら、愛美は多恵さんに頼んでみた。
「えっ、坊っちゃんの話?」
「はい。わたし、大人になってからの純也さんのことしか知らないから。もっとあの人のこと知りたいんです。多恵さんなら色々ご存じなんじゃないかと思って」
好きな人のことなら、何でも知りたい。そして、ここには昔のあの人のことをよく知っていそうな元家政婦さんがいる。
「いいわよ。じゃあ、ここが片付いたら私について来てちょうだいな」
「いいんですか? ありがとうございます!」
多恵さんは愛美の頼みを快諾してくれた。彼女に聞こえないように、佳織が声をひそめて愛美にささやく。
「よかったね、愛美ちゃん。純也坊っちゃんのお話、聞かせてもらえて」
「はい。――あ、このお皿、どこにしまったらいいですか?」
愛美は張り切って、水切りが終わったカレー皿を取り上げた。
* * * *
――愛美が多恵さんに連れられて来たのは、この家の屋根裏部屋だった。
「純也坊っちゃんはね、子供のころ喘息を患ってらして。十一歳くらいの頃の夏に、ここでご静養なさってたの。私も一緒にここに滞在して、坊っちゃんのお世話をしてたのよ」
「えっ? 喘息……」
つい最近会った純也さんからは、そんな様子は感じ取れなかったけれど。
「今はもう何ともないそうよ。それに、発作さえ起きなければ、普段はお元気そうだったし。冒険好きのお子さんでね、ほとんど毎日外を走り回ってらしたわ。それで、泥だらけになって帰ってらしたの」
「へえ……、そうなんですか。子供らしいお子さんだったんですね。……っていうのもヘンな言い方ですけど」



