「そうだったの。――私は昔、あの家で家政婦をやっててね。そのご縁で、私が家政婦を引退した時に坊っちゃんが私にこの家と土地を寄贈して下さって。それでウチの人とここで農園を始めたのよ」
(ここがまさか、純也さんの持ち物だったなんて。……あれ? じゃあ、おじさまはどうやってここのこと知ったんだろう?)
愛美は首を傾げる。〝あしながおじさん〟――つまり田中太郎氏と純也は知り合いということだろうか? もしくは、秘書の久留島栄吉氏と。
(……あれ? ちょっと待って。確か『あしながおじさん』では――)
あの小説では、〝あしながおじさん〟=ジュリアの叔父ジャーヴィスだったはず。でも、まさか純也が〝あしながおじさん〟だなんて! あまりにもありきたりな展開だ。「あり得ない」と、愛美の頭の中でもう一人の愛美が言っているような気がする。
(……まあいいや。おじさまに直接手紙で確かめよう)
「――愛美ちゃん、荷物を部屋まで運ぼう。車から降ろすから、手伝っておくれ」
考えごとをしていると、千藤さんが愛美を呼んだ。
「はいっ!」
愛美の荷物なのだから、千藤さんに手伝ってもらうのはいいとしても、愛美が彼を手伝うのはお門違いだ。
「ヨイショっと。――先に荷物だけ送っといてもらってもよかったんだけどね」
「ありがとうございます。すみません。なんか、先に荷物だけ届いてもご迷惑かな、と思ったんで。……っていうか、そもそも思いつかなくて」
本が詰め込まれた重い箱を持ち上げた千藤さんを手伝いながら、愛美は「その手があったか」と目からウロコだった。
「いやぁ、迷惑なんてとんでもない。本人が後から来るんだったら同じことだよ。……や、ありがとうね」
多恵さんにも手伝ってもらい、三人でどうにか全ての荷物を降ろし終えると、次は二階にあるという愛美の部屋にこれらを運ぶという大仕事が。
そこで、千藤さんは畑で何やら仕事をしている若い男性に呼びかけた。
「おーーい、天野君! ちょっと来てくれ!」
「――はい、何すか?」
呼ばれてやって来たのは、よく日に焼けた二十代前半くらいのツナギ姿の男性。彼が〝天野〟さんだろう。
「このお嬢さんが、今日から一ヶ月ウチで面倒を見ることになった相川愛美ちゃんだ。天野君には、この子の荷物を二階の部屋まで運ぶのを手伝ってやってほしいんだ」
「相川愛美です。よろしくお願いします」
天野という青年は、愛美から見るとちょっと取っつきにくいタイプの人みたいに見えるけれど。
「よろしく。――運ぶのコレだけ? じゃ、行くべ」
はにかんだ顔でペコリと愛美に会釈すると、段ボール箱を三つともヒョイッと抱えて階段を上っていく。
愛美もスーツケースと折りたたんだスチール製のキャリーだけを持って、彼の後をついて行った。
「――天野さんって、いつからここで働いてらっしゃるんですか?」
「んー、もう三年になるかな。親父さんもおかみさんもいい人でさ、居心地いいんだよな。ちなみにオレ、下の名前は〝恵介ってんだ」
ちなみに、年齢は二十三歳だという。
「ここが、愛美ちゃんの部屋だ。眺めは最高だし、ここは何て言っても星空がキレイなんだ」
「へえ……。わ、ホントだ! すごくいい眺め」
窓から見渡せる限り山・山・山。とにかく自然が多い。それに、冷房もついていないのに涼しい。
山梨の山間部で育った愛美には、確かに居心地がよさそうな環境である。
「もうちょっと中心部まで行けば観光地で、店もいっぱいあるし。冬はスキー客で賑わうんだけど、夏場はホタルを見に来る人くらいかな」
「ホタル? 近くで見られるんですか? ロマンチック……」
「うん。オレも夏になったら、よく彼女と見に行くんだ」
「彼女……いらっしゃるんですか?」
愛美がギョッとしたのに気づいた天野さんは、ちょっと気まずそうにプイっと横を向いた。
「あー……、うん。ここで一緒に働いてる、平川佳織っていうコ。――まあいいじゃん、その話は。荷物置いとくから、適当に片付けて。じゃ、オレはまだ畑での仕事残ってっから」
「あ、はい。ありがとうございました」
ぶっきらぼうに言い置いて、愛美の部屋を出ていく天野さん。
(もしかして、照れてる……?)
愛美は彼の態度の理由をそう推測した。見かけによらず、シャイな青年なのかもしれない。
「――さて、と。荷物片づける前に」
愛美はスポーツバッグから、レターパッドとペンケースを取り出し、部屋の窓際にあるアンティークの机に向かった。
「あしながおじさんに、『無事に着きました』って報告しよう。あと、さっきのことも確かめないとね」
レターパッドの表紙をめくり、そのページにペンを走らせる。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
ついさっき、長野県の千藤農園に着きました。まだ荷解きもしてないんですけど、ここに無事に着いたことをおじさまに知らせたくて。
ここは自然がいっぱいの場所で、昼間の今でも冷房なしですごく涼しいです。横浜の暑さがウソみたい。同じ日本の中とは思えません。
ここで三年働いてる天野さんのお話によると、中心部は観光地で、スキー場に近いので冬はスキー客で賑わうそうです。でも、夏場はホタルの見物客くらいしか来ないみたいです。あと、星空もキレイなんだそうです。
すごくロマンチックでしょう? わたしもいつか、純也さんと一緒にホタルが見られたらいいな……。
(ここがまさか、純也さんの持ち物だったなんて。……あれ? じゃあ、おじさまはどうやってここのこと知ったんだろう?)
愛美は首を傾げる。〝あしながおじさん〟――つまり田中太郎氏と純也は知り合いということだろうか? もしくは、秘書の久留島栄吉氏と。
(……あれ? ちょっと待って。確か『あしながおじさん』では――)
あの小説では、〝あしながおじさん〟=ジュリアの叔父ジャーヴィスだったはず。でも、まさか純也が〝あしながおじさん〟だなんて! あまりにもありきたりな展開だ。「あり得ない」と、愛美の頭の中でもう一人の愛美が言っているような気がする。
(……まあいいや。おじさまに直接手紙で確かめよう)
「――愛美ちゃん、荷物を部屋まで運ぼう。車から降ろすから、手伝っておくれ」
考えごとをしていると、千藤さんが愛美を呼んだ。
「はいっ!」
愛美の荷物なのだから、千藤さんに手伝ってもらうのはいいとしても、愛美が彼を手伝うのはお門違いだ。
「ヨイショっと。――先に荷物だけ送っといてもらってもよかったんだけどね」
「ありがとうございます。すみません。なんか、先に荷物だけ届いてもご迷惑かな、と思ったんで。……っていうか、そもそも思いつかなくて」
本が詰め込まれた重い箱を持ち上げた千藤さんを手伝いながら、愛美は「その手があったか」と目からウロコだった。
「いやぁ、迷惑なんてとんでもない。本人が後から来るんだったら同じことだよ。……や、ありがとうね」
多恵さんにも手伝ってもらい、三人でどうにか全ての荷物を降ろし終えると、次は二階にあるという愛美の部屋にこれらを運ぶという大仕事が。
そこで、千藤さんは畑で何やら仕事をしている若い男性に呼びかけた。
「おーーい、天野君! ちょっと来てくれ!」
「――はい、何すか?」
呼ばれてやって来たのは、よく日に焼けた二十代前半くらいのツナギ姿の男性。彼が〝天野〟さんだろう。
「このお嬢さんが、今日から一ヶ月ウチで面倒を見ることになった相川愛美ちゃんだ。天野君には、この子の荷物を二階の部屋まで運ぶのを手伝ってやってほしいんだ」
「相川愛美です。よろしくお願いします」
天野という青年は、愛美から見るとちょっと取っつきにくいタイプの人みたいに見えるけれど。
「よろしく。――運ぶのコレだけ? じゃ、行くべ」
はにかんだ顔でペコリと愛美に会釈すると、段ボール箱を三つともヒョイッと抱えて階段を上っていく。
愛美もスーツケースと折りたたんだスチール製のキャリーだけを持って、彼の後をついて行った。
「――天野さんって、いつからここで働いてらっしゃるんですか?」
「んー、もう三年になるかな。親父さんもおかみさんもいい人でさ、居心地いいんだよな。ちなみにオレ、下の名前は〝恵介ってんだ」
ちなみに、年齢は二十三歳だという。
「ここが、愛美ちゃんの部屋だ。眺めは最高だし、ここは何て言っても星空がキレイなんだ」
「へえ……。わ、ホントだ! すごくいい眺め」
窓から見渡せる限り山・山・山。とにかく自然が多い。それに、冷房もついていないのに涼しい。
山梨の山間部で育った愛美には、確かに居心地がよさそうな環境である。
「もうちょっと中心部まで行けば観光地で、店もいっぱいあるし。冬はスキー客で賑わうんだけど、夏場はホタルを見に来る人くらいかな」
「ホタル? 近くで見られるんですか? ロマンチック……」
「うん。オレも夏になったら、よく彼女と見に行くんだ」
「彼女……いらっしゃるんですか?」
愛美がギョッとしたのに気づいた天野さんは、ちょっと気まずそうにプイっと横を向いた。
「あー……、うん。ここで一緒に働いてる、平川佳織っていうコ。――まあいいじゃん、その話は。荷物置いとくから、適当に片付けて。じゃ、オレはまだ畑での仕事残ってっから」
「あ、はい。ありがとうございました」
ぶっきらぼうに言い置いて、愛美の部屋を出ていく天野さん。
(もしかして、照れてる……?)
愛美は彼の態度の理由をそう推測した。見かけによらず、シャイな青年なのかもしれない。
「――さて、と。荷物片づける前に」
愛美はスポーツバッグから、レターパッドとペンケースを取り出し、部屋の窓際にあるアンティークの机に向かった。
「あしながおじさんに、『無事に着きました』って報告しよう。あと、さっきのことも確かめないとね」
レターパッドの表紙をめくり、そのページにペンを走らせる。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
ついさっき、長野県の千藤農園に着きました。まだ荷解きもしてないんですけど、ここに無事に着いたことをおじさまに知らせたくて。
ここは自然がいっぱいの場所で、昼間の今でも冷房なしですごく涼しいです。横浜の暑さがウソみたい。同じ日本の中とは思えません。
ここで三年働いてる天野さんのお話によると、中心部は観光地で、スキー場に近いので冬はスキー客で賑わうそうです。でも、夏場はホタルの見物客くらいしか来ないみたいです。あと、星空もキレイなんだそうです。
すごくロマンチックでしょう? わたしもいつか、純也さんと一緒にホタルが見られたらいいな……。



