(自分が行くように勧めたんだから、新幹線の切符くらいは自分で負担してあげようって思ったのかな? おじさまって律儀な人)
愛美は切符を見つめながら、フフフッと笑った。
――「東京駅は乗り換えのためだけ」という、他の人が見ればもったいない経験をして、愛美は北陸新幹線の車両に乗り込んだ。
切符は指定席で、眺めのいい窓際の座席。しかもリクライニング機能付きだ。
新幹線に乗るのはこれが二度目だけれど、今回は始発からの長旅。駅ナカのお店で買ってきたジュースやサンドイッチで昼食を済ませながら、愛美は車窓からの景色を楽しんでいた。
熊谷を過ぎたあたりから、外の景色は徐々に田園風景に変わっていく。
(懐かしいな……。山梨にいた頃の景色によく似てる)
まだ三ヶ月しか経っていないのに、愛美はどこか懐かしさを覚えていた。
――高崎・軽井沢などの観光地を通過し、愛美は長野駅で列車を降りた。
改札を出たところで、スーツケース(キチンとパッキングしたノートパソコンも入っている)と段ボール箱三つを積んだキャリーを引っ張った彼女は切符と一緒に送られてきた久留島氏からのパソコン書きの手紙をもう一度読みながら、キョロキョロとあたりを見回す。
「確か、駅まで迎えの車が来てるはずなんだけど……」
手紙には、「新幹線が長野駅に到着する頃、千藤さんが迎えに来ているはずですので」と書かれている。
農園は駅からだいぶ遠いので、迎えに来るなら車に間違いない。
「――あ、あれかな?」
愛美は何となくそれっぽい、白いライトバンを見つけた。自分からその車に近づいていき、運転席の窓をコンコンとノックする。
「……あの、千藤さんですか? わたし、今日から夏の間お世話になる相川愛美ですけど」
「ああ、君が! 千藤です。田中さんから話は伺ってますよ。さ、後ろに乗って! 母さん、荷物を乗せるの手伝ってくれ!」
千藤さんが助手席に乗っている女性に声をかけた。夫婦ともに、六十代後半だと思われる。
「はいはい。ちょっと待ってね」
千藤夫人――名前は〝多恵さん〟というらしい――に手伝ってもらい、愛美はスーツケースと段ボール箱三つ分の荷物をライトバンのトランクに積み込み、自分はスポーツバッグだけを抱えて後部座席に乗り込んだ。
「――さっきはありがとうございました。改めて、相川愛美です。今日から一ヶ月間よろしくお願いします」
「愛美ちゃんね? こちらこそよろしく。あなたには一ヶ月間、農園のこととか色々覚えてもらうから。お手伝いお願いね」
「はいっ! 頑張ります!」
多恵さんの言葉に、愛美は元気よく返事をした。
これは社交辞令なんかではなく、彼女は本当に張り切っているのだ。誰だって、初めてのことを覚える時はワクワクドキドキする。
さすがに横浜に住んで三ヶ月半も経つので、都会での暮らしやスマホの使い方には慣れてきたけれど。農園での生活や農作業は初めての経験なので、どんなことをするのか楽しみなのである。
「いやぁ、『横浜のお嬢さま学校に通ってる女子高生を一ヶ月預かってほしい』って田中さんに頼まれた時は、どんなに気取ったお嬢さんが来るのかと思ったけど。愛美ちゃんは全然気取ってないからホッとしたよ」
「そうなんですか? わたし、全然お嬢さまなんかじゃないですもん。育ったのは山梨の養護施設ですよ」
「養護施設? ――じゃあ、ご両親は……」
多恵さんが表情を曇らせたので、愛美は努めて明るく答えた。
「わたしが幼い頃に、事故で亡くなったって聞かされてますけど。でも、それを悲観したことなんかないですから。ちゃんと人並みに育ててもらって、義務教育を卒業できたから」
それに、両親が亡くなる前に自分に精いっぱいの愛情を注いでくれていたことも分かっているから。
「それに、今じゃいい高校に入学させてもらえたし、いいお友達にも恵まれましたし。わたしは幸せ者です」
それもこれも、全て〝あしながおじさん〟のおかげだ。愛美は彼に、どの瞬間も感謝の念を抱いている。
(あと、この夏、ステキな一ヶ月間を過ごせるのも……ね)
――愛美の期待とほんの少しの不安を乗せた白いライトバンは、ガタガタの田舎道を車体を揺らしながら走っていった。
「――さ、着いたよ」
千藤夫妻が農園をやっているのは、長野県の北部にある高原。近くには温泉もあり、少し北に行けばもう新潟県というところである。
「わあ……! ステキなお家ですね!」
愛美は千藤家の外観に、歓声を上げた。
そこはいわゆる〝昔ながらの農家〟という感じの日本家屋ではなく、洋風の造りの二階建てで、壁の色はペパーミントグリーンだ。
「ここは元々、〈辺唐院グループ〉の持ち物で、純也坊っちゃんの別荘だったのよ」
「えっ、純也さんの!?」
多恵さんの口から思いがけない名前が飛び出し、愛美は目を丸くした。
「ええ、そうだけど。愛美ちゃん、純也坊っちゃんのことご存じなの?」
「はい。五月に一度、学校を訪ねて来られたことがあって。わたしがその時、姪の珠莉ちゃんに代わって校内を案内して差し上げたんです」
愛美は純也と知り合った経緯を多恵に話した。――ただし、実はその時から彼に恋をしている、という事実は伏せて。
愛美は切符を見つめながら、フフフッと笑った。
――「東京駅は乗り換えのためだけ」という、他の人が見ればもったいない経験をして、愛美は北陸新幹線の車両に乗り込んだ。
切符は指定席で、眺めのいい窓際の座席。しかもリクライニング機能付きだ。
新幹線に乗るのはこれが二度目だけれど、今回は始発からの長旅。駅ナカのお店で買ってきたジュースやサンドイッチで昼食を済ませながら、愛美は車窓からの景色を楽しんでいた。
熊谷を過ぎたあたりから、外の景色は徐々に田園風景に変わっていく。
(懐かしいな……。山梨にいた頃の景色によく似てる)
まだ三ヶ月しか経っていないのに、愛美はどこか懐かしさを覚えていた。
――高崎・軽井沢などの観光地を通過し、愛美は長野駅で列車を降りた。
改札を出たところで、スーツケース(キチンとパッキングしたノートパソコンも入っている)と段ボール箱三つを積んだキャリーを引っ張った彼女は切符と一緒に送られてきた久留島氏からのパソコン書きの手紙をもう一度読みながら、キョロキョロとあたりを見回す。
「確か、駅まで迎えの車が来てるはずなんだけど……」
手紙には、「新幹線が長野駅に到着する頃、千藤さんが迎えに来ているはずですので」と書かれている。
農園は駅からだいぶ遠いので、迎えに来るなら車に間違いない。
「――あ、あれかな?」
愛美は何となくそれっぽい、白いライトバンを見つけた。自分からその車に近づいていき、運転席の窓をコンコンとノックする。
「……あの、千藤さんですか? わたし、今日から夏の間お世話になる相川愛美ですけど」
「ああ、君が! 千藤です。田中さんから話は伺ってますよ。さ、後ろに乗って! 母さん、荷物を乗せるの手伝ってくれ!」
千藤さんが助手席に乗っている女性に声をかけた。夫婦ともに、六十代後半だと思われる。
「はいはい。ちょっと待ってね」
千藤夫人――名前は〝多恵さん〟というらしい――に手伝ってもらい、愛美はスーツケースと段ボール箱三つ分の荷物をライトバンのトランクに積み込み、自分はスポーツバッグだけを抱えて後部座席に乗り込んだ。
「――さっきはありがとうございました。改めて、相川愛美です。今日から一ヶ月間よろしくお願いします」
「愛美ちゃんね? こちらこそよろしく。あなたには一ヶ月間、農園のこととか色々覚えてもらうから。お手伝いお願いね」
「はいっ! 頑張ります!」
多恵さんの言葉に、愛美は元気よく返事をした。
これは社交辞令なんかではなく、彼女は本当に張り切っているのだ。誰だって、初めてのことを覚える時はワクワクドキドキする。
さすがに横浜に住んで三ヶ月半も経つので、都会での暮らしやスマホの使い方には慣れてきたけれど。農園での生活や農作業は初めての経験なので、どんなことをするのか楽しみなのである。
「いやぁ、『横浜のお嬢さま学校に通ってる女子高生を一ヶ月預かってほしい』って田中さんに頼まれた時は、どんなに気取ったお嬢さんが来るのかと思ったけど。愛美ちゃんは全然気取ってないからホッとしたよ」
「そうなんですか? わたし、全然お嬢さまなんかじゃないですもん。育ったのは山梨の養護施設ですよ」
「養護施設? ――じゃあ、ご両親は……」
多恵さんが表情を曇らせたので、愛美は努めて明るく答えた。
「わたしが幼い頃に、事故で亡くなったって聞かされてますけど。でも、それを悲観したことなんかないですから。ちゃんと人並みに育ててもらって、義務教育を卒業できたから」
それに、両親が亡くなる前に自分に精いっぱいの愛情を注いでくれていたことも分かっているから。
「それに、今じゃいい高校に入学させてもらえたし、いいお友達にも恵まれましたし。わたしは幸せ者です」
それもこれも、全て〝あしながおじさん〟のおかげだ。愛美は彼に、どの瞬間も感謝の念を抱いている。
(あと、この夏、ステキな一ヶ月間を過ごせるのも……ね)
――愛美の期待とほんの少しの不安を乗せた白いライトバンは、ガタガタの田舎道を車体を揺らしながら走っていった。
「――さ、着いたよ」
千藤夫妻が農園をやっているのは、長野県の北部にある高原。近くには温泉もあり、少し北に行けばもう新潟県というところである。
「わあ……! ステキなお家ですね!」
愛美は千藤家の外観に、歓声を上げた。
そこはいわゆる〝昔ながらの農家〟という感じの日本家屋ではなく、洋風の造りの二階建てで、壁の色はペパーミントグリーンだ。
「ここは元々、〈辺唐院グループ〉の持ち物で、純也坊っちゃんの別荘だったのよ」
「えっ、純也さんの!?」
多恵さんの口から思いがけない名前が飛び出し、愛美は目を丸くした。
「ええ、そうだけど。愛美ちゃん、純也坊っちゃんのことご存じなの?」
「はい。五月に一度、学校を訪ねて来られたことがあって。わたしがその時、姪の珠莉ちゃんに代わって校内を案内して差し上げたんです」
愛美は純也と知り合った経緯を多恵に話した。――ただし、実はその時から彼に恋をしている、という事実は伏せて。



