「――あのね、純也さん。そろそろ本題に入ろうと思います。……わたしがあなたからのプロポーズをお断りした、ホントの理由なんだけど」
「……はい。どうそ」
ずいぶんと前置きが長くなってしまったけれど、愛美はやっと重い口を開くことにした。これを話さないことには、今日ここへ来た意味がない。……でも、その間に愛美の方の疑問は解決したのだけれど。
「わたし、もちろん施設出身だったことに負い目もあったんだと思うけど。ホントの意味で経済的にも自立しないと、純也さんの結婚相手としてふさわしくないって思ってたの。だから、純也さんに負担してもらった分のお金を全額返してやっと、あなたと対等な立場になれるから、それからじゃないと結婚できないって思った。……でも、そんなんじゃいつになったら結婚できるか分かんないよね」
「……ああ、そうだよな。じゃあ、それがプロポーズを断った本当の理由?」
「うん。でもね、わたしはジュディと同じだから、大好きな人と家族になりたい。ジュディがジャービスのことを大切な人だと思ったみたいに、わたしも純也さんのこと、わたしのこれからの人生にとって大切な人だと思ってる。だから……お断りしたことは撤回させて下さい。これからもずっと、あなたの側にいたい。それがわたしの本心です」
言葉を大事にする作家という職業ながら、愛美はつっかえつっかえ自分の想いを彼に伝えた。でも、十九歳の彼女にとってそれが精いっぱいだ。
「…………それは、俺と結婚してくれるってことでいい……のかな?」
「うん。改めて、あなたからのプロポーズをお受けします。これからもよろしくお願いします」
「ありがとう、愛美ちゃん。本当にありがとう! いやぁ、嬉しいよ! よかった……」
愛美は今度こそ、嘘いつわりのない自分の本当の気持ちで、彼にプロポーズの返事を伝えることができた。そして、彼女にはもう一つ、彼に伝えたい想いがあった。
「純也さんにはこれからも、わたしにとっての〝あしながおじさん〟でいてほしい。だから……、また時々は手紙書いてもいいかな? ジュディみたいに、〝あしながおじさん〟宛てで」
「もちろんいいよ。ただし、表書きはちゃんと俺の名前にしてね。郵便局員を困らせちゃダメだぞ?」
「分かってます」
純也さんは多分、愛美をからかっているんだろう。だから、口を尖らせながらも愛美は笑った。
「愛美ちゃん、俺の方からまた会いに行くよ。そうだ! 今年の夏はまた千藤農園で一緒に過ごさないか?」
「うん、いいね! 実は春にね、さやかちゃんと多恵さんと夏野菜の苗を植えたの。だから一緒に収穫しよ。大学の夏休みは少し長くて二ヶ月もあるから、一緒にのんびりできるね。あとは……純也さんのスケジュール次第かな」
「それはもちろん、久留島さんと相談して、長く休暇が取れるようにうまく調整するよ」
「よかった」
去年の夏は家庭教師のバイトを引き受けたので、半ばケンカ別れのような形で彼と別々に過ごすことになってしまったけれど、今年の夏はまた彼と一緒に過ごせる。それも、婚約者として。幼くして両親を亡くし、親戚にも裏切られてしまった愛美にとって、初めて本当の意味での家族となる人ができたのだ。
「……じゃあわたし、そろそろ帰るね。純也さん、今日は忙しいのにわざわざ時間を作ってくれてありがとう」
愛美がふとスマホで時刻を確かめると、もうここを訪れてから一時間以上も経っていた。それを「長居」と言うかどうかは微妙なところだけれど、忙しい彼の時間をこれ以上奪ってしまうのは申し訳ない気がした。
それに、まだ外は明るいけれど、寮へ帰りつく頃には薄暗くなっているだろうし。
「もう帰っちゃうのか。じゃあ、久留島さんに連絡を入れておくから、ちょっと待ってて。エントランスまで見送りに行く間、彼には留守番しててもらわないと」
「えっ、見送りにも来てくれるの? 確かジャービスは……あ、そっか」
彼はあの時体調が悪かったので、ジュディの見送りができなかった。でも、純也さんはただ多忙なだけで体調に問題はないので、こうして愛美を見送りに出ることができるんだと愛美は気づいた。
「……はい。どうそ」
ずいぶんと前置きが長くなってしまったけれど、愛美はやっと重い口を開くことにした。これを話さないことには、今日ここへ来た意味がない。……でも、その間に愛美の方の疑問は解決したのだけれど。
「わたし、もちろん施設出身だったことに負い目もあったんだと思うけど。ホントの意味で経済的にも自立しないと、純也さんの結婚相手としてふさわしくないって思ってたの。だから、純也さんに負担してもらった分のお金を全額返してやっと、あなたと対等な立場になれるから、それからじゃないと結婚できないって思った。……でも、そんなんじゃいつになったら結婚できるか分かんないよね」
「……ああ、そうだよな。じゃあ、それがプロポーズを断った本当の理由?」
「うん。でもね、わたしはジュディと同じだから、大好きな人と家族になりたい。ジュディがジャービスのことを大切な人だと思ったみたいに、わたしも純也さんのこと、わたしのこれからの人生にとって大切な人だと思ってる。だから……お断りしたことは撤回させて下さい。これからもずっと、あなたの側にいたい。それがわたしの本心です」
言葉を大事にする作家という職業ながら、愛美はつっかえつっかえ自分の想いを彼に伝えた。でも、十九歳の彼女にとってそれが精いっぱいだ。
「…………それは、俺と結婚してくれるってことでいい……のかな?」
「うん。改めて、あなたからのプロポーズをお受けします。これからもよろしくお願いします」
「ありがとう、愛美ちゃん。本当にありがとう! いやぁ、嬉しいよ! よかった……」
愛美は今度こそ、嘘いつわりのない自分の本当の気持ちで、彼にプロポーズの返事を伝えることができた。そして、彼女にはもう一つ、彼に伝えたい想いがあった。
「純也さんにはこれからも、わたしにとっての〝あしながおじさん〟でいてほしい。だから……、また時々は手紙書いてもいいかな? ジュディみたいに、〝あしながおじさん〟宛てで」
「もちろんいいよ。ただし、表書きはちゃんと俺の名前にしてね。郵便局員を困らせちゃダメだぞ?」
「分かってます」
純也さんは多分、愛美をからかっているんだろう。だから、口を尖らせながらも愛美は笑った。
「愛美ちゃん、俺の方からまた会いに行くよ。そうだ! 今年の夏はまた千藤農園で一緒に過ごさないか?」
「うん、いいね! 実は春にね、さやかちゃんと多恵さんと夏野菜の苗を植えたの。だから一緒に収穫しよ。大学の夏休みは少し長くて二ヶ月もあるから、一緒にのんびりできるね。あとは……純也さんのスケジュール次第かな」
「それはもちろん、久留島さんと相談して、長く休暇が取れるようにうまく調整するよ」
「よかった」
去年の夏は家庭教師のバイトを引き受けたので、半ばケンカ別れのような形で彼と別々に過ごすことになってしまったけれど、今年の夏はまた彼と一緒に過ごせる。それも、婚約者として。幼くして両親を亡くし、親戚にも裏切られてしまった愛美にとって、初めて本当の意味での家族となる人ができたのだ。
「……じゃあわたし、そろそろ帰るね。純也さん、今日は忙しいのにわざわざ時間を作ってくれてありがとう」
愛美がふとスマホで時刻を確かめると、もうここを訪れてから一時間以上も経っていた。それを「長居」と言うかどうかは微妙なところだけれど、忙しい彼の時間をこれ以上奪ってしまうのは申し訳ない気がした。
それに、まだ外は明るいけれど、寮へ帰りつく頃には薄暗くなっているだろうし。
「もう帰っちゃうのか。じゃあ、久留島さんに連絡を入れておくから、ちょっと待ってて。エントランスまで見送りに行く間、彼には留守番しててもらわないと」
「えっ、見送りにも来てくれるの? 確かジャービスは……あ、そっか」
彼はあの時体調が悪かったので、ジュディの見送りができなかった。でも、純也さんはただ多忙なだけで体調に問題はないので、こうして愛美を見送りに出ることができるんだと愛美は気づいた。



