分かってみれば単純な理由だったけれど、愛美は納得した。それにしても、まさか彼が両利きだったなんて。

 その後も、彼は愛美から届いた手紙を一通も漏らさずファイルしていた。バレンタインデーに、久留島さんに贈ったマフラーに添えた手紙もその中に含まれている。

「そういえば、久留島さんがあのマフラーをすごく喜んでたよ。今年の冬も使ってた」

「そうなの? よかった。今年のバレンタインデーは何もできなくてごめんね」

「気にしないでよ。あの頃は愛美ちゃん、忙しかったもんな。それは俺もちゃんと分かってたから何も言わなかったんだ」

「そっか。気遣ってくれてありがとう」

 実はそのことを気にしていた愛美は、純也さんにそう言ってもらえてホッとした。
 バレンタインデーの頃といえば、ようやく出版されることが決まった最新作――〈わかば園〉が舞台の長編小説の執筆が佳境に入っていた頃だった。学年末テストもあったし、愛美はその頃ものすごく忙しかったので、彼もそのあたりの事情を察してくれていたんだろう。

 ――すべての手紙に目を通し終えた愛美は、アイスティーを一口飲んだ後に口を開く。彼にどうしても訊ねたいことがあったのだ。

「ねえ、純也さん。あなたは女の子が苦手だったんだよね? なのに、どうしてわたしを援助することにしたの? どうしてもわたしを助けたかった理由があったはずだよね?」

「その理由は……これだったんだ」

 彼はリビングの本棚から、一冊の文庫本を取り出して愛美に差し出した。それは愛美も幼い頃から大好きで、今も愛読書となっている作品。翻訳した人こそ違っているけれど。

「これって……、『あしながおじさん』! わたしも同じ本持ってるよ。……でも、男の人でこの本を読んでる人って珍しいかも」

「やっぱりそう思うよな。でも、俺も子供の頃からこの作品が好きで、愛美ちゃんほどじゃないけど何冊か集めて読み比べをしてたこともあったんだ」

「そっかぁ」

 純也さんも読書が好きだということは前に聞いていたけれど、『あしながおじさん』を愛読していたことまで共通していたなんて。愛美は彼に対してさらに親近感が湧いた。

「でね、いつからだったか、自分とジャービスを重ねるようになったんだ。境遇も似てるしね。だから、俺も彼と同じようなことができるかもしれないって、大人になってからは考えるようになって。それでわかば園の理事を引き受けて、施設に毎月寄付をしたり、子供たちの進学を支援したりするようになった。……そして、中学卒業後の進路に悩んでる君のことを知って、『この子が俺にとってのジュディだ!』って思ったんだよ」

 彼はそこまで話すと、愛美に向けてニコッと微笑んだ。

「俺はジャービスに……、君にとっての〝あしながおじさん〟になりたかったんだ。それが、君を援助しようって決めた理由だよ」

「それじゃ、わたしは純也さん……あなたにとってのジュディだったってこと?」

「うん、そういうこと」

 愛美が自分自身をジュディと重ねていたように、彼もまた彼自身を〝あしながおじさん〟=ジャービスと重ねていたのだ。二人を繋いでいたのは、やっぱり『あしながおじさん』だった。