* * * *


「――愛美様、一つお願いしたいことがあるのですが」

「はい」

 二十七階でエレベーターを降りた後、廊下を進みながら久留島さんが愛美に言った。

「純也様はこのごろ大変多忙でございまして、本日もその中でやっとお時間を作られたのでございます。ですので、あまり長居されないとこちらとしても助かるのでございますが……」

 久留島さんが純也さんのことを本当に大事に思っていることが分かり、もちろん純也さんの都合も最優先に考えたい愛美には、もちろんそれを拒むつもりはなかった。

「もちろんです。わたしも寮の門限があるので、そんなに長くいるつもりはないですから」

「さようでございますか! それはありがたく存じます。――さ、着きました。こちらが純也様のお住まいでございます」

 久留島さんは玄関のインターフォンを押し、返事があると「純也様、久留島でございます」と呼びかけた。

「愛美様が参りました」

『ああ、分かった。今開けるから』

 インターフォンがプツンと切れると、中からドアが開いた。

「やあ、愛美ちゃん、いらっしゃい。どうぞ、中に入って」

「おじゃまします。――あれ? 久留島さんは入られないんですか?」

 愛美は玄関へ足を踏み入れたけれど、久留島さんが中へ入ろうとしないので思わず首を傾げた。

「では純也様、私はしばらく外しますので。愛美様がお帰りになる頃にまたお呼び下さいませ」

「分かった。彼女に飲み物を出すのは僕が自分でやるから、どこかでゆっくり時間を潰してくるといいよ」

「はい、では失礼致します」

 久留島さんが退出していった後、愛美はリビングに通されてからチラリと玄関を振り返った、何だか彼に申し訳ない気持ちになる。

「……いいの、純也さん? 久留島さんを追い出しちゃって」

「いいんだよ。あれは、俺とまなみちゃんを二人きりにしようって、彼が気を利かせたんだろうから、気にしなくていい」

「そっか……」

「どうぞ、ソファーにでも座って。何か飲む? ストレートのアイスティーでいいかな? 今日は蒸し暑いからね」

「うん、ありがとう」

 純也さんは二人分のアイスティーのグラスを運んできた後、またフラッとどこかへ行ってしまう。愛美は先に飲み物に口をつけながら、彼が戻ってくるのを待った。

(そういえば、手紙に「君に見せたいものがある」って書いてあったから、多分、今はそれを取りに行ってるんだろうけど……。一体何なんだろう? わたしに見せたいものって)

「――お待たせ、愛美ちゃん」

「あ、ううん。先にお茶、いただいてます。……純也さん、わたしに見せたいものってそれのこと?」

「うん。これをどうしても君に見てもらいたくて、書斎から持ってきたんだ。見てごらん」

 彼が抱えてきたのは、何冊ものクリアブックだった。

「……じゃあ、拝見します」

 愛美はその一冊を手に取り、(おごそ)かな気持ちでページをめくってみる。そこにファイルされていたのは意外なものだった。
 
「これって……、わたしが〝あしながおじさん〟に宛てて出した手紙? もしかして全部取ってあるの?」

「うん。最初の一通から、つい先週届いた分まで全部ね。……多分、君は『ストーカーみたいでキモい』って思うだろうけど」

「ううん、そんなことないよ! 全然キモくなんかないし、むしろ嬉しいくらい。っていうか、さやかちゃんに言われたとおりだった」

 高校一年生の冬、愛美がネガティブモード全開だった時に、彼女が言っていたのだ。「〝あしながおじさん〟は絶対に、愛美からの手紙を全部ファイルしてるよ」と。でもまさか、本当にやっていたなんて……。