原稿を受け取った編集者の岡部さんは、原稿を読む前からこの作品へのわたしの思い入れの強さを分かってくれて、「この作品は絶対に出版されるように、僕もプレゼンを頑張ります」って言ってくれました。
でね、おじさま。岡部さんと別れてからが大変だったの。偶然、治樹さんにバッタリ会っちゃって、彼がお昼ゴハンをまだ食べてないっていうもんで、一緒にファミレスに入りました。
わたしはお昼を済ませてから寮を出たのでパンケーキとドリンクバーのあったかいレモンティー、治樹さんはガッツリと唐揚げ定食をゴハン大盛りで注文しました。
食べながら、治樹さんはわたしにグチってました。今の会社で営業の仕事をやってるんだけど、自分には向いてないかも。もう会社を辞めようかと思ってる、って。わたしは部署を変わるだけでもいいんじゃない、ってアドバイスしてあげたけど、こうも言ってあげました。「治樹さんには、お父さまの会社を継ぐっていう切り札があるじゃない?」って。小さな町工場の中小企業じゃん、って治樹さんも今はバカにしてるけど、きっと将来はやり手の社長さんになると思う。だって、日本の経済を支えてるのは間違いなく中小企業のはずだから。
で、「どうしてそんな話を恋人である珠莉ちゃんじゃなくてわたしにするの?」って訊いたら、珠莉ちゃんには言いづらい、自力で夢を叶えて頑張ってる彼女にそんな情けない話しなんてできないって言うんです。それに、男のプライドが邪魔して言いにくいんだ、って。
だからわたし、治樹さんにこう言ったの。「珠莉ちゃんのことがホントに好きで、将来結婚とか考えてるなら、プライドなんか関係なくちゃんと話すべきだよ」って。まあ、本音を言えば、治樹さんとわたしの仲を珠莉ちゃんと純也さんに誤解されたくないっていうのもあったんですけどね(笑)
そしたら、窓の外に純也さんの車が停まってることに気がついて、わたし焦っちゃった。もしかしたら誤解されたんじゃないか、って。っていうか、純也さんから「今日会いに行っていい?」ってメッセージが来てたことに、その時まで気づいてなかったから……。
治樹さんの分まで支払いをしてお店を出たら、少し先の交差点で純也さんの車を見つけて彼と合流しました。
あの渾身の一作が書き上がったことを報告したら喜んでくれたけど、彼はやっぱりわたしと治樹さんのことを誤解してたみたいです……。疚しいことなんか何もないけど、わたしが必死に理由を話すとどうにか信じてくれたみたい。純也さん、わたしと歳が離れてるから、わたしと自分がホントに釣り合ってるのか不安だったみたいです。「いい歳して、ガキみたいに嫉妬してみっともない」って自虐みたいに言ってました。でも、それだけわたしのことを本気で想ってくれてるってことですよね? これって喜んでいいところですよね?
わたしにとって、治樹さんは恋愛対象になりません。純也さんと比べたらまだ全然お子ちゃまだし(多分わたしは施設出身だから、精神年齢がちょっと高いのかも……)、何より親友の恋人ですもん。彼はわたしにとって兄みたいな存在でしかないから。だから、純也さんも彼に嫉妬する必要なんてなかったの。彼はもっと自分がわたしに思われてること、自信を持てばいいと思う。
そしてわたしも、純也さんとの身分の差とか格差をそろそろ気にしなくていい段階に来てるのかな。彼はもうわたしの保護者じゃないはずだし、年齢的にも法律では立派な成人だし、本が売れて印税が入ってくるようになったら経済的にも自立できるようになるし。
わたし、純也さんと結婚しても、主婦と作家の仕事を両立させるつもりです。やってやれないことはないでしょ?
ずいぶん長い手紙になっちゃいましたね。これでもわたし、今けっこう手首が痛いんです。大学の講義でノートを取って、原稿を執筆するのに(それも二作分!)パソコンでタイピングのしすぎ。それでこの長編の手紙を書いたから、そろそろ手首が限界かも!
それじゃ、また。おじさま、おやすみなさい。 かしこ
五月九日 大型連休明け 愛美』
****
でね、おじさま。岡部さんと別れてからが大変だったの。偶然、治樹さんにバッタリ会っちゃって、彼がお昼ゴハンをまだ食べてないっていうもんで、一緒にファミレスに入りました。
わたしはお昼を済ませてから寮を出たのでパンケーキとドリンクバーのあったかいレモンティー、治樹さんはガッツリと唐揚げ定食をゴハン大盛りで注文しました。
食べながら、治樹さんはわたしにグチってました。今の会社で営業の仕事をやってるんだけど、自分には向いてないかも。もう会社を辞めようかと思ってる、って。わたしは部署を変わるだけでもいいんじゃない、ってアドバイスしてあげたけど、こうも言ってあげました。「治樹さんには、お父さまの会社を継ぐっていう切り札があるじゃない?」って。小さな町工場の中小企業じゃん、って治樹さんも今はバカにしてるけど、きっと将来はやり手の社長さんになると思う。だって、日本の経済を支えてるのは間違いなく中小企業のはずだから。
で、「どうしてそんな話を恋人である珠莉ちゃんじゃなくてわたしにするの?」って訊いたら、珠莉ちゃんには言いづらい、自力で夢を叶えて頑張ってる彼女にそんな情けない話しなんてできないって言うんです。それに、男のプライドが邪魔して言いにくいんだ、って。
だからわたし、治樹さんにこう言ったの。「珠莉ちゃんのことがホントに好きで、将来結婚とか考えてるなら、プライドなんか関係なくちゃんと話すべきだよ」って。まあ、本音を言えば、治樹さんとわたしの仲を珠莉ちゃんと純也さんに誤解されたくないっていうのもあったんですけどね(笑)
そしたら、窓の外に純也さんの車が停まってることに気がついて、わたし焦っちゃった。もしかしたら誤解されたんじゃないか、って。っていうか、純也さんから「今日会いに行っていい?」ってメッセージが来てたことに、その時まで気づいてなかったから……。
治樹さんの分まで支払いをしてお店を出たら、少し先の交差点で純也さんの車を見つけて彼と合流しました。
あの渾身の一作が書き上がったことを報告したら喜んでくれたけど、彼はやっぱりわたしと治樹さんのことを誤解してたみたいです……。疚しいことなんか何もないけど、わたしが必死に理由を話すとどうにか信じてくれたみたい。純也さん、わたしと歳が離れてるから、わたしと自分がホントに釣り合ってるのか不安だったみたいです。「いい歳して、ガキみたいに嫉妬してみっともない」って自虐みたいに言ってました。でも、それだけわたしのことを本気で想ってくれてるってことですよね? これって喜んでいいところですよね?
わたしにとって、治樹さんは恋愛対象になりません。純也さんと比べたらまだ全然お子ちゃまだし(多分わたしは施設出身だから、精神年齢がちょっと高いのかも……)、何より親友の恋人ですもん。彼はわたしにとって兄みたいな存在でしかないから。だから、純也さんも彼に嫉妬する必要なんてなかったの。彼はもっと自分がわたしに思われてること、自信を持てばいいと思う。
そしてわたしも、純也さんとの身分の差とか格差をそろそろ気にしなくていい段階に来てるのかな。彼はもうわたしの保護者じゃないはずだし、年齢的にも法律では立派な成人だし、本が売れて印税が入ってくるようになったら経済的にも自立できるようになるし。
わたし、純也さんと結婚しても、主婦と作家の仕事を両立させるつもりです。やってやれないことはないでしょ?
ずいぶん長い手紙になっちゃいましたね。これでもわたし、今けっこう手首が痛いんです。大学の講義でノートを取って、原稿を執筆するのに(それも二作分!)パソコンでタイピングのしすぎ。それでこの長編の手紙を書いたから、そろそろ手首が限界かも!
それじゃ、また。おじさま、おやすみなさい。 かしこ
五月九日 大型連休明け 愛美』
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