「……えっ? いきなり何ですの?」
「愛美、どしたの? 急になんでそんなものを」
「その理由はね、これ」
愛美は自分の机の引き出しから、小さな封筒を取り出した。その中身は少しくたびれた二つ折りのメッセージカード。
「これね、わたしが入院した時に、おじさまから送られてきたお見舞いのメッセージカードなの」
「入院って、あのインフルエンザの時の?」
「そう。わたしね、この字と純也さんが普段書いてる字が同じなのかずーーっと気になってて。でね、そういえば三年前、珠莉ちゃん宛てに純也さんからレターパックが届いてたなってついさっき思い出して。どうして今まで気づかなかったんだろう」
「それで、二つの筆跡を見比べたくなった、と。それは分かったけど、そんな三年も前の封筒なんてもうとっくに処分してるんじゃないの? 引っ越しのどさくさでどっかに行っちゃったとか。今の今まで取ってあるわけ――」
「あら、ありますわよ」
珠莉がサラッと即答したので、さやかがのめった。
「……って、あるんかい! アンタもなんで取ってあるのさ、そんなもの」
「叔父さまがわたしに荷物を送って下さるなんて初めてだったものだから、あら珍しいと思って取っておいたのよ。ええと、確かこの辺りに……あったわ!」
珠莉は机の本棚を物色し、大学で使うファイルや雑誌の間に挟まっていたそれを見つけた。
「まさか、こんな形で愛美さんの役に立つなんて思わなかったけど。……で、これをどうするんですの?」
「ありがと、珠莉ちゃん。とりあえず、このカードと封筒を横に並べてルーペで見比べてみる」
愛美はいつだったか百円ショップで買ってあったルーペを机の引き出しから取り出し、二つの筆跡を比較し始めた。……けれど。
「う~ん……。やっぱりちょっと違う気もするけど……、よく分かんないなぁ」
「純也叔父さまは両利きでいらっしゃるから、もしかしたら左右で筆跡を使い分けてらっしゃるのかもしれないわね」
「なるほど、両利きか……」
彼が両利きだったなんて、愛美は今まで知らなかった。というか、知ろうとも思ったことはなかったけれど。
「っていうかさあ、愛美。筆跡鑑定のプロでもない限り、正確な筆跡鑑定なんて不可能なんじゃないの? アンタみたいな素人にできるわけないじゃん」
「だよねえ……」
それもそうだ。誰もが簡単に筆跡鑑定できるなら、プロの鑑定人なんて需要がなくなってしまう。
「でも、なんで急に純也さんの筆跡なんか気になり出したの?」
「わたし、そういえば今まで一度も彼の書いた字をちゃんと見たことなかったなあって思って。現金書留の封筒の字って多分秘書の人の字だと思うんだけど、もしかしたらあれも彼の字だったんじゃないか、って気がしてきて。……でも違ったみたい。そのレターパックの字、あれとは別人の字だったから」
現金書留の封筒の字は、もっと年配の人が書くような達筆だった。ということは、あれはやっぱり秘書である久留島さんの筆跡ということだろう。
「それとね、わたし、今大学で『あしながおじさん』の物語について研究してるでしょ? それで思ったんだけどね、ジュディってどうして筆跡で『もしかしたらおじさまとジャービスは同一人物かも?』って気づかなかったんだろう、って思ったの」
彼女もそれに気づいていたら、あの二人の恋だってあんなに回り道をすることもなかったんじゃないかと愛美は思ったわけである。
愛美と違って、ジュディはジャービスと何度も手紙のやり取りをしていた。つまり、彼の筆跡をしょっちゅう目にしていたはず。それなのに、どうして筆跡から見破ることができなかったのだろう? それとも、ジャービスもやっぱり純也さんと同じように(かどうかは分からないけれど)左右で筆跡を変えていたのだろうか?
「それは多分、英語の筆記体じゃ筆跡の違いを見分けるのが難しいからだと思うわ。同じ人が書いても、日によって変わったりするもの。だから、ジュディも同じ筆跡だとは気づかなかったんじゃないかしら」
「ああ、それはあり得るかも」
珠莉の推理に、さやかも納得した。ちなみに、二人とも高校時代から、愛美の影響を受けて『あしながおじさん』を読むようになったらしく、今では愛美がこの話題を持ち出してもついてこられるようになっている。
「なるほどねー、筆記体か……。本ではブロック体になってるから、そこまで考えなかったなぁ」
この二人と話していると、愛美は自分の知識がどんどん深くなっていくような気がした。自分の気づかなかったポイントに気づいてもらえることもあるので、ものすごく勉強になる。
「あとね、もう一つ理由があって。多分この先、わたしと純也さんって結婚に向けて動いていく流れになると思うんだ。彼の年齢からして、向こうの……あ、ゴメン。珠莉ちゃんの親族が言い出さないわけがないと思うの。そしたら、婚姻届とかで彼の字を見る機会も増えるでしょ? だから、わたしも彼の字を知らないまんまじゃいられないかな、って。もちろん、まだ大学生だから今すぐってわけにはいかないけど」
愛美自身は純也さんに結婚を申し込まれたら、喜んで受け入れようと思っている。ただ、あの辺唐院家に嫁ぐのにはまだ抵抗があるけれど。
「……愛美、純也さんと結婚するつもりなんだ?」
「うん。ただ、迷いが全くないわけじゃないけどね」
「愛美、どしたの? 急になんでそんなものを」
「その理由はね、これ」
愛美は自分の机の引き出しから、小さな封筒を取り出した。その中身は少しくたびれた二つ折りのメッセージカード。
「これね、わたしが入院した時に、おじさまから送られてきたお見舞いのメッセージカードなの」
「入院って、あのインフルエンザの時の?」
「そう。わたしね、この字と純也さんが普段書いてる字が同じなのかずーーっと気になってて。でね、そういえば三年前、珠莉ちゃん宛てに純也さんからレターパックが届いてたなってついさっき思い出して。どうして今まで気づかなかったんだろう」
「それで、二つの筆跡を見比べたくなった、と。それは分かったけど、そんな三年も前の封筒なんてもうとっくに処分してるんじゃないの? 引っ越しのどさくさでどっかに行っちゃったとか。今の今まで取ってあるわけ――」
「あら、ありますわよ」
珠莉がサラッと即答したので、さやかがのめった。
「……って、あるんかい! アンタもなんで取ってあるのさ、そんなもの」
「叔父さまがわたしに荷物を送って下さるなんて初めてだったものだから、あら珍しいと思って取っておいたのよ。ええと、確かこの辺りに……あったわ!」
珠莉は机の本棚を物色し、大学で使うファイルや雑誌の間に挟まっていたそれを見つけた。
「まさか、こんな形で愛美さんの役に立つなんて思わなかったけど。……で、これをどうするんですの?」
「ありがと、珠莉ちゃん。とりあえず、このカードと封筒を横に並べてルーペで見比べてみる」
愛美はいつだったか百円ショップで買ってあったルーペを机の引き出しから取り出し、二つの筆跡を比較し始めた。……けれど。
「う~ん……。やっぱりちょっと違う気もするけど……、よく分かんないなぁ」
「純也叔父さまは両利きでいらっしゃるから、もしかしたら左右で筆跡を使い分けてらっしゃるのかもしれないわね」
「なるほど、両利きか……」
彼が両利きだったなんて、愛美は今まで知らなかった。というか、知ろうとも思ったことはなかったけれど。
「っていうかさあ、愛美。筆跡鑑定のプロでもない限り、正確な筆跡鑑定なんて不可能なんじゃないの? アンタみたいな素人にできるわけないじゃん」
「だよねえ……」
それもそうだ。誰もが簡単に筆跡鑑定できるなら、プロの鑑定人なんて需要がなくなってしまう。
「でも、なんで急に純也さんの筆跡なんか気になり出したの?」
「わたし、そういえば今まで一度も彼の書いた字をちゃんと見たことなかったなあって思って。現金書留の封筒の字って多分秘書の人の字だと思うんだけど、もしかしたらあれも彼の字だったんじゃないか、って気がしてきて。……でも違ったみたい。そのレターパックの字、あれとは別人の字だったから」
現金書留の封筒の字は、もっと年配の人が書くような達筆だった。ということは、あれはやっぱり秘書である久留島さんの筆跡ということだろう。
「それとね、わたし、今大学で『あしながおじさん』の物語について研究してるでしょ? それで思ったんだけどね、ジュディってどうして筆跡で『もしかしたらおじさまとジャービスは同一人物かも?』って気づかなかったんだろう、って思ったの」
彼女もそれに気づいていたら、あの二人の恋だってあんなに回り道をすることもなかったんじゃないかと愛美は思ったわけである。
愛美と違って、ジュディはジャービスと何度も手紙のやり取りをしていた。つまり、彼の筆跡をしょっちゅう目にしていたはず。それなのに、どうして筆跡から見破ることができなかったのだろう? それとも、ジャービスもやっぱり純也さんと同じように(かどうかは分からないけれど)左右で筆跡を変えていたのだろうか?
「それは多分、英語の筆記体じゃ筆跡の違いを見分けるのが難しいからだと思うわ。同じ人が書いても、日によって変わったりするもの。だから、ジュディも同じ筆跡だとは気づかなかったんじゃないかしら」
「ああ、それはあり得るかも」
珠莉の推理に、さやかも納得した。ちなみに、二人とも高校時代から、愛美の影響を受けて『あしながおじさん』を読むようになったらしく、今では愛美がこの話題を持ち出してもついてこられるようになっている。
「なるほどねー、筆記体か……。本ではブロック体になってるから、そこまで考えなかったなぁ」
この二人と話していると、愛美は自分の知識がどんどん深くなっていくような気がした。自分の気づかなかったポイントに気づいてもらえることもあるので、ものすごく勉強になる。
「あとね、もう一つ理由があって。多分この先、わたしと純也さんって結婚に向けて動いていく流れになると思うんだ。彼の年齢からして、向こうの……あ、ゴメン。珠莉ちゃんの親族が言い出さないわけがないと思うの。そしたら、婚姻届とかで彼の字を見る機会も増えるでしょ? だから、わたしも彼の字を知らないまんまじゃいられないかな、って。もちろん、まだ大学生だから今すぐってわけにはいかないけど」
愛美自身は純也さんに結婚を申し込まれたら、喜んで受け入れようと思っている。ただ、あの辺唐院家に嫁ぐのにはまだ抵抗があるけれど。
「……愛美、純也さんと結婚するつもりなんだ?」
「うん。ただ、迷いが全くないわけじゃないけどね」



