だって、愛美がいちばん卒業式に来てほしかったのは〝あしながおじさん〟=純也さんだったから。『あしながおじさん』の中では、ジュディはジャービスが〝あしながおじさん〟だとは知らなかったので落胆していたけれど。彼はちゃんと卒業式に参列していたのだ。
「そっか。でも、時間があったらまた会いに来るし、俺からも連絡するよ」
「うん」
「……ところでさ、愛美ちゃん」
「ん?」
「田中さんへの手紙……なんだけど、大学に進んでからも出し続けるつもりなのか?」
愛美は純也さんからの指摘に、どう答えようか悩む。あれは元々、高校生活を送らせてくれたことへのお礼として出す約束になっていたもので、大学へ上がってからも出す義務はないはずである。奨学金を受けるようになってからは、学費の援助も受けていないわけだし――。
それに、わざわざ〝あしながおじさん〟宛てに知らせなくても、直接純也さんとやり取りができるようになっている今、果たしてその必要があるのか、とも思っている。……まあ、彼の秘書である久留島さんのことも気に入ってはいるので、それが手紙を出し続ける理由にならなくもないのだけれど。
「……実は、わたしもどうしようか迷ってて」
「俺は、もう出す必要はないんじゃないかと思うんだけど。愛美ちゃんももう法律上は成人なんだし、十分自立もしてるから。彼ももう安心してると思うんだ」
「…………」
「あ、でも、もし愛美ちゃん自身がこれからも続けたいって思ってるなら、俺にそれを止める権利はないんだけどね」
(なるほど、そっちが純也さんの本心なわけね)
彼も実は、愛美からの手紙を毎回楽しみにしているわけだ。できればこの先も、その楽しみを失いたくはないというのが本音だろう。
「じゃあ、これからは毎月じゃなくても、時々は手紙を書くことにしようかな。わたしも忙しくなるし」
「うん、そうだね。それがいいんじゃないかな」
〝あしながおじさん〟の正体が彼だということに愛美が気づいているんだと、まだ彼もハッキリと分かっているわけではないらしい。それなら、もうしばらくこの関係を続けていてもいいかな、と愛美は思った。
(せめて、彼の方からホントのことを打ち明けてくれるまでは……。わたしの方から「あなたが〝あしながおじさん〟なんでしょ?」って問い詰めるようなことはしたくないし。それはあくまで最終手段に取っておこう)
「――愛美、レオナがあたしたち三人の記念写真撮ってくれるって! よかったら純也さんも一緒に」
さやかと珠莉が、肩までの長さの黒髪の少女を連れてきた。スマホを構えている彼女こそ、入学したばかりの頃に愛美たち三人の写真を撮ってくれた広田レオナである。
「えっ!? 俺も一緒でいいの? っていうか君は?」
「はい。せっかくの卒業記念写真ですしねー。あ、初めまして。ウチ、広田レオナっていいますー。大阪出身で、愛美ちゃんと一緒の文学部に進むんですよー。なっ、愛美ちゃん?」
「うん。専攻は違うけどね。わたしは海外文学で、レオナちゃんは日本文学とか詩作の方」
愛美は文学部に進むことは決めていたけれど、どうせなら大好きな『あしながおじさん』の作品世界について深く掘り下げて学んでみようと思い、海外文学を専攻することにしたのだ。
「そうなんだ。初めまして、レオナちゃん。俺はそこにいる珠莉の叔父で、辺唐院純也です。大学でも愛美ちゃんや珠莉たちと仲良くしてやってね」
「はい、任しといて下さい! っていうか純也さんって、愛美ちゃんの保護者みたいやねー」
「……うん、まあ……そんな感じ」
彼女は愛美が純也さんと交際していることを知らないため、愛美は苦し紛れのごまかし方をするしかなかった。
「――はい、ほな撮りま~す! いちたすいちは~?」
「「「「に~!」」」」
……カシャッ。
中央に愛美と純也さん、その両端にさやかと珠莉が立ち、レオナがカメラモードにしたスマホのシャッターを切った。レオナは写真を撮るのも上手いので、カメラマンを目指してもよかったんじゃないかと愛美は思う。
「――純也さん、レオナちゃんが撮ってくれた写真、メッセージアプリで送るね」
愛美は校門のところまで、純也さんを見送りに行くことにした。
「ありがとう。――じゃあ。俺はそろそろ東京に帰らないと。愛美ちゃん、また連絡するよ」
「うん、待ってる。今日はホントにありがと。……あと」
「ん?」
「今日までわたしの保護者でいてくれて、ありがとうございました」
「うん、…………えっ!?」
愛美が改まって頭を下げると、その意味を理解したのかしていないのか、純也さんはうろたえた。さすがにこれは彼にとって、予想外の一撃だったらしい。
「ううん、何でもない。じゃあ、またね」
「…………うん。じゃあ、また」
彼の背中が見えなくなるまで見送ると、愛美は「あれじゃ、ちょっとヒントあげすぎだったかな」と肩をすくめた。
(まだ完全には気づいてほしくないけど、少し匂わせるくらいなら……いいよね)
――こうして、たった一人で始まった愛美の高校生活は終わりを告げたのだった。大切な友人たちや恋人に囲まれて。
「そっか。でも、時間があったらまた会いに来るし、俺からも連絡するよ」
「うん」
「……ところでさ、愛美ちゃん」
「ん?」
「田中さんへの手紙……なんだけど、大学に進んでからも出し続けるつもりなのか?」
愛美は純也さんからの指摘に、どう答えようか悩む。あれは元々、高校生活を送らせてくれたことへのお礼として出す約束になっていたもので、大学へ上がってからも出す義務はないはずである。奨学金を受けるようになってからは、学費の援助も受けていないわけだし――。
それに、わざわざ〝あしながおじさん〟宛てに知らせなくても、直接純也さんとやり取りができるようになっている今、果たしてその必要があるのか、とも思っている。……まあ、彼の秘書である久留島さんのことも気に入ってはいるので、それが手紙を出し続ける理由にならなくもないのだけれど。
「……実は、わたしもどうしようか迷ってて」
「俺は、もう出す必要はないんじゃないかと思うんだけど。愛美ちゃんももう法律上は成人なんだし、十分自立もしてるから。彼ももう安心してると思うんだ」
「…………」
「あ、でも、もし愛美ちゃん自身がこれからも続けたいって思ってるなら、俺にそれを止める権利はないんだけどね」
(なるほど、そっちが純也さんの本心なわけね)
彼も実は、愛美からの手紙を毎回楽しみにしているわけだ。できればこの先も、その楽しみを失いたくはないというのが本音だろう。
「じゃあ、これからは毎月じゃなくても、時々は手紙を書くことにしようかな。わたしも忙しくなるし」
「うん、そうだね。それがいいんじゃないかな」
〝あしながおじさん〟の正体が彼だということに愛美が気づいているんだと、まだ彼もハッキリと分かっているわけではないらしい。それなら、もうしばらくこの関係を続けていてもいいかな、と愛美は思った。
(せめて、彼の方からホントのことを打ち明けてくれるまでは……。わたしの方から「あなたが〝あしながおじさん〟なんでしょ?」って問い詰めるようなことはしたくないし。それはあくまで最終手段に取っておこう)
「――愛美、レオナがあたしたち三人の記念写真撮ってくれるって! よかったら純也さんも一緒に」
さやかと珠莉が、肩までの長さの黒髪の少女を連れてきた。スマホを構えている彼女こそ、入学したばかりの頃に愛美たち三人の写真を撮ってくれた広田レオナである。
「えっ!? 俺も一緒でいいの? っていうか君は?」
「はい。せっかくの卒業記念写真ですしねー。あ、初めまして。ウチ、広田レオナっていいますー。大阪出身で、愛美ちゃんと一緒の文学部に進むんですよー。なっ、愛美ちゃん?」
「うん。専攻は違うけどね。わたしは海外文学で、レオナちゃんは日本文学とか詩作の方」
愛美は文学部に進むことは決めていたけれど、どうせなら大好きな『あしながおじさん』の作品世界について深く掘り下げて学んでみようと思い、海外文学を専攻することにしたのだ。
「そうなんだ。初めまして、レオナちゃん。俺はそこにいる珠莉の叔父で、辺唐院純也です。大学でも愛美ちゃんや珠莉たちと仲良くしてやってね」
「はい、任しといて下さい! っていうか純也さんって、愛美ちゃんの保護者みたいやねー」
「……うん、まあ……そんな感じ」
彼女は愛美が純也さんと交際していることを知らないため、愛美は苦し紛れのごまかし方をするしかなかった。
「――はい、ほな撮りま~す! いちたすいちは~?」
「「「「に~!」」」」
……カシャッ。
中央に愛美と純也さん、その両端にさやかと珠莉が立ち、レオナがカメラモードにしたスマホのシャッターを切った。レオナは写真を撮るのも上手いので、カメラマンを目指してもよかったんじゃないかと愛美は思う。
「――純也さん、レオナちゃんが撮ってくれた写真、メッセージアプリで送るね」
愛美は校門のところまで、純也さんを見送りに行くことにした。
「ありがとう。――じゃあ。俺はそろそろ東京に帰らないと。愛美ちゃん、また連絡するよ」
「うん、待ってる。今日はホントにありがと。……あと」
「ん?」
「今日までわたしの保護者でいてくれて、ありがとうございました」
「うん、…………えっ!?」
愛美が改まって頭を下げると、その意味を理解したのかしていないのか、純也さんはうろたえた。さすがにこれは彼にとって、予想外の一撃だったらしい。
「ううん、何でもない。じゃあ、またね」
「…………うん。じゃあ、また」
彼の背中が見えなくなるまで見送ると、愛美は「あれじゃ、ちょっとヒントあげすぎだったかな」と肩をすくめた。
(まだ完全には気づいてほしくないけど、少し匂わせるくらいなら……いいよね)
――こうして、たった一人で始まった愛美の高校生活は終わりを告げたのだった。大切な友人たちや恋人に囲まれて。



