――そして、とうとう卒業式の日がやってきた。
「この双葉寮とも、もうお別れだね……」
「うん、卒業したら大学の寮に引っ越さないといけないし。なんか淋しいな」
今日で最後となる制服姿の愛美・さやか・珠莉の三人は、校舎へ向かう前に寮母室の前でしんみりしていた。寮母の晴美さんとも今日でお別れだ。
「私、そういえばここへ来た当初は一人部屋じゃないことが不満だったのよね……」
「ああ、わたしもそれ憶えてるよ。珠莉ちゃん、職員の男の人と揉めてて、わたしが居たたまれなくなって『部屋変わろうか?』って言ったんだよね。わたし、一人部屋だったから」
「そうそう」
「そんなことも、ありましたわね……」
あの頃はツンケンしたイヤなお嬢さまだと思っていた珠莉も、この三年ですっかり角が取れて人間が丸くなった。今の彼女は学校生活とモデルの仕事を両立させようと頑張る魅力的な女の子だ。
「愛美だって、あの頃はまだ小説書いてなかったよね。本格的に執筆始めたの、一年生の二学期からだったっしょ?」
「うん。文芸部のコンテストのことを知って、さやかちゃんに背中押してもらったから。今のわたしがあるのはさやかちゃんのおかげかもね。ありがと」
そして、純也さんとの恋ではさやかだけでなく、珠莉にも背中を押してもらった。この寮にはこの二人や、他の友だちや先輩、後輩たちとのたくさんの思い出が詰まっている。
「――相川さん、牧村さん、辺唐院さん、おはよう。そして卒業おめでとう」
「晴美さん! おはようございます。――もしかして、晴美さんも卒業式に出て下さるんですか?」
寮母室から出てきて挨拶してくれた晴美さんも、オシャレなスーツでビシッと決めている。
「もちろんよ! 三年間見守ってきた寮生たちの巣立ちの日だからね。私はここでの保護者も同然だもの。――相川さんが答辞読むんでしょう? 頑張ってね」
「はい。作家の仕事をしながら答辞の原稿を書くのは大変でしたけど、こんな機会はめったにないですから。頑張って読ませてもらいます」
愛美がこの大役を任されたのは、作家だから原稿を書くのが得意だという理由もあったけれど、学校の成績がこの学年でトップだったからでもあった。元々勉強は好きだったし、奨学金をもらう身となってからもそれが重圧に感じなかったので、気がつくと首席での卒業となっていたわけである。
「さ、あなたたち。名残惜しいでしょうけど、そろそろ行かないと。私も後から講堂へ行くわね」
「はい、それじゃ晴美さん、また後で。行ってきます!」
三人はスクールバッグのストラップをしっかりと握りしめ、寮の建物に背を向けて歩き出した。
* * * *
――卒業式の間、講堂の外では小雨がパラついていた。
愛美は自身が施設で育ったこと、両親が航空機事故の犠牲者だったこと、そしてこの高校で出会った友人たちや先輩たちのおかげで作家になる道が開けたことなどを答辞で読んだ。この三年間でのかけがえのない出会いが、彼女の人生を大きく変えたのだと。
出席者一同から感動の拍手に包まれる中、愛美の答辞は終わり、卒業式も無事終了した。
「――愛美ちゃん、卒業おめでとう。雨、止んだみたいでよかったね」
さやかや珠莉が卒業証書のホルダーを抱えて家族のもとへ駆け寄っていく中、愛美は純也さんに声をかけられた。キレイなバラの花束を手渡され、笑顔で受け取る。
さやかの兄・治樹さんはやっぱり仕事の都合で卒業式に出られず、彼と交際中の珠莉はガックリと肩を落としているけれど、そんな彼女をさやかが時には「ホントにウチのお兄ちゃん、しょうがないよねえ」と兄をディスりつつ、必死に慰めている。
「純也さん! 来てくれてありがとう。キレイなお花……! 嬉しいな。やっぱり純也さん、スーツ姿がいちばん似合ってるよ。カッコいい」
彼は普段、ドレスコードなんてどこ吹く風という感じだけれど、今日はさすがに白いネクタイを締めた礼服姿だ。
「ありがとう。まあ、今日はあくまで君たちが主役だから。俺が目立つわけにいかないしね」
「うん。でも、純也さんは身長だけで十分目立ってるから」
「そう言うなよ。俺、けっこう気にしてるんだからさ」
愛美が軽くからかうと、純也さんの両方の眉尻が下がる。本当に気にしているらしい。
「施設の先生たち、来られなかったみたいで残念だったね。せめて俺だけでも、君の卒業を祝ってあげられたらと思って」
「純也さん、珠莉ちゃんのために来たわけじゃなかったんだね。わたしのために来てくれたの?」
「珠莉には両親と祖父母がいるからな。それに、俺はあの連中とあまり一緒にいたくないから、っていうのが正直な理由かな」
「……なるほど」
愛美も辺唐院一族と純也さんとの確執をよく知っているので、その理由には納得がいった。早く親族関係が修復できればいいのに、とは思っているけれど……。
(だって、純也さんと結婚したら、わたしも一応あの家の一員になるんだもん)
「――そういえば愛美ちゃん、大学に進んだら寮も変わらなきゃいけないんだろ?」
「うん、そうなの。だから、明日から引っ越し作業もあって忙しくなるの。わたしは執筆の仕事もあるし」
寮を引っ越すだけでも忙しいのに、よりにもよって編集者の岡部さんがこのタイミングで短編の仕事を持ってきたのだ。五月号に掲載する短編を急きょ書いてほしい、と。
「引っ越しが一段落ついたら、春休みには純也さんと横浜デートしたいなぁって思ってたのに……。残念だなぁ。でも、今日来てくれたからそれで十分嬉しい」
「この双葉寮とも、もうお別れだね……」
「うん、卒業したら大学の寮に引っ越さないといけないし。なんか淋しいな」
今日で最後となる制服姿の愛美・さやか・珠莉の三人は、校舎へ向かう前に寮母室の前でしんみりしていた。寮母の晴美さんとも今日でお別れだ。
「私、そういえばここへ来た当初は一人部屋じゃないことが不満だったのよね……」
「ああ、わたしもそれ憶えてるよ。珠莉ちゃん、職員の男の人と揉めてて、わたしが居たたまれなくなって『部屋変わろうか?』って言ったんだよね。わたし、一人部屋だったから」
「そうそう」
「そんなことも、ありましたわね……」
あの頃はツンケンしたイヤなお嬢さまだと思っていた珠莉も、この三年ですっかり角が取れて人間が丸くなった。今の彼女は学校生活とモデルの仕事を両立させようと頑張る魅力的な女の子だ。
「愛美だって、あの頃はまだ小説書いてなかったよね。本格的に執筆始めたの、一年生の二学期からだったっしょ?」
「うん。文芸部のコンテストのことを知って、さやかちゃんに背中押してもらったから。今のわたしがあるのはさやかちゃんのおかげかもね。ありがと」
そして、純也さんとの恋ではさやかだけでなく、珠莉にも背中を押してもらった。この寮にはこの二人や、他の友だちや先輩、後輩たちとのたくさんの思い出が詰まっている。
「――相川さん、牧村さん、辺唐院さん、おはよう。そして卒業おめでとう」
「晴美さん! おはようございます。――もしかして、晴美さんも卒業式に出て下さるんですか?」
寮母室から出てきて挨拶してくれた晴美さんも、オシャレなスーツでビシッと決めている。
「もちろんよ! 三年間見守ってきた寮生たちの巣立ちの日だからね。私はここでの保護者も同然だもの。――相川さんが答辞読むんでしょう? 頑張ってね」
「はい。作家の仕事をしながら答辞の原稿を書くのは大変でしたけど、こんな機会はめったにないですから。頑張って読ませてもらいます」
愛美がこの大役を任されたのは、作家だから原稿を書くのが得意だという理由もあったけれど、学校の成績がこの学年でトップだったからでもあった。元々勉強は好きだったし、奨学金をもらう身となってからもそれが重圧に感じなかったので、気がつくと首席での卒業となっていたわけである。
「さ、あなたたち。名残惜しいでしょうけど、そろそろ行かないと。私も後から講堂へ行くわね」
「はい、それじゃ晴美さん、また後で。行ってきます!」
三人はスクールバッグのストラップをしっかりと握りしめ、寮の建物に背を向けて歩き出した。
* * * *
――卒業式の間、講堂の外では小雨がパラついていた。
愛美は自身が施設で育ったこと、両親が航空機事故の犠牲者だったこと、そしてこの高校で出会った友人たちや先輩たちのおかげで作家になる道が開けたことなどを答辞で読んだ。この三年間でのかけがえのない出会いが、彼女の人生を大きく変えたのだと。
出席者一同から感動の拍手に包まれる中、愛美の答辞は終わり、卒業式も無事終了した。
「――愛美ちゃん、卒業おめでとう。雨、止んだみたいでよかったね」
さやかや珠莉が卒業証書のホルダーを抱えて家族のもとへ駆け寄っていく中、愛美は純也さんに声をかけられた。キレイなバラの花束を手渡され、笑顔で受け取る。
さやかの兄・治樹さんはやっぱり仕事の都合で卒業式に出られず、彼と交際中の珠莉はガックリと肩を落としているけれど、そんな彼女をさやかが時には「ホントにウチのお兄ちゃん、しょうがないよねえ」と兄をディスりつつ、必死に慰めている。
「純也さん! 来てくれてありがとう。キレイなお花……! 嬉しいな。やっぱり純也さん、スーツ姿がいちばん似合ってるよ。カッコいい」
彼は普段、ドレスコードなんてどこ吹く風という感じだけれど、今日はさすがに白いネクタイを締めた礼服姿だ。
「ありがとう。まあ、今日はあくまで君たちが主役だから。俺が目立つわけにいかないしね」
「うん。でも、純也さんは身長だけで十分目立ってるから」
「そう言うなよ。俺、けっこう気にしてるんだからさ」
愛美が軽くからかうと、純也さんの両方の眉尻が下がる。本当に気にしているらしい。
「施設の先生たち、来られなかったみたいで残念だったね。せめて俺だけでも、君の卒業を祝ってあげられたらと思って」
「純也さん、珠莉ちゃんのために来たわけじゃなかったんだね。わたしのために来てくれたの?」
「珠莉には両親と祖父母がいるからな。それに、俺はあの連中とあまり一緒にいたくないから、っていうのが正直な理由かな」
「……なるほど」
愛美も辺唐院一族と純也さんとの確執をよく知っているので、その理由には納得がいった。早く親族関係が修復できればいいのに、とは思っているけれど……。
(だって、純也さんと結婚したら、わたしも一応あの家の一員になるんだもん)
「――そういえば愛美ちゃん、大学に進んだら寮も変わらなきゃいけないんだろ?」
「うん、そうなの。だから、明日から引っ越し作業もあって忙しくなるの。わたしは執筆の仕事もあるし」
寮を引っ越すだけでも忙しいのに、よりにもよって編集者の岡部さんがこのタイミングで短編の仕事を持ってきたのだ。五月号に掲載する短編を急きょ書いてほしい、と。
「引っ越しが一段落ついたら、春休みには純也さんと横浜デートしたいなぁって思ってたのに……。残念だなぁ。でも、今日来てくれたからそれで十分嬉しい」



