拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

 ――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。

「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の(むら)()あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」

 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。
 
(これでわたしも引退か……)

 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。

 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。

「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」

 (ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。
 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。

「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」

「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」

「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」

 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。

「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」

「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 

「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」

「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりしてたらいい気分転換になると思う。寮まで来るのに気が引けるなら、電話でもメッセージアプリでもいいし」

「そうですね」

 可愛い後輩が、この先も自分を頼ってくれるということが愛美には嬉しかった。とはいえ、まだ卒業までは二カ月近くもあるので、ここで涙のお別れをしても、学校内でまたバッタリ会った時に気まずい。絵梨奈は別の寮に住んでいるので、寮で出くわすことはないだろうけれど……。


   * * * *


 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。

「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」

 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。

「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」

 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。

「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」

「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」

 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。

「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」

 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。

「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」

 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。

 
『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。
 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。
 じゃあ、おやすみなさい』


 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。


『執筆ごくろうさま。
 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。
 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。
 愛美ちゃん、おやすみ』


「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」

 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。

 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?