まず最初に、二年前はせっかくお電話を下さったのに、冷たい態度を取ってしまってごめんなさい。あれから二年半以上経ちますけど、わたしはずっとあの時のことを悔やんでて、心の中に小さなトゲみたいに残ってます。
でもね、園長先生。あの時のわたしは、「バイト」っていう名目でしか施設に帰れないことが悲しかったんです。わたしにとって〈わかば園〉は実家も同然だったから。そんな名目なんかなくたって、気軽に「ただいま」って帰れる場所であってほしかったし、今でもそう思ってます。
さて、園長先生。ここからが本題です。
わたしは今度、〈わかば園〉を舞台にした長編小説を執筆することにしました。ちなみに、初めて書いた長編がボツになって、わたしが落ち込んでたっていう話は〝あしながおじさん〟からお聞きになってますよね?
それはともかく、執筆するにあたって冬休みに施設を取材したいんですけど、大丈夫でしょうか? 冬休みの間は施設に滞在して、園長先生や他の先生たちから話を聞きたくて。あと、わたし自身についての話も。両親がどうして死んでしまったのか、いちばんご存じなのはきっと園長先生だと思うので……。
実はわたし、もうだいぶ前から〝あしながおじさん〟の正体が分かってて、その人はわたしの身近にいる人でした。その人から聞いたんですけど、わたしの両親は十六年前に起きた飛行機の事故に巻き込まれて死んだんじゃないか、って。本当にそうなんでしょうか?
まだ一ヶ月くらいありますけど、こちらの予定もあるのでなるべく早くお返事を頂けると助かります。他の子たちや先生たちにもよろしくお伝え下さい。では、失礼します。 かしこ
十一月二十四日 わかば園出身の作家、相川愛美』
****
〒○○〇―△△△△
山梨県 〇〇市 ✕✕
児童養護施設 わかば園 若葉聡美様
****
「――さやかちゃん、珠莉ちゃん。わたし、ちょっと手紙出してくるね」
まだそんなに夜遅い時間ではなかったので、愛美はすぐポストに投函することにした。
「手紙? 誰宛て? っていうか、もう暗いけど一人で大丈夫?」
「おじさまにはつい先日、出してきたところじゃなくて?」
「おじさまにじゃなくて、施設の園長先生にね。一人でも大丈夫だよ。さやかちゃん、心配してくれてありがとね」
「そっか。じゃあ気をつけて行ってきなよ」
「うん。行ってきます」
郵便ポストは寮の建物の外にあるので、暗い中手紙を投函しに行くのを心配してくれたさやかにお礼を言って、愛美はポストへ向かうのだった。
* * * *
――手紙を投函してから一週間後、愛美のスマホに聡美園長から電話があった。「冬休みの取材の件、了承しました。気をつけて帰ってらっしゃい」と。そして、「涼介君のこと、ありがとう」とも。園長はそのことに愛美が関わっていたという事実を、〝あしながおじさん〟=純也さんから聞いていたらしい。
二年半ぶりに聞く彼女の声は少しも変わらずに穏やかで、愛美は胸がいっぱいで泣きそうになった。
――そして、二学期の終業式の後。
「さやかちゃん、珠莉ちゃん、じゃあ行ってきます。ご家族と純也さんによろしくね」
肩から大きなスポーツバッグを提げ、スーツケースを携えた愛美は、寮の玄関先で親友二人に見送られた。
ちなみに、純也さんは今年の年末年始も、愛美が来ないにも関わらず実家で過ごすことにしたらしい。淋しいだろうけれど、電話で声でも聴かせてあげられたら彼も少しはホッとしてくれるだろう。
「うん、気をつけて行っといで。三学期前にまた会おうね。こっちからまたメッセージ送るよ」
「ええ、お伝えしておくわ。叔父さま、今年の冬は淋しくていらっしゃるんじゃないかしら。でも、ある意味開き直っていらっしゃるのかもしれないわ。ああ見えて叔父さま、けっこう神経が図太くていらっしゃるから」
「……珠莉ちゃん、辛辣……」
「アンタさぁ、自分の叔父に対してコメントキツすぎない?」
珠莉の毒舌に、愛美とさやかは絶句した。――と、予約したタクシーがもうすぐ来そうなので、そろそろ行かなければ。
「……あ、ゴメン。もうタクシー来ちゃうから、わたし行かないと」
「ああ、ゴメンゴメン! 引き止めちゃったね。じゃあ、〝実家〟でゆっくりしておいで。あと取材も頑張って」
「うん……! じゃあ今度こそ、行ってきます!」
さやかが〈わかば園〉のことを「実家」と言い表してくれたことに感激して、愛美は思わず涙腺が緩みそうになった。でも、これは嬉し涙だ。
愛美は今度こそ二人の親友に背中を向け、出発したのだった。
* * * *
――JR新横浜駅前でタクシーを降り、新幹線と再びタクシーを乗り継ぎ、愛美は約三年ぶりに〈わかば園〉へと帰ってきた。
今回はタクシーの予約も、新幹線のチケットをネットで予約することもすべて自分でやった。交通費も自腹である。これらはすべて、ここを卒業して約半年の間に覚えてできるようになったこと。彼女の成長の証だった。
でもね、園長先生。あの時のわたしは、「バイト」っていう名目でしか施設に帰れないことが悲しかったんです。わたしにとって〈わかば園〉は実家も同然だったから。そんな名目なんかなくたって、気軽に「ただいま」って帰れる場所であってほしかったし、今でもそう思ってます。
さて、園長先生。ここからが本題です。
わたしは今度、〈わかば園〉を舞台にした長編小説を執筆することにしました。ちなみに、初めて書いた長編がボツになって、わたしが落ち込んでたっていう話は〝あしながおじさん〟からお聞きになってますよね?
それはともかく、執筆するにあたって冬休みに施設を取材したいんですけど、大丈夫でしょうか? 冬休みの間は施設に滞在して、園長先生や他の先生たちから話を聞きたくて。あと、わたし自身についての話も。両親がどうして死んでしまったのか、いちばんご存じなのはきっと園長先生だと思うので……。
実はわたし、もうだいぶ前から〝あしながおじさん〟の正体が分かってて、その人はわたしの身近にいる人でした。その人から聞いたんですけど、わたしの両親は十六年前に起きた飛行機の事故に巻き込まれて死んだんじゃないか、って。本当にそうなんでしょうか?
まだ一ヶ月くらいありますけど、こちらの予定もあるのでなるべく早くお返事を頂けると助かります。他の子たちや先生たちにもよろしくお伝え下さい。では、失礼します。 かしこ
十一月二十四日 わかば園出身の作家、相川愛美』
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〒○○〇―△△△△
山梨県 〇〇市 ✕✕
児童養護施設 わかば園 若葉聡美様
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「――さやかちゃん、珠莉ちゃん。わたし、ちょっと手紙出してくるね」
まだそんなに夜遅い時間ではなかったので、愛美はすぐポストに投函することにした。
「手紙? 誰宛て? っていうか、もう暗いけど一人で大丈夫?」
「おじさまにはつい先日、出してきたところじゃなくて?」
「おじさまにじゃなくて、施設の園長先生にね。一人でも大丈夫だよ。さやかちゃん、心配してくれてありがとね」
「そっか。じゃあ気をつけて行ってきなよ」
「うん。行ってきます」
郵便ポストは寮の建物の外にあるので、暗い中手紙を投函しに行くのを心配してくれたさやかにお礼を言って、愛美はポストへ向かうのだった。
* * * *
――手紙を投函してから一週間後、愛美のスマホに聡美園長から電話があった。「冬休みの取材の件、了承しました。気をつけて帰ってらっしゃい」と。そして、「涼介君のこと、ありがとう」とも。園長はそのことに愛美が関わっていたという事実を、〝あしながおじさん〟=純也さんから聞いていたらしい。
二年半ぶりに聞く彼女の声は少しも変わらずに穏やかで、愛美は胸がいっぱいで泣きそうになった。
――そして、二学期の終業式の後。
「さやかちゃん、珠莉ちゃん、じゃあ行ってきます。ご家族と純也さんによろしくね」
肩から大きなスポーツバッグを提げ、スーツケースを携えた愛美は、寮の玄関先で親友二人に見送られた。
ちなみに、純也さんは今年の年末年始も、愛美が来ないにも関わらず実家で過ごすことにしたらしい。淋しいだろうけれど、電話で声でも聴かせてあげられたら彼も少しはホッとしてくれるだろう。
「うん、気をつけて行っといで。三学期前にまた会おうね。こっちからまたメッセージ送るよ」
「ええ、お伝えしておくわ。叔父さま、今年の冬は淋しくていらっしゃるんじゃないかしら。でも、ある意味開き直っていらっしゃるのかもしれないわ。ああ見えて叔父さま、けっこう神経が図太くていらっしゃるから」
「……珠莉ちゃん、辛辣……」
「アンタさぁ、自分の叔父に対してコメントキツすぎない?」
珠莉の毒舌に、愛美とさやかは絶句した。――と、予約したタクシーがもうすぐ来そうなので、そろそろ行かなければ。
「……あ、ゴメン。もうタクシー来ちゃうから、わたし行かないと」
「ああ、ゴメンゴメン! 引き止めちゃったね。じゃあ、〝実家〟でゆっくりしておいで。あと取材も頑張って」
「うん……! じゃあ今度こそ、行ってきます!」
さやかが〈わかば園〉のことを「実家」と言い表してくれたことに感激して、愛美は思わず涙腺が緩みそうになった。でも、これは嬉し涙だ。
愛美は今度こそ二人の親友に背中を向け、出発したのだった。
* * * *
――JR新横浜駅前でタクシーを降り、新幹線と再びタクシーを乗り継ぎ、愛美は約三年ぶりに〈わかば園〉へと帰ってきた。
今回はタクシーの予約も、新幹線のチケットをネットで予約することもすべて自分でやった。交通費も自腹である。これらはすべて、ここを卒業して約半年の間に覚えてできるようになったこと。彼女の成長の証だった。



