拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】



   * * * *


 ――その手紙を投函してから約二ヶ月が過ぎ、すっかり秋も深まった。
 その間に愛美・さやか・珠莉は高校生活最後の大きなイベント――体育祭や文化祭を終え、珠莉は茶道部を引退した。愛美は文芸部の部長として部誌の編集長も務め、一部百五十円で販売。なんと二千部を売り上げた。
 
 愛美が「しばらくそっとしておいてほしい」と伝えていたため、純也さんからメッセージが来ても彼女がボツを食らったことについては触れないでいてくれた。そして〝あしながおじさん〟からの慰めの手紙も来なかった。

(……まぁ、おじさまから手紙が来ないのはいつものことだし)

 そんな中で愛美の初刊行作品となる短編集・『令和日本のジュディ・アボットより』の文庫本が無事発売され、初版の五千部はあっという間に完売。すぐに重版されたらしく、岡部さんもすごく喜んでいた。


 そんな頃、学校から寮へ帰る途中の愛美のスマホに純也さんから電話がかかってきた。

「電話なんて珍しいな……。もしもし、純也さん?」

『もしもし、俺。純也だけど』

 彼の第一声を聞いた愛美は、なんか〝オレオレ詐欺〟みたいだなと思って笑ってしまった。

「うん、知ってる。――でも珍しいね、電話くれるなんて」

『愛美ちゃんが落ち込んでるらしい、って珠莉からメッセージもらったからさ。でも、「しばらくはそっとしておいてあげて下さい」とも書いてあったから、どうしてるかなって心配してたんだけど。もう大丈夫そうだね』

「うん。わたしは大丈夫だよ。すぐに立ち直れたから。でも、ずっと心配してくれてたんだね。ありがとう」

『そりゃ、彼氏だから?』

 彼が澄まして言うので、愛美はまた笑う。でも、ちゃんと気にしてくれていたことが嬉しかった。

『――あ、そうだ、短編集買ったよ』

「えっ、ホント? どうだった?」

『すごく面白かったよ。久しぶりに本を読んで「楽しい」って感じられた。ありがとう、愛美ちゃん。俺との約束を果たしてくれて』

「純也さん……。よかった、純也さんにも『面白い』って言ってもらえて。でもまだまだこれからだよ。わたし、もっともーっと面白い小説を書いて、純也さんに絶対読んでもらうから。もう次回作の題材も決まってるんだよ。書き始めるのは来年に入ってからだけど、楽しみにしててね」

『へぇ、そっか。分かった、今から楽しみに待ってるよ』

 純也さんはきっと、愛美がまだ少し落ち込んでいることに気づいているはずだ。だから、次の瞬間こんなことを言ってくれた。

『愛美ちゃん、今度二人でショッピングにでも行かないか?』

「えっ、ショッピング?」

『うん。気持ちが落ち込んでる時には思いっきり買い物でもして、気持ちを紛らわせるのがいちばんだ。俺、何でも買ってあげるから、欲しいものがあったら何でも言いなよ』

(えーっと、『あしながおじさん』の物語では確か……)

 ジュディが初めて挫折した後のクリスマスに、〝あしながおじさん〟から十七個ものプレゼントが送られてきた。あれもきっと、〝あしながおじさん〟=ジャービスが落ち込むジュディを励まそうとしてやったことなんじゃないだろうか?
 つまり、純也さんがしようとしていることはあれの現代版ということか。……そう解釈した愛美は、その提案に素直に乗っかることにした。

「純也さん、ホントにいいの? そんなこと言ったらわたし、うんと高いものおねだりしちゃうけど、『あんなこと言うんじゃなかった!』って後悔しないでね?」

『…………』

 つい悪ノリをすると、純也さんが黙り込んでしまう。これはリアクションに困っているんだろうか?

「あっ、ウソウソ! 冗談だよ。でも……せっかくだし、お言葉に甘えちゃおうかな」

『うん、その方が俺も嬉しいよ。じゃあ……今度の土曜日、横浜でどうかな? 俺がそっちに行くよ』

「ありがとう! こっちに来てくれるの? わたしが東京に行ってもいいけど、まだ東京のことはよく分かんないし。だからその方がいい」 

 せっかくの楽しいデートで迷子になっている場合じゃないので、彼の方が会いに来てくれるのは嬉しい。

『分かった。じゃあ、土曜日の午後からでいいかな? 寮の前まで迎えに行くよ』

「うん。――あ、そうだ。純也さん、あのね、次回作はわたしが育った施設を舞台にして書くつもりなの。でね、今年の冬休みは取材も兼ねて、施設で過ごすことにしたの。両親がどうして死んだのかも、園長先生から話を聞くつもり」

 このことは、前に〝あしながおじさん〟への手紙にも書いたことだけれど、純也さんはどんな反応をするんだろう?

『…………そっか。でももう決めたことなんだよね? じゃあ、気をつけて行っといで。……そういえば、ご両親が亡くなったのって愛美ちゃんがまだ物心つく前だって言ってたよね?』

「えっ? うん……そうだけど」

『それってもしかしたら、十六年前の十月じゃないかな。……違ってたらごめんだけど』

「…………え?」

 唐突に純也さんからもたらされた情報に、愛美は驚きを隠せなかった。どうして彼が、そこまで詳しく知っているんだろう?
 彼は、聡美園長から愛美の両親の死について何か聞かされているんだろうか――?