「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」
自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。
「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」
愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。
(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな)
施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。
「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」
愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。
「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」
もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。
「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」
部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。
「――相川さん、おかえりなさい」
「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」
寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。
「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」
「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」
晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三年生に上がってからの愛美・さやか・珠莉の三人の部屋である。
「ただいまー」
夕方の四時半だけれど、すでに陸上部を引退した後のさやかは部屋にいた。珠莉が茶道部を引退するのは十一月の文化祭が終わった後で、愛美は一月に短編小説コンテストの入賞者を発表してから部長を引退することになっている。部長が選考委員長でもあるからだ。
「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」
「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」
「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」
「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」
「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」
「うん、そうなの。あれ」
さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?
「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」
「そうだね。わたしもそう思ってた」
一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。
それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。
「――ただいま戻りました」
「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」
「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」
珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。
彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。
「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」
「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」
「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」
「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」
珠莉はプロの編集者ではないので、どういうところが出版向きではなかったのかまでは分からないと思うけれど、本物のセレブの視点から「これは違う」というようなポイントなら気づいてもらえるはずだ。
自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。
「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」
愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。
(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな)
施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。
「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」
愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。
「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」
もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。
「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」
部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。
「――相川さん、おかえりなさい」
「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」
寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。
「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」
「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」
晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三年生に上がってからの愛美・さやか・珠莉の三人の部屋である。
「ただいまー」
夕方の四時半だけれど、すでに陸上部を引退した後のさやかは部屋にいた。珠莉が茶道部を引退するのは十一月の文化祭が終わった後で、愛美は一月に短編小説コンテストの入賞者を発表してから部長を引退することになっている。部長が選考委員長でもあるからだ。
「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」
「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」
「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」
「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」
「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」
「うん、そうなの。あれ」
さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?
「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」
「そうだね。わたしもそう思ってた」
一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。
それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。
「――ただいま戻りました」
「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」
「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」
珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。
彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。
「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」
「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」
「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」
「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」
珠莉はプロの編集者ではないので、どういうところが出版向きではなかったのかまでは分からないと思うけれど、本物のセレブの視点から「これは違う」というようなポイントなら気づいてもらえるはずだ。



